第103話 好きな人いないの? 悠聖視点
未来を家まで送っていろいろ考えながら兄貴のマンションに帰ってきた。
やっぱり昨日の未来の行動はいろいろ納得がいかなくなった。
昨日は兄貴や修哉さんの前であんなに僕の手を繋いだり指を絡めたりしていたのに、今日は瑞穂さんに見られただけで恥ずかしがって手を振りほどいた。昨日と今日の何が違うというんだ。
見られる相手で態度を変えている?
兄貴と修哉さんはよくて、瑞穂さんに見られるのは恥ずかしい? よくわからない。
あまり深く考えすぎると想像が疑いに変わることもある。そうはしたくない。
「ただいま」
玄関に入ると丁度兄貴が自分の寝室から出てきたところだった。
「おかえり、遅かったな」
兄貴は昨日から元気がない。
未来が出て行った上に自殺未遂をした話まで聞かされたから無理もないだろう。
時計を見ると二十時を過ぎていた。確かに遅いかもしれない。だけど未来を送って帰ってくるとどうしてもこのくらいの時間になってしまう。
「未来を家まで送ってきた」
「そっか。お疲れ様。カレー作ったんだけど食うか?」
「傷、平気なの?」
うんうんと前を向いたまま兄貴がリビングへ消えていった。
退院したばかりだしあまり無理しない方がいいのに。なんで昨日の今日で料理なんてしているのだろうか。しばらくは出前でもコンビニ弁当でも僕は構わないのに。それでなくても早く退院してきたんだから病院にいない分自宅で療養しないとまずいだろう。
リビングに入ると、ソファ前のテーブルの上に置いてあった兄貴の携帯が光って震えていた。
ちらっと画面を覗いてみると『高崎亜矢』と表示されている。女の人? 初めて聞く名前だった。
「兄貴、メールみたいだけど?」
「――あ、そう」
台所にいる兄貴に声をかけると素っ気ない返事だけが返って来た。
「ごめん、画面見えちゃって……女の人っぽい」
「……ふーん」
少し間があって兄貴の微妙な反応があった。
彼女なのかな? 兄貴モテるだろうけど最近全然そういう浮いた話を聞かない。
「何つっ立ってるんだ。用意できたぞ」
リビングに続いているダイニングの方のテーブルにカレーライスの皿が置かれた。
そのまま兄貴がソファのほうに歩いていき、自分の携帯をチェックしはじめた。困ったように笑ってメールを見ている。ソファに座って携帯をいじっている兄貴を横目に見ながらカレーを食べた。なんだかとっても楽しそうに見える。
「あぁそうだ、兄貴。瑞穂さんがよろしく伝えてくれってさ」
「あ、あぁ。悠聖は瑞穂を知ってたっけ?」
「今日未来に紹介されたんだ」
僕のほうを一瞬向いたのに、「そうなんだ」と素っ気ない返事が返ってきただけだった。
それとほぼ同時に兄貴の視線は携帯に戻り、メールを打ち始めた様子。なんだかその様子が腑に落ちなくて、僕はついつっかかるように質問を投げかけていた。
「瑞穂さんって兄貴の何?」
「何って……大学時代のサークル仲間」
僕が声をかけても全く携帯から目を離そうとしない。
瑞穂さんがただのサークル仲間だということは間違いなさそうだ。瑞穂さんより今のメールの相手の方が大切なのは素っ気ないその態度でわかる。
「
瑞穂さんは随分兄貴のこと気にしていたみたいだけど?」
「へ?」
「兄貴と未来の関係を疑ってるみたいだった」
兄貴がとうとう携帯から目を離して怪訝な顔で僕を見た。
少し意地が悪すぎただろうか。軽く目を眇める兄貴に苦笑いを向けてみせる。
「未来は兄貴を彼氏のお兄さんって答えたみたいだよ」
「……そうか」
伏目がちに兄貴が僕から目を逸らして小さくうなずく。
なんだかよく味わう間もなくカレーを食べ終わってしまった。
……ふとひとつ思す。
兄貴と未来は兄妹じゃないのだから、兄貴が未来を好きになってもおかしくはないんだ。
兄貴は未来と兄妹じゃないって知っているんだからなおさら。未来を心配する兄貴は普通じゃない。あれは妹を心配する兄の態度じゃない。もしかして、いや……まさか。
未来が兄貴と兄妹だと思っているから、兄貴は自分の気持ちを封印したのか?
「兄貴」
僕の声、震えている。それを押さえるように大きく呼吸をしてみた。
兄貴は相変わらず携帯を操作している。僕の声は耳に届いているはずなのに。
「未来のこと、どう思っているの?」
その質問を聞いて兄貴が携帯から目を逸らしてこっちを見た。
「え?」
たっぷり時間をかけて僕に聞き返してきた。
絶対に聞こえているはずなのに、わざとらしく聞こえないフリをしている兄貴に少しだけ苛立ちを感じる。だからわざと一語一句同じ言葉で返してやった。
「未来のこと、どう思っているの?」
「どうって? 妹」
そう答えた後、小さいため息をついたのを僕は見逃さなかった。
「妹じゃないじゃないか。本当の未来の兄貴は修哉さんだろ?」
「俺にとっても妹だよ」
「なんだそれ?」
僕は納得がいかなくて食らいつく。
しかし兄貴は再び携帯をいじり始めた。僕の話なんて興味ないと拒絶するかのようで。
「妹は妹。それ以上でもそれ以下でもない」
兄貴の言い分に全く納得いかない。
そう自分に言い聞かせているようにしか思えない。
「――じゃあ好きな人とかいないの?」
質問を変えて攻めてみると兄貴は目を白黒させた。
「この前、電話で彼女のこと聞いたらそれどころじゃないって言ってたろ?」
「……ああ、そうだっけ? よく覚えてるな」
「だから気になるってか……」
「――いるよ」
そうサラッと返してきたから、今度は僕が驚いて面食らってしまった。
兄貴は横目で何事もなかったように僕を見てから眉を下げ、ニッと微笑む。
「だからいるって」
「え? ごめん……どっちが?」
変な聞き方をしていると自分でも思う。
困ったように兄貴が小さく笑う。
「どっちも。好きな人も、彼女も」
不意をつかれて僕はどんな表情をしていいかわからず、そして言葉を発することもできなかった。
兄貴が携帯をリビングのテーブルの上に置くのをただじっと見つめるだけ。
「その……今メール来た相手?」
僕が兄貴の携帯を指差すとそれに視線を落とした。
「なんでそんなに聞くんだよ?」
「……気になって」
「あんまり人に言うなよ」
その時、兄貴の携帯がすごい音を立てて震えた。
それを慌てて手に取り、画面を確認する兄貴の表情がふっと緩んだように見えた。
「……やっぱりその人が?」
再確認でもう一度しつこく聞くと、兄貴は観念したように僕を見てうなずいた。
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