第101話 つき合ってみません?柊視点
翌日、車で湊総合病院の外科外来に行った。
やっぱり平日の外来は混んでいて予約をしていても三十分以上時間をずらされた。傷のガーゼを取り替えてもらうだけなのに時間がもったいない。
診察を終え、外科外来の待合席で診察券の返却待ちをしていると後ろから左肩を叩かれた。
「佐藤さん」名前を呼ばれ、振り返ると病棟看護師の高崎さんだった。しかも私服姿。
「やっぱり。なんか浮かない顔した人がいるなと思って」
仕事の時はいつも髪を束ねていたが、今は下ろしている。
ふんわりゆるいパーマヘアは大人びて見えた仕事中とは別人のように若々しく見えた。
「どうしたんですか?」
高崎さんが俺を見て首を傾げる。
「いや……仕事中とイメージ違うからつい見ちゃって」
「そうですかぁ? 佐藤さんもパジャマの時とイメージ違いますよ。うん、先生っぽい」
「これから職場に顔出すから」
ピンク色のワンピースに白いカーディガンで清楚な感じがする。
仕事中はデキるナースのイメージだったけど私服はかわいい系なんだな。
俺は普通にスーツを着ていただけだがやっぱりパジャマとは違うか。
そんな俺を高崎さんが唇を尖らせ、鋭い目で様子を伺うように見つめてきた。
「何か元気ないですね。退院したのに」
「……ですね」
笑って誤魔化すとさらにじっと顔を見つめられてどぎまぎしてしまう。
そんなに覗き込むように上目遣いで見られると、なんとも思っていなくても変な緊張が走る。
「私、夜勤明けで仕事終わったんですけど、少しだけお茶でもいかがですか?」
**
病院内の喫茶店だと職場の人に見られるからと、病院のすぐそばにある近くのファミレスに入った。
俺はコーヒー、高崎さんはケーキセットを注文した。セットのショートケーキを食べる姿が美味しそうで、ついまじまじと見てしまう。その視線に気づいたらしく、高崎さんがフォークを止めた。
「夜勤明けってお腹が空くんですよ」
恥ずかしそうに紅茶を飲み始める高崎さん。
頬が真っ赤になっている。暖かい紅茶を飲んでいるせいだろうか。
「何も言ってないけど……」
「だってじーっと見るから」
「いや、美味しそうに食べてるなぁと思って見てただけ」
「美味しいですよ」
確かに見られていると食べづらいかもなと思い、なるべく見ないようにそっぽを向いた。
まわりを見渡すと、十一時過ぎで少しずつ昼時のお客さんが増えてきたところのようで店内は結構ザワザワとしている。
「そんな浮かない顔しないでくださいよ。誘ったのが未来さんじゃなくて申し訳ないと反省はしてますから」
「え? そんなことないよ。反省とか……」
「佐藤さん顔に出てますよ」
「ぐっ」
顔に出ていると言われコーヒーが喉に詰まりそうになり、慌てて飲み込んだ。
もう味がなんだかわからない。そんなに浮かない顔をしていたのだろうか。全く自覚がなかった。
「いいんですけど……」
「違うよ。看護師さんに誘われるなんて夢にも思っていなかったから緊張しているっていうか」
「やだ! 誰でも誘っていると思わないでくださいよ」
「思わないよ」
「ただ佐藤さんのことは少しだけ他の人よりも知ってるし、未来さんのことも気になってたし……」
ケーキをフォークで崩して高崎さんが口ごもる。
ふくれたようなその表情はとっても魅力的だと思う。仕事中の爽やかな笑顔からも元気をもらっていた。看護師という職業柄、患者に誘われる機会も少なくはないだろう。そういった女性に誘われるのはたとえお互い恋愛感情がなくてもうれしいものだ。
それに高崎さんは純粋に未来を心配してくれている。
そうじゃなければ、何のメリットもなくむしろバレたらとばっちりを食らうであろうデメリットばかりのことにあんなに協力をしてくれないだろう。高崎さんがいなければ、未来はひとりで家に帰り、母親に自分の身に起きていたことを話していたはず。
「未来のこと気にしてくれてありがとう」
「え? そんなっ」
慌てて胸元で両手を振る高崎さんの仕草がかわいくて笑ってしまった。
そんな俺を見た高崎さんの照れたような表情が一瞬にして真剣なものに変化した。
「なんでそんな悲しそうなんですか?」
眉間にシワを寄せた高崎さんが心配そうに俺を見据える。
普通に笑っているつもりだったのに、なんでこの人はこんなにも人の感情を読み取るのだろうか。
「私に話してみません? もちろん興味本位なんかじゃないですよ」
俺は口元だけで笑って誤魔化した。
どう話していいか迷ってしまう。俺らはもう、どうにも説明できないくらいこじれて糸がもつれたようになってしまっている。もうどこを引っ張ってもほどけない。
誰かに何を説明しても変わらないのはわかっている。だけど。
俺は一回深呼吸をして口を開いていた。
「詳しくは説明できないけど……未来は俺の妹なんだよ」
「えっ!?」
高崎さんが右手に持っていたフォークを落としそうになって、慌てて拾い上げた。
「妹? 本当の?」
「うーん、本当じゃ、ないかなぁ」
「なにそれ?」
「はじめは妹じゃなかったのが妹になって最終的には妹じゃなかった?」
「それ妹じゃないよ」
自分で説明しているくせに疑問形で返してしまった。
興奮しきった高崎さんは自然にタメ口になっていた。今まで頑として敬語のスタンスを崩さなかったのに。「んー」と小さな唸り声を上げながら、テーブルに肘をついた体勢で考え込むような仕草を見せた彼女は徐に口を開いた。
「妹だと思って抑えていた感情が、本当は妹じゃなくて抑え切れなくなった。だけど、その気持ちに気づいた時すでにその子は弟の彼女だった、と、こんな感じかなぁ……?」
俺は高崎さんの分析にあんぐり口を開けてしまった。
その時、ようやく俺は自分の気持ちに気づいた。人の言葉を借りてようやく気づくなんてばかだと思う。だけど彼女のおかげでようやく認めることができた。
「あってる?」
「だいたい……ね」
「切ないね」
高崎さんがフォークを置いて紅茶をひと口飲む。
そして思い立ったかのように一度大きくうなずいた。
「佐藤さん、私とつき合ってみません?」
「――はぁっ!?」
テーブルに高崎さんが頬づえをついてニッコリ微笑んだ。
俺はたっぷり時間を空けて聞き返してしまう。
高崎さんと俺がつき合う? 今までの話の流れでなぜそういう話が出てくるのか……呆れて言葉が出ないとはこういうことなのだろうか。
「意味がわからない」
「ただし――」
俺の方に高崎さんが身を乗り出してゆっくり語り始めた。
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