空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 97

第97話 狼狽する兄

悠聖視点




 兄貴が部屋に入って修哉さんも帰った頃、未来からメールが来た。


  『今家に着きました。明日学校でタクシー代返します。
   本当にありがとう。
   明日一緒に学校行こう。S駅で待ってるね。  未来』


 無事に着いたみたいで安心した。
 急に出て行くと言われてビックリした。だけど今朝、気に入って着ていた兄貴のパジャマを手洗いしていた時点で何か変だとは思っていた。
 
 でもまさかそんな決断をしていたなんて夢にも思わなかった。

 なんで急に帰ったのか聞きたかったけど、何となく聞きづらかった。
 本当は帰りたくなさそうな表情をしていたから。今にも泣き出しそうで、こっちまで悲しくなる。

 僕は毎日学校で未来と会える。一緒に生活できなくなったのは寂しいけど、普通の恋人同士になるだけで気持ちに何ら変わりはないんだからと言い聞かせた。


 今日の未来は変だった。
 急に手を繋いだり指を絡ませたり。あんなことをする未来は初めてで正直戸惑った。もちろんいやではないしむしろうれしいくらいだ。

 だけど、昨日の夜から未来がおかしい。
 おかしいというか、何を考えているのかわからない。




 三十分くらいリビングで未来の淹れたうまくもないコーヒーを飲んでいた。
 本当にコーヒーを淹れるセンスは皆無だ。でも嫌いじゃない、未来のコーヒー。


 置きっぱなしにしていたカップを三つ片付けてふと兄貴が気になった。
 はっきりと手術までに至った原因を聞いていなかったから。


「兄貴、ちょっといい?」


 兄貴の寝室のドアをノックしながら声をかけると、ちょっとの間の後に応答が返ってきた。
 寝室に入ると薄暗い照明になっている。未来と一緒にこのベッドで寝ていた時はいつもこのくらいの明かりにしていたことを思い出して、少しだけ感傷的な気分になる。

 寝ていたか確認すると、今は起きていたと言う。僕が淹れたコーヒーを飲むか尋ねると小さくうなずいた。寝ようとしていたけど眠れなかったのかもしれない。
 ゆっくり兄貴がベッドから起き上がって枕に寄りかかり、足を伸ばす姿勢を取った。僕はベッドの左側に座って兄貴にマグカップを手渡す。その姿勢は傷に響かないのか気になったけど大丈夫そうだ。


「傷大丈夫なの? 痛くない?」

「大丈夫。痛み止めを飲んでる」


 痛み止めを飲むほどだからまだ多少は痛むんだろう。退院が早すぎたんじゃないかと心配になった。
 兄貴は僕の思いも知らずにコーヒーをおいしそうに飲んでいる。


「そのコーヒーおいしい?」

「うん? うまいよ」

「未来のよりはうまいかもね」


 僕が言うと兄貴が少し笑ってうなずいた。


「でも未来のコーヒーの方が好きなんじゃない?」

「どっちも好きだよ」


 その顔が少し寂しそうに見えた。



 しばらくふたりで黙ってコーヒーを飲んでいた。
 沈黙を破ったのは兄貴だった。


「俺がいない間、未来に何かあった?」


 兄貴はマグカップの中身をじっと見つめて口をつぐむ。


「何かって? 未来がいきなり帰ったから?」


 僕が聞いても兄貴は黙っていた。
 そしてもう一度コーヒーに口をつけてから不服そうに言った。


「俺の父親消息不明だって話したろ? 帰って大丈夫なのか気になるし……」

「兄貴、その傷って父親に……刺されたの?」

「……」


 しばらく兄貴はマグカップを見つめたままでいたけど、何も言わずにうなずいた。
 そしてすぐに不思議そうな顔に変化して僕を見た。


「え? 俺が実父に刺されたってわかるんだ」


 兄貴が驚愕の表情になり、少し震えているように見えた。それは隠したかったことなのか?
 僕は何気なく聞いてしまったことを少し後悔した。だけどその理由を明確にしたい気持ちもあったし、兄貴もここまで聞いたら僕がなぜそう思ったのか知りたいだろう。

 ごくり、と唾を飲み干して兄貴を見据える。


「兄貴が手術している時、未来と病院に行ったんだけど、母さんが未来を追い返してさ……少し目を離した隙に未来がいなくなって」

「――それで?」


 真剣な顔で兄貴が上半身を乗り出し、食いついてきた。
 少しだけ顔をしかめていたから傷が痛んだんだろう。あまり興奮させないようにしないといけない。


「未来を探していたら自分の家に行ってて……」

「家に? 未来が?」


 愕然とした表情に加えて青ざめていく顔色。


「で、どうした? 父親はいたのか?」

「いや……」

「未来は?」


 焦っているような兄貴の様子にしまったと思った。
 あの日未来がしたことは兄貴には言わないつもりだったのに、ここまで話してしまってからその部分を避けられないことに気づくなんて。


「悠聖! 言え!」


 躊躇っていると兄貴が苛立ったように声を荒げた。
 黙って兄貴の様子を伺ったが、誤魔化せるような雰囲気ではなかった。その目は「言え」と強く訴えて続けている。下手に嘘をつくことも憚られる。兄貴の実父があの時点で家にいたことの証明にもなることだから。

 ……ごめんな。未来。


「兄貴の父親が握っていた血まみれのナイフを……父親の手ごと掴んで自分の胸に刺そうと……」

「何!?」


 兄貴の目が鋭くなり、声のトーンがかなり落ちた。
 思いも寄らぬ事実に兄貴は愕然とした表情をして唇を戦慄わななかせた。


「未来は自殺しようとしたのか?」


 声も身体もガクガクと震え出している。
 ここまで話したら全部話すのが筋だろう。無駄に隠してこれ以上兄貴を動揺させるのも不本意だ。


「父親に刺されたように見せかけようとしていた」


 事実をありのまま伝えたら兄貴はそのままひと言も発しなくなった。




 しばらくそんな兄貴を見ていたが、現実を受け入れられないといった感じで黙りこくってしまったのでそのままそっとしておこうと僕は静かに部屋をあとにした。

 言わない方がよかったのかもしれない。



→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/09/10
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/218-c27809ea
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)