第96話 去っていった妹未来視点
未来が家を出て行った。
あまりにも急なことで気持ちが全くついていかない。
未来の母親のお金を持たせるべきだった。何やってるんだ。
未来の母親は、入院中にくれたメールに『迎えに行くまで未来をよろしくお願いします』と書いていた。
それなのにこんな急に、俺に何も言わずに迎えに来たりするだろうか。だけど、未来が迎えに来ているというのならそうなのだろう。往生際が悪いな、俺。
自分の落ち度に後悔しながら未来が淹れてくれたコーヒーを飲んだ。
入院する前まで毎朝飲んでいたこのコーヒーはもう飲めなくなるのか。そんなにうまくもなくまずくもない普通のコナコーヒー。
何度も『もう少し濃い目に淹れて』って言ってもいつも気持ち薄めのコーヒーだった。
『濃すぎない方がいいの』っていつも笑っていたな。
このパジャマもずっと着ていた。紺色でさしてかわいくもないし、俺にとってはそんなに思い入れのもないものだ。なんであんなに未来の気を引いたのかわからない。そのパジャマを今はとても愛おしく思う。
「柊、おまえ大丈夫か?」
修哉の問いに手元に残されたパジャマを見ながらうなずく。
本当は大丈夫じゃないのかもしれない。未来がいなくなったと思うだけで深い焦燥感が押し寄せてきた。いずれは送り出さないといけないと思っていたけど、こんなに早いとは思いもしなかったから。
「なんで未来ちゃんこんなにいきなり帰ったんだ? 昨日図書館で会った時、全くそんな感じしなかったのに」
「……さぁ」
「まるでおまえの退院に合わせていきなり決めたみたいな、悠聖も知らなかったみたいだし」
そう言われてみると、昨日のメールでも全くそんな素振りはなかった。
『待ってる』と送ってくれていたのに、今日いきなり俺を避けるように去っていった未来。
まさか、俺が未来の義父の息子だってバレたのか? だから俺がいやで?
でもどこからバレるんだろうか。いや、バレるじゃなくて言わなければいけないことだったんだ。それを俺が先延ばしにしていただけ。
しょうがないこと、なのか。
なんとなく疲れてしまい、両腿に肘をついて頭を抱えた。
「今、未来帰って行ったよ」
悠聖がリビングに戻ってきてソファに座った。
本当に帰ってしまったんだな……もっと引き止めたらよかったのだろうか。だけどそれで意思を曲げる子ではない。それに母親が迎えに来ているものを無理に引き止めてどうするんだ。
「兄貴なんだか辛そうだけど横になった方がいいんじゃない? まだ傷痛むの?」
「そうだな……少しだけ」
ゆっくり立ち上がって未来から受け取ったパジャマを手に部屋へ向かった。
修哉が俺の後をついて来る。
「悪いな、修哉」
「気にするな」
右腰に傷があるからそっちを上にするように左を下にして横になった。
壁側に寄ると未来が寝ていた辺りの場所に位置した。ここでどんな思いでいつも眠っていたんだろうか。
いつもあどけなくてかわいい寝顔を見せてくれた。もうあの顔も見られないのか。
――何が妹だ。
俺が一番認めていないのに。
ベッドが広く感じて、寂しいと思った。
ずっとひとりで慣れていたのに、こんなにも心細いような気持ちになるなんて。
枕元に置いておいた携帯が震えたのは、それからどのくらい経ってからだろうか。
いつの間にか少しウトウトしていたようで、部屋は真っ暗になっていた。未来がいた時は小さく明かりをともしているのが当たり前だったけど、修哉が消して行ったのかもしれない。
携帯を手に取って画面を見ると未来からのメールだった。
『お兄ちゃん。今家にいます。
今まで本当にありがとう。感謝しています。
傷大丈夫? 本当にごめんなさい。
一日でも早くよくなるように祈っています。
お母さんがお兄ちゃんに近々ご挨拶したいとのことでした。
お兄ちゃん、本当にありがとう。元気でね。 未来』
嫌われたような感じの内容ではなかったことに安堵した。
じゃあなんで急に出て行った? 実父がまだどこにいるかわからない状況なのに。
未来は大丈夫なのだろうか。
俺が守ってやると約束したのに、それを果たせないまま手離すことになるなんて。
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