空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第18夜 翔吾side

 
 三浦さんと外回りの後によく来る隠れ家的な和食居酒屋に彼女を連れてきた。

 会社から最寄り駅を通過して少し歩くとあるこのお店はなかなか見つけづらいんだ。
 俺も三浦さんから教えてもらって、ひとりでもよく寄るようになっていた。


「え? 雨ちゃんのカノジョ?」


 店員に席へと誘導される彼女の背中を追う俺を店長が引きとめた。

 いつもひとりの時も三浦さんと来る時もカウンターで、この熊五郎みたいな店長と話しながら食う。
 だから俺が初めてこの店に女性を連れてきたことも個室造りの席を指定したのにも驚いてるってわけ。
 名前は知らないけど、ごつい身体つきや、頬から顎にかけて生やした髭の見た目から“クマさん”と呼んでいる。


「に、する予定」

「へえ、雨ちゃんのタイプはああいう大人しそうな子なんだ……意外だな」

「クマさん、運んできても彼女に変なこと言わないでよ。あ、あと生ビールとウーロンハイ、よろしくね」

「へえへえ」


 クマさんが肩をすくめて舌をペロッと出した。
 この計画を邪魔されるわけにいかないんだ。たとえクマさんでもね。

 席に行くと、彼女はすでに上座の方に座っていた。
 すぐにその前に座り、おしぼりで手を拭く。


「雪乃さん、何にする? 飲み物」

「烏龍茶で」

「だと思ってもう頼んできた。食べ物は適当に頼んじゃうね」


 唖然とする彼女。
 食べ物は席にあるタッチパネルオーダーができる。
 

 ウーロンハイが来て、彼女は少し膨れた。烏龍茶って言ったのにって。そんな反応も想定内。
 薄いから大丈夫と諭すと、しょうがないと言った感じでウーロンハイを口にする。
 グラスの縁の辺りを手で覆い、猫のように舌で味を確かめるさまはすごくかわいくてつい笑ってしまった。
 少し酔ってくれた方が本音で話してくれそうな気がしたからこの計画を実行したが、思いのほか事がうまく進んで拍子抜けだった。もちろんありがたいけど。
 もし本当に嫌なら口をつけないだろう、そうしたら俺が飲めばいいと思っていた。



 読みどおり、彼女はいつもより少しだけ口数が多かった。
 そして酒のせいで頬が少し紅潮し、チークを入れたようになってかわいかった。
 すぐに目がトロンとしてしまう。これは危険だぞ……。
 他の男と飲みに行かせたら絶対に食われるパターンだ、と。
 そしてその表情が男の脆い欲を煽る要因でしかないことを彼女は知らない。


 この時、初めて彼女の話をたくさん聞くことができた。

 人一倍臆病で痛がりなこと。お化けとか非科学的なものは大嫌いなこと。
 それ聞いたら遊園地に連れて行ってお化け屋敷に今すぐ連れ込みたい気分になった(変態だな、俺)
 そうすればいやでも俺にしがみついてくるだろう……とか(変態以上だな、俺)


 お茶を淹れる時にニコニコ笑っている理由を聞いたら真っ赤になって驚いていた。
 そんなところ見ないでください! ってなぜか怒られ……。


「なんとなく楽しく淹れたほうがおいしくなるんじゃないかなーって……願掛けみたいなものです。忘れてください」

「願掛け……」

 
 少し拗ねたようにうなずく彼女につい微笑みかけたら、癇に障ったようで膨れてしまった。
 誤解されてしまい、焦って弁解をする。


「いや、その願掛けはかなり効果あるよ」


 すると彼女は真っ赤になってまた俯いてしまった。
 

 
 いつも携帯を見ているのはネット小説を読んでいるということ。
 ハッピーエンドのものを選んで読んでいるらしい。彼女らしいと思ったら笑えた。
 そんな俺の態度を見て少し膨れる彼女もかわいかった。

 男からのメールを読んで喜怒哀楽を表していたんじゃないとわかって心から安心したんだ。


 そして彼女が俺を避けていた理由もわかった。
 俺が彼女に仕事を頼む理由はただ利用されているだけだと思っていたようだ。

 あの忘年会の喫煙ルームの話、誰かが彼女に教えたのか?
 弁解もさせてくれない、誤解だといっても聞く耳持たない。
 彼女は利用するならすればいいと言い張る。


 それならそれでいい、俺はいいことを思いついた。


 もちろん彼女を利用するわけではない、彼女の今の言葉を利用するのだ。

 
 俺が笑いかけると、彼女は少しだけ怯えたような表情を見せた。
 そんな彼女もかわいかった。早く自分のものにしたくてしょうがない。

 もう彼女は俺から逃げられない。さっきの言葉を盾にして俺は彼女を言いくるめることを決意していたんだ。


 逸る気持ちを押さえて彼女に食べ物と飲み物を振舞う。
 美味しいものを食べると自然に笑みがこぼれてしまうようで、その表情を見たくて勧めまくった。
 だけどやっぱり女の子、食べられる量なんてたかが知れてるんだよな。
 本当はもっともっと他のものも食べさせたかったのに、ギブアップされてしまった。


「また連れておいで。送りオオカミにならないように」


 クマさんはうれしそうに微笑んで俺たちを見送ってくれた。
 すでに彼女はフラフラで、その頼りない腰を俺が支えて暖簾の下をくぐり、外に出た。

 どうやって家に送り届けようか? タクシーか? と思って車道を眺めていると、彼女の身体が自然に前のめりになった。


「あべびやざん……ぎもちわどぅい……(雨宮さん、気持ち悪い)」

「はあっ?」


 彼女はすでに呂律がまわっていない状態で俺に意思を伝え、口元を両手で押さえて真っ青になっていた。
 これは戻しそうな勢いだ、と判断した俺はすぐそばにあったホテルに彼女を引きずり込んだのだった。






 ホテルの部屋のトイレに誘導した途端、彼女は豪快に吐き出した。
 背中を擦ってやると、必死に俺を追い払う仕草を見せる。


「あっち……いっで……」

「でも」

「いいがら! はやぐ!」


 涙ながらにゲーゲーする彼女をほっときたくはなかったが、本人の希望だから仕方がない。
 あんなに飲ませて食わせた俺が悪かったと心から反省した。
 彼女は飲まないと言っていたのに……俺が強引にウーロンハイを頼んだから無理して飲んだに違いなかった。

 
 しばらくして、手洗いでジャバジャバ水の音がしているのが聞こえてきた。
 吐き終わってうがいでもしているのかな、そう思ったらホッとした、のもつかの間。


「きゃ――――――っ!!」


 彼女の断末魔の叫び。
 慌ててトイレに駆け込むと、びしょ濡れになった彼女がつっ立って、いた。


「ど……どうしたの? それ?」


 俺が声をかけると、彼女が哀れな顔で泣き出した。
 もう涙なんだか水なんだか鼻水なんだかよだれなんだかさっぱりだ。


「うわーん! 水道にまでバカにされたあ!」

  
 子どものように泣きじゃくる彼女。
 真っ赤な顔をして大声をあげ続ける。
 びしょ濡れな服、顔、髪……ひどいもんだ。

 でも、これのせいで涙を流したら彼女の中でたまっていたものが放出されて、ガス抜きできるんじゃないか? ふとそう思った。

 いつも何ひとつ文句も言わず、コツコツと与えられた仕事をこなす彼女。
 小さな積み重ねが大きなストレスになり、吐き出すこともできず抱えているような気がしてならなかった。


「ほら、おいで」


 びしょ濡れの彼女を引き寄せると、ぽすんと俺の胸に顔をうずめてさらに大声で泣き出した。
 きっとストレスがたまってたんだよな。かわいそうなことしたな。


「うわーん! ばかばかばか!」

「そうだな、バカだよな。よしよし」


 そっと彼女の頭を撫でると柔らかい猫のような髪の毛が気持ちよかった。
 思ったとおり柔らかい毛質の髪。
 うちの実家の猫のミケを撫でているような気持ちになって俺まで心地よくなってしまう。

 自分のワイシャツがびしょ濡れになっても構わない、それ以上の代償をもらえて俺は上機嫌だった。


「ひぐっ……んくっ……」


 泣きしゃっくりを上げながら泣き止もうとする彼女がかわいくてずっと抱きしめていたかったけど、濡れた服のままでいたら風邪を引いてしまうよな。
 
 少しだけ彼女の身体を離して、ベッドへ誘導する。


「ほら、濡れたままだと風邪引くから着替えるよ」

「んくっ……うん……」


 ベッドサイドに座らせて、アンサンブルを脱がす。
 俺の心臓はドキドキしてこんなことしてもいいのだろうか? とずっと自問自答を繰り返していた。

 これは着替えのため! そう割り切ってもキャミソール姿になった彼女を見たら嫌でも下半身が反応してしまった。

 結構着やせするタイプなんだ……キャミソールの胸元から見える谷間が深い。
 
 そんなこと思ったらその白い肌に唇を押し当てて痕を残したい気持ちにすらなってしまった。
 このまま押し倒して……彼女を……。


「……くしゅんっ」
  

 キャミソール姿の彼女が身をすくめてかわいらしいくしゃみをした。
 それで我に返って慌てて備えつけのガウンを羽織らせてやる。
 一瞬でも疚しい思いを抱いてしまった自分。なんて鬼畜なんだ! と情けなくなった。


「寒い? 大丈夫か?」


 そのまま彼女をしっかり抱きしめると、うんとうなずいた。
 ああ、かわいい。ああ、役得だ。

 こんな風に彼女に触れられる日が来るなんて……しあわせだ。ずっとこんな日が来ることを夢に見ていた。

 ふわふわに柔らかい彼女の身体から発せられる熱で俺の体温も上昇したのか熱くなってきた。
 何度も何度もその猫っ毛を撫でる。そして指で梳く。柔らかくて心地よくて思わず頬をすり寄せた。
 シャンプーの香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 そのまましばらくいると、彼女の身体からすうっと力が抜けた。

 ふと、顔を覗き込むと眠ってしまっていた。
 子どもみたいな寝顔で、目の周りを赤くして……。


「まるで猫だな」


 そのまま彼女をベッドに横にして、ボトムスをそっと脱がせてやった。
 真っ白い足が露わになって、また不謹慎な気持ちが顔を覗かせる。

 その足を隠すようすぐに布団をかけたけど、本当はもう少し見ていたい心境だった。
 ……だけど。


「これじゃ蛇の生殺しだよ……」


 俺は大きく鼻で息を吐いてから、酔い醒ましにシャワーを浴びに浴室へ向かった。

 

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Date:2013/02/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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