第110話 兄の彼女未来視点
バイトを終えて図書館を出ると悠聖くんが待っていてくれた。
ニコッと笑いかけてくれてホッとした。
なんだか昨日からソワソワしていた。気にしないつもりでいたけど義父の電話もあったし、お兄ちゃんの快気祝いで会うのも緊張してた。
「行こう。兄貴が待ってる」
悠聖くんがわたしの右手をそっと握った。
わたしもその手を握り返す。
「今日は未来と手を繋げた」
わたしの顔を見て悠聖くんがうれしそうに言った。そして照れくさそうに笑う。
そんな顔されるとわたしまで照れてしまう。
「今日さ、兄貴の快気祝いに誰が来るんだろう? そういうのやるタイプじゃないから、もしかして彼女かも?」
「――!?」
その言葉にわたしは思いきり反応してしまった。
『彼女?』とつい唇で表現しまい、しまったと思ったけど悠聖くんは表情を変えず大きくうなずいた。
「うん……いるらしいんだよね」
悠聖くんがわたしをじっと見つめているのがわかる。
動揺しないように、何か言わないと……でも頭が真っ白で何も思いつかない。お兄ちゃんに彼女、どうしよう。なんでかわからないけど胸がすごくドクドクいってる。
「――未来?」
悠聖くんが寂しそうな目でわたしの顔を覗き込んでいる。
それに気づいて目を逸らしてしまってから後悔した。笑って『そうなんだ』って言えばよかったのに、わたしのバカ!
「悲しい? 未来はブラコンだからね」
手をギュッと握りしめられて背筋がびくんと伸びてしまった。わたしは明らかに動揺している。
どんな顔をしたらいいかわからない。だけど目を逸らし続けるのも不自然だ。覚悟を決めてその顔を見上げると悠聖くんがニッと笑いかけてくれた。安心して小さくため息が出てしまう。
“相手、瑞穂さん?”
「僕もそう思ったんだけど、違うんだよね」
……そうなんだ。瑞穂さんはお兄ちゃんのことが好きなのに。
お兄ちゃんに好きな人がいたなんて。だけどカッコイイし、大人だ。いてもおかしくはない。
絶対に無理なことだけど、わたしだけのお兄ちゃんでいてほしかったな。
わがままだけど、心の中でそう思っているだけならいいよね。
**
マンションに着くとさらにドキドキした。
ここを出てまだ三日目なのに。三日ぶりにお兄ちゃんに会うのもなんとなく緊張だし、お兄ちゃんの彼女が中にいるのかもしれないってこともわたしの胸を疼かせた。
「ただいま」
「おかえりなさーい!!」
女の人の声でお出迎えをされ、激しい違和感を覚える。
今までここに住んでたのはわたしで、こうしてお出迎えできるのは自分だけの特権だと思っていた。それがわたしだけじゃなくなった事実に寂しさを感じてしまう。
最初、悠聖くんの背中でよく見えなかったけど玄関を覗き込むと見覚えのある女の人の姿があった。
……どこで見た人だろうか。
「未来ちゃん、元気だった?」
その女性の口からわたしの名前が……なんで?
ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべたその人が下ろしたパーマヘアを手で後ろに束ねる。それでハッキリと思い出した。
“看護師の高崎さん?”
わたしが唇で言うと、高崎さんはわかったみたいで笑顔で何度もうなずく。
リビングの方から玄関の向かってお兄ちゃんがゆっくり歩いてくる姿が見えた。
「未来、知り合いなんだ……」
「そう。病院でね。あ、弟さんは初対面だよね。私、湊総合病院の看護師、高崎亜矢です」
悠聖くんが驚いた顔でわたしと高崎さんの顔を交互に見る。
ニッコリと高崎さんに笑いかけられたけど、わたしの頬は引きつっていないか不安だった。
「兄貴、彼女?」
「――ん? ああ」
お兄ちゃんが肯定した。
高崎さんがお兄ちゃんの彼女――
いつから? そんなの聞くまでもない。入院した時からだろう。
あの入院がきっかけでふたりがつき合うことになった。そう考えたらなぜか胸の奥が黒い闇のもので塗りつぶされたような心境になっていたんだ。
**
ダイニングのテーブルには食べ物がたくさん並んでいた。
「今日のメニューはね、マグロのカルパッチョとサーモンと玉ねぎのマリネのオーブンサンドとサーモンとアボカドのサラダとトマトと生ハムのバケットトーストとちらし寿司!」
高崎さんがえっへんといった感じでメニューをお披露目した。カラフルな料理でどれもおいしそう。
キッチン側の席にお兄ちゃんと高崎さんが並んで座る。お兄ちゃんの向かいに悠聖くんが高崎さんの前にわたしが座った。
「飲み物! 飲み物!」
高崎さんがスリッパの音を立ててキッチンに消えて行く。
この家のキッチンスペースは部屋のように壁で仕切られていて、扉はついていないけどキッチンスペースに入るとテーブルからは死角になる。冷蔵庫やオーブンやレンジもみんなそのスペースにあるから中で何しているかはテーブルについていたら見えない。キッチンに入ろうとしない限り中の様子はわからない状態の確立されたスペース。
「柊さん、手伝って」
高崎さんに呼ばれてお兄ちゃんもキッチンに消えた。
「ねぇ、ワイン飲んじゃう?」
「俺、まだ病み上がり」
「大丈夫よ、少しなら」
「看護師のセリフじゃないな」
お兄ちゃんと高崎さんの楽しそうな声がキッチンから漏れ響く。
何となく幕を一枚通したような感覚でぼんやりとその声が耳に入ってくる。なのに話の内容はやけに鮮明に聞こえてくるのだ。
「携帯部屋置いてきちゃったから取ってくる」
悠聖くんが席を立ってリビングを出て行った。
わたしひとりがキッチンテーブルに取り残されてしまう。
「そう? こんな日くらいいいじゃない? 未来ちゃん達はジュースでいいかしら?」
高崎さんの声が聞こえた。
自分たちの飲み物くらい用意した方がいいよね。
立ち上がってキッチンにコップを取りに行く。
「――――!!」
キッチンの一番奥の冷蔵庫に寄りかかったお兄ちゃん、その前に高崎さんが立ってて。
キスをする寸前だった。
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