空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 112

第112話 作戦の弊害

柊視点




 悠聖と未来が帰ってきて食事にしようとしたら、亜矢がキッチンに俺を呼んだ。
 中にいる亜矢の手伝いをしようとグラスを出そうすると、いきなり彼女の手が俺の右腕を強く掴む。


「――何?」


 キッチンの向こうにいる未来と悠聖に聞かれないように小声で亜矢に声をかけると、彼女は自分の口元に人差し指を当てた。表情がやけに艶っぽくてドキッとする。


「ちょっとひと芝居」


 亜矢も小声で俺に話しかけてきた。
 ひと芝居? って今言ったような気がしたが、気のせいだろうか。


「ねぇ、ワイン飲んじゃう?」


 いきなり亜矢の声のトーンが大きくなる。
 すると彼女が視線と顔を小さく動かすことで俺にも何か言えと訴えかけてくるのが容易に理解できた。


「……俺、まだ病み上がり」


 何を言っていいかわからずとりあえず思いついたことを言ってみた。
 これがひと芝居? 亜矢がうんうんとうなずく。その表情はかなり満足げで。


「大丈夫よ、少しなら」

「看護師のセリフじゃないな」


 つい本音を口にしてしまう。
 俺のその発言に亜矢が笑いを堪えた。


「携帯部屋置いてきちゃったから取ってくる」


 悠聖の声が聞こえた。
 亜矢が少し驚いたような顔をした後、俺を見てニッと笑う。


「今よ」


 いきなり亜矢が俺の身体を引っ張って冷蔵庫に押しつけた。
 軽い衝撃が身体を襲う。だけど右の腰が当たらないように加減してくれたようで助かった。


「――え?」

「そぉ? こんな日くらいいいじゃない? 未来ちゃん達はジュースでいいかしら?」


 大きい声でキッチンの向こうに話しかけるように亜矢が言った。
 亜矢の身体が俺に寄りかかる。しっかりと両腕を彼女に掴まれていて動けない。


「ちょっ……!」

「黙って」


 亜矢の顔が俺の目の前まで近づく。
 その時、キッチンの入口に人の気配を感じた。


 そこに立っていたのは未来――


“ごめんなさい”


 強張った表情を俺達に向ける未来の唇がそう動いたのが見えた。
 亜矢の身体が俺から少し離れる。


「あ、見られちゃった」


 照れたような表情の亜矢、そしてキッチンの前に立ちつくす未来。
 俺の顔を見つめる未来のその目は潤んでいて、今にも泣き出しそうに見えた。気のせいなんかじゃない。なんでそんな悲しそうな顔をするのかわからなかった。だけどそうさせたのは紛れもなく自分達で。

 そのまま目の前から未来が静かに消えると、亜矢が俺に向けてウインクをしてきた。


「どういうこと?」


 小さい声で亜矢を問い詰めたその時、キッチンの向こうで苦しそうな息遣いが聞こえてきた。
 加えてドサッと何かが落ちるような音を聞き、慌ててキッチンを出ると未来が床に跪いて全身を激しく上下に揺らしていた。


“助けて……お兄ちゃ……”


 未来の青ざめた唇が俺を求めたのがわかった。



**



「――ふぅん」


 亜矢が立ち上がって腕組みをしながら小さく唸る。

 悠聖が未来を自室に連れて行って、現在俺と亜矢はリビングにふたりきり。
 俺は未来を支えていたままの状態からしばらく動けなかった。


「柊さん、まだチャンスあるかも」


 亜矢がしゃがみ込んだままの俺の顔を覗き込んだ。


「――何が?」

「未来ちゃんよ。過呼吸の原因って過剰なストレス。心理的、精神的、身体的な……」


 ――ストレス?
 亜矢にそう言われて胸の奥が締めつけられる様な思いがした。


「未来ちゃんはあの場面を見て過呼吸を起こすほどのストレスを感じたってことでしょ? 柊さんのこと好きなんじゃ……」

「――もうやめてくれ」


 これ以上聞きたくなかった。
 俺達のせいで未来に苦しい思いをさせてしまった。それが辛かった。

 俺達じゃない……俺のせいだ。

 俺が亜矢に恋人のフリなんか頼まなければ、あの話をもっとちゃんと断っておけば。
 そもそも未来のことを話さなければ、俺がすべて悪い。


「謝ってくる」


 ゆっくり重い腰を上げて立ち上がると亜矢が俺の腕を引いた。


「なんで? 悪いことしてないし、謝るなんて余計おかしいわよ」


 俺を上目遣いに睨みつける亜矢。その目つきにゾクッとした。すごい眼力を感じる。
 今までのかわいらしいイメージとはかけ離れていた。


「心配で行きたいなら『大丈夫?』って言った方が自然だと思うな。まぁ未来ちゃんはいやがると思うけど。柊さんと顔合わせるの気まずいと思うでしょ? 少しそっとしておいてあげた方が親切だと思う」


 亜矢が俺の背中を押してさっき座っていた椅子を勧めてきた。
 促されるままその椅子に座る。


「大人しくワインでも飲んで待っていたら?」

「……アルコールはいらない」

「あら? 柊さんって飲めないの?」

「未来を車で送らないと……」

「ふぅん。私はどうでもいいんだ」


 拗ねたように亜矢がキッチンに入っていった。


「……ごめん、そうじゃない」

「いいけどぉ。ひとりで飲んじゃうから」


 キッチンの方からワインのコルクを抜く音が聞こえ、グラスにワインが注がれている様子。
 本気でひとりで飲む気なのかもしれない。キッチンに様子を見に行くとグラスを片手にぐーっと一気にワインを飲み干した後だった。
 左手でグラスを持ち、右手の甲で口元を拭い、続けて二杯目をグラスに注ごうとしている。


「ちょっと待って……」


 亜矢の右手を掴んでやめさせるとキッと俺を睨んだ。
 彼女の強い眼差しが俺には関係ないと訴えているようだった。その目許はかすかに赤く、潤んでいるようにも見える。


「ごめん。俺も飲む」


 少し前の未来のように泣きそうな顔の亜矢ひとりで飲ませることはできなかった。
 俯き加減で何度も瞬きを繰り返す彼女をほっとけなかったんだ。



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Date:2013/09/17
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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