ベッドで眠る彼女を見ていたら俺も眠くなっていつの間にかウトウトしてしまった。
だけど、彼女の動く気配で先に目を覚ますことができた。
案の定、目を覚ました彼女は絶叫した。
俺が手を出したと思っているらしい、失敬な。
まだなにもしていないというと“まだ?”と突っ込まれたのは致し方ない。本当のことだ。
隙あらば何かしたいという気持ちがあったことは間違いないのだから。
彼女も風呂に入りたいだろうと思って泡風呂にしてやることに。
促すとおずおずと浴室に消えていく。
丸見えの浴室で入浴する彼女を見たかったけど、今日のところは勘弁してやろうと思った。
ベッドで風呂からあがってくる彼女を待っていたら俺が眠ってしまっていた。
気がつくと、彼女は足元のソファで小さくなって眠っている。
ベッドカバーを一枚かけて小さい身体で小さくなって本当に猫のようだった。
「ん……ゃあ……」
? 急に彼女が寝言をつぶやきだした。
泣き出しそうな表情で、首を左右に振りながら苦しそうな声を上げる。
具合が悪いのかと思ってヒヤッとした。
身体を小さく揺すると、さらに顔をしかめて涙ぐむ。
悪い夢でも見ているのか?
これは起こしてやった方が親切だと思って、小さな身体を大きく揺さぶった。
「雪乃さん! 雪乃さん!」
ハッとした表情で俺を見つめる彼女。
潤んだ眼差しは揺れていて、酷く動揺しているように見えた。
言葉にならない声を上げて、小さく震えている彼女の頬を両手で包み込む。
柔らかい頬は少し熱いくらいで、ぷにぷにと抓りたい気持ちになる。
すると安心したのか、そっと瞼を閉じた。
……あ。
その時、ぽんっと俺の理性が飛んだ。
気がつけば、小さく震えている柔らかそうなその唇に自分の唇を押し当てていた。
もうどうにでも、なれ。
俺はできるだけのことをした、我慢も限界に達した、イコールこのくらいのご褒美をもらってもいいだろう。
彼女の身体がビクリと反応を示す。
薄く目を開くと、目を見開いた彼女の顔。
構うもんか、と俺はもう一度その唇に自分の唇を押し当てた。
本当は吸いついて、唇を舐めて開かせて舌を挿入してやりたかったけど、固まってしまっている彼女にそこまでしたらかわいそうかなと思って断念したんだ。
そっと唇を離して彼女を見ると顔面蒼白状態。
茫然自失の彼女はどうしていいか分からなかったようで俺を呼んだ。
苗字で呼んだから名前で呼ぶよう言ったらちゃんと名前で呼んだ。
素直な彼女がかわいくて、俺はもう我慢ならなかった。
このまま突き進む、勝手かもしれないけどそう決意してしまった。
彼女の唇を割り、舌を挿入させて必死で逃げ惑う舌を捉えて絡めた。
口腔内を蹂躙し続けると、胸を二度叩かれた。どうやら苦しかったらしい。
キスをやめるとゼーゼーと荒い呼吸をする彼女が威嚇する猫のように見えておかしかった。
鼻で息をしないからと伝えると、泣き出してしまう彼女。
それは笑いごとじゃなく、キスが初めてだったと知った。
俺はその事実がうれしくてしょうがなかった。
彼女にとって俺がファーストキスの相手! こんな夢のようなシチュエーションありえないと思ったら飛び上がりたかった。
彼女の全ての『はじめて』を俺のものにできる、そう思ったら気がふれそうになった。
彼女にとって俺が最初で最後の男……。
そうなりたいと願った。
「俺。雪乃さんが好きだわ。つき合ってください」
今しかない! そう思って俺は彼女に告白したんだ。
俺にとって生まれて初めての告白だった。
一大決心をしてようやく口にした言葉なのに、彼女は即いやだと拒絶。いや、予想はしてたけど。
だけど俺はめげない! 彼女のファーストキスをもらって勇気がわいた。
俺はさっきの彼女の“頼みごとはちゃんとやる”発言につけ込んで再度交際を申し込んだ。
彼女はなにも言えず口をパクパクさせ、いいもいやも言わずに俺に背を向けてしまう。
もしかしたら俺が酔っていると思っているのかもしれない。
今日のところは諦めて寝たってところだろうか? わかりやすい。
だけど今日の俺はもう満足だった。
そりゃ欲を言えば……したい。全てを俺のものにしたい。でも今はその時じゃない。
自分の欲と戦うのに必死! だけどこうして傍にいられるだけでしあわせを感じていた。
俺、頑張った! 彼女も頑張った!
もう誰がなにを否定しても俺は彼女がいてくれればいい。
家族の誰にもまわりにも認めてもらえなくたっていい。
俺は彼女との未来しか考えたくなかった。
翌日、事件が起きた。
十五時休憩に彼女に今日の帰りの待ち合わせをメールしたんだ。
返事はなく、嫌な予感がしていた。
昼間のことが関係しているのかと思ったけど、外回り中だったから電話もできなかった。
**
昼間のこと……。
俺のスーツの左腕のボタンが取れかかっていたようで高畑さんがつけてくれたと言った。
でもそれは、紛れもなく彼女のつけ方だったんだ。
クロスで付けられたボタン……他の人がこんな子どもみたいなつけ方をするはずないと思っていた。
その証拠に席に戻って来た彼女の左手の指先には絆創膏がついていた。
朝までなかったものだから、きっとこのボタンをつけている時に刺してしまったんだということが想像できる。
だけど高畑さんに恥をかかせるのは忍びなくて、しょうがなく話をあわせていた、ら。
『翔吾、ちょっといい?』
秘書課の海原真奈美が営業部に来たのだ。
真奈美は俺の大学時代の同期で同じサークル仲間。
そして俺を追いかけてこの会社に入社してきたいわゆるセフレ。だけど過去のことだ。
俺は別れを何度も伝えているが、全く引く気のない真奈美に閉口していた。
だけど最近は家にも来なくなって安心していたのに……。
真奈美と話しているのを彼女に見られたくなくて席を外そうとしたら、スーツのボタンをつけ直すと持っていってしまった。
『みっともない』
彼女がつけてくれたであろうボタンを見て真奈美はそう言った。
勝手につけ直すなんてやめてほしくて俺は真奈美の後を追う。俺のスーツを取り返そうとしたんだ。
エレベーターホールの横にある休憩室のソファに座り、真奈美が持っていた小さなポーチからソーイングセットを取り出していた。
『勝手なことすんな!』
慌ててスーツを取り上げると驚いた表情で真奈美が俺を見上げる。
『だってそれみっともないわよ』
『関係ないだろ? 俺はこれでいいんだ』
『でも……』
『それよりサークルのOB会ってなんだよ? そんな話、誰からも聞いてないぞ?』
真奈美の隣に座ると、シュンと肩を落として俯いてしまった。
やっぱり嘘か……そうだと思ったんだ。
あえてそれは言わないけど、俺は背もたれに寄りかかって大きいため息を漏らした。
『だって、最近翔吾連絡くれないんだもん』
『……連絡って、俺たち……』
『そんなみっともないボタンのつけ方する女が好きなの?』
悲しそうな表情の真奈美が俺をキッと睨みつけるが、本当のことだったからうなずくしかなかった。
すると、真奈美が俺からスーツを奪ってそのボタンを勢いよく目の前で引きちぎった。
あまりにも早い行動で止めることすらできなかった。
『ほら、こんな簡単に取れるつけ方じゃダメよ。今、しっかりつけてあげるから』
うれしそうに微笑んだ真奈美がボタンをつけ始めた。
まるで俺と彼女の関係が裂かれたみたいで、胸が苦しくなる。せっかく近づくことができたのに。
真奈美の糸に縛りつけられているような自分。
まるでがんじがらめの鎖……そんなことを思って急速に心が冷えていくのを感じていた。
**
そして今、繋がらない電話。
十八時に駅前のコーヒーショップで待ち合わせした彼女が駅にいる。
外回りの帰り道、偶然発見したその姿。手には真新しそうな携帯を握っていた。
――――番号をかえるために……携帯を買い換えた?
俺は悲しみに打ち震えた。
そんなに俺がいやなの? そんなに俺を排除したいの?
彼女を掴まえて、問いただそうとすると抵抗されて再びボタンが取れてしまった。
その時、俺は少し冷静になった。
なんだ、真奈美のつけ方でも取れるじゃないか?
もう一度、彼女の糸で紡いでほしい。
俺から逃げないで、そう彼女に伝えた。
彼女は困った表情で俺を見つめる。
彼女の手を掴んでいた自分の指の力を緩めた。
「もし、本当に嫌なら……振り払って、逃げて」
最後の賭けだった。
これで彼女が俺に背を向けたら諦めよう、そう思った。
辛いけど、これ以上彼女を苦しめたくはなかった。
エスカレーターが電車のホームに着く。
もし、彼女が逃げるなら、階段で今来た道を戻るだろう。
だけど、彼女は……俺の手を振り払わなかった。
困惑顔で俺を見上げる瞳。そんな表情をさせてしまって申し訳ない気持ちになる。
逡巡するようにあちこち彷徨う視線。彼女から目を逸らさず、一度だけ小さくうなずいた。
そして、その柔らかい手を引く。
かすかに躊躇うような感覚はあった。それに気づかないフリをして、俺は自分の家の方向の電車に彼女を導いたのだった。
彼女を俺の家に連れて帰った。
ついてきた彼女をもう何を言われても逃がす気はなかった。
寝室で彼女を抱きしめると、少しだけ抵抗を見せる。
逃がさないように小さな身体を抱き込んで耳元で囁く。
「もう、引き返すことなんかできないよ? 俺は君を絶対に逃がさない」
泣きそうに顔を歪め、彼女が俺を見上げる。
怖いのか全身がガタガタ震えだした。
ぎゅうっと硬く目を閉じて彼女は覚悟を決めたかのようだった。
その瞼にキスを落とし、彼女を抱き上げてベッドへ押し倒した。
彼女の身体はすごく柔らかかった。
胸も腕もお腹も太腿もすべてふわふわで俺の全身を優しく受け入れてくれた。
誰も触れたことのない身体。全てにおいてキレイだった。
胸の小さな尖りは少し触れただけで硬くなり、唇で刺激すると赤く色づいてゆく。
俺の愛撫に反応して小さな喘ぎ声を漏らす彼女が愛しくてたまらなかった。
彼女の白い首筋と胸元は俺がつけた赤い花びらのような形の痕だらけ――
赤く染まった頬と、泣くのを堪えているような表情が何よりもそそる。
そんな蕩けたような顔を見せられたらたまらない。他の男には絶対に見せたくない。
こんな表情もできるんだ、そうさせているのは俺なんだって思ったら喜びに胸が打ち震えた。
その目尻を濡らす涙に気づいていてもやめてやることなんか到底無理だった。
あまりにもキレイすぎて思わずその肩口にかじりついてしまい、彼女に睨まれた。
歯型がつかない程度に噛んだから許してよって思いで彼女を見つめて笑いかける。
そして、彼女の大切な部分にも口づけをした。
小さな核はすでに赤く膨れ上がっていて、少しの刺激で愛液が流れ出してきた。
だけどやっぱり初めてだからかそっと指を挿入してほぐそうとしても苦しそうだった。
入口はとても硬く、この状態で
挿入るのはかわいそうだけどどうしてもひとつになりたかったんだ。
ごめんよ。
彼女の小さな孔にすでに勃ち上がった自身をそっとあてがい、愛液と馴染ませてなるべくゆっくり優しく挿入した。
「……っ」
少し入っただけで彼女の中はすごく熱かった。
あまりの気持ちよさに一気に押し進めたかったけど、あまりの痛さに驚いた彼女が大声で泣き出した。
パニック状態になってじたばたと抵抗し始める彼女。
初めての痛みに恐怖心が募ってしまったんだろう。痛がりで臆病と聞いていたからある程度の予想はしていた。
ここで俺は狼狽えたら彼女がさらに不安がると思って、一度小さく深呼吸をして自分を落ち着かせた。
そっと彼女の頬を撫でてなだめ、口元で囁くと彼女の抵抗はピタリと止まった。
「雪乃、俺を信じて。大丈夫だから――」
唇を重ねながらゆっくりと奥まで進め、小さく震えながらも彼女は耐え切ってくれた。
キスの時、鼻で息をするのも覚えてくれたようだ。
だけど気を遣っているのか小さな呼吸が伝わってくるだけ、全てにおいて彼女が愛しい。
苦しそうに眉間にシワを寄せる彼女の唇を解放すると、大きく息を吸い込んだ。
俺の律動に辛そうな表情を浮かべて必死でしがみついてきた。
だけど痛そうな表情は少しずつ解れていく。
いつの間にか恍惚の表情を浮かべ、甘い吐息を俺の耳元で漏らしていた。
汗ばんだ彼女の身体からかすかな匂いを感じ取る。
加えて途切れることのない切なげな喘ぎ声。
それは俺の欲を煽るには十分すぎる甘美な香り、そして声音。
俺は何度も彼女の耳元で彼女の名を呼びながら愛を囁く。
柔らかい身体やうねりながら自身を締めつける彼女の全てに満たされ、高みに持ち上げられた俺の限界寸前の時――――
「しょう……ごさっ――――す、き」
掠れた小さな声で、彼女がそう漏らしたのを――聞いた。
ガクッと身体から力が抜け、彼女はそのまま意識を手離した。
彼女のその言葉を聞いた後、俺は涙を流しながら、果てた。
こんなに心も身体も満たされる行為は初めてだった。
……ああ、俺も好きだよ。
君を愛している、雪乃――
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