空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 94

第94話 旅立ちの時

未来視点




 翌朝、目覚めるとわたしは悠聖くんの腕枕で眠っていた。
 彼はまだ眠っている。起こさないよう静かに起き上がり、足元の方からベッドを降りて部屋を出た。


 洗顔を済ませ、自分の部屋の荷物をまとめる。
 そんなにバッグからものを出していなかったので楽に済んだ。

 その後、着ていたお兄ちゃんから借りたパジャマを手洗いした。
 昔から手洗いは慣れているし、好き。ぎゅっとしぼっても水が滴るけどベランダに干しておけば夕方までには乾くだろう。


「――未来」


 ベランダでパジャマを干していたら悠聖くんに声をかけられた。
 挨拶を済ませ、パンパンとパジャマを叩いてシワを伸ばしてから物干し竿にかける。初夏の日差しが暑いくらいだった。


「パジャマ洗ったの?」


 干し終えて部屋に戻ると悠聖くんは不思議そうな顔をしていた。
 ゆうべ泣きついた自分の醜態を思い出して少し恥ずかしくなったけど、悠聖くんはまだ寝ぼけ眼でぼんやりしていた。
 

 今日、ここにお兄ちゃんが帰ってくる。
 わたしは目を閉じて、しっかりここの空気を吸い込んだ。



**



 今日は学校の勉強も図書館のバイトもあまり手につかなかった。
 十九時にバイトを終え、図書館の入口で待っているはずの悠聖くんのところへ急ぐけどその姿が見当たらない。お兄ちゃんが入院してからわたしと悠聖くんの待ち合わせは図書館内で行われるようになっている。

 ポケットの携帯が震えて、『門の方に来て』とのメッセージが届いた。
 ガラス窓から図書館の門の方を覗くとお兄ちゃんのらしき車が停まっているのが見えて、よろこびのあまり顔が綻んでしまう自分がいた。


「お疲れ様」


 駆け寄った車の運転席は修哉さんで、お兄ちゃんは助手席に座っていた。
 ひさしぶりにお兄ちゃんの姿を見て、胸がきゅっと締めつけられるみたいになる。なんでかわからないけど少しだけ苦しく感じた。ちょっと走ったせいかもしれない。だけど後部座席に座っている制服姿の悠聖くんを見たらそれがすぐに落ち着いた。


“お兄ちゃん、お帰りなさい”


 助手席の開いた窓からお兄ちゃんに言うと笑顔を見せてくれた。
 それでまた苦しくなったけど助手席側の後部座席のドアを開けてすぐに座り込む。悠聖くんが運転席側に寄って笑顔で迎えてくれたから、また苦しいのが楽になった。


「僕が連れて帰るからいいって言ったんだけど、兄貴が修哉さんと迎えに来るって言うからさ」

“そうなんだ”

「悠聖はいつも未来ちゃん待ちで図書館の中にいるの?」


 修哉さんが悠聖くんに尋ねた。
 悠聖くんのこと呼び捨てなんだ。友達の弟だからそうなのかもしれないけど、親しい間柄なんだろうな。


「一緒に図書館に来て、僕は自習室で課題したりして時間潰して一緒に帰るってパターンかな?」

「へぇ。甲斐甲斐しいね」


 修哉さんがこっちを振り返って言った。
 その表情は揶揄るようなもので、なんだかとっても照れくさい。修哉さんはすぐに向き直って車のエンジンをかけた。


「兄貴から頼まれていたし、未来心配だし」


 悠聖くんはわたしに優しい笑顔を向けてくれる。太陽みたいな人だなってその時改めて思った。
 わたしが悠聖くんの左手に自分の右手を重ねると、驚いたような表情でこっちを見たけどすぐに笑顔に戻った。悠聖くんの左手の指に自分の指を絡めて遊ぶ。


「くすぐったいよ」


 小さく悠聖くんが笑うから、わたしも笑ってしまう。


「何?」


 運転をしながらバックミラー越しに修哉さんがこっちを見ているのに気がついた。
 視線が合ってしまって、恥ずかしくて悠聖くんの方を向き直す。お兄ちゃんの頭が少しだけ動いたように見えたけど、こっちを向くほどの変化はなかった。


「未来がくすぐるから……」

“言わないでよ”

「あ、ごめんごめんって。だからくすぐったい」


 わざとくすぐるようにいじくり回すと、悠聖くんはお返しと言わんばかりにやり返してきた。
 

「何? そんなにラブラブなの? 悠聖と未来ちゃんって」

「ラブラブって言うか、ねぇ」

 
 ラブラブと言われて顔が熱くなる。
 悠聖くんが照れくさそうな表情でわたしを見たから、わたしもその悠聖くんを見返す。悠聖くんばかり見ていたらお兄ちゃんが全然話していないことにしばらく気がつかなかった。




 マンションに着くと、お兄ちゃんがゆっくり時間をかけて車を降りてきた。
 その隣に立って左手をとり、自分の左肩にかけると悠聖くんと修哉さんに笑われた。
 

「いいよ、未来。ありがとう」


 お兄ちゃんに頭を撫でられて苦しいくらいドキドキした。そのせいでわたしは一瞬固まってしまう。
 変に思われたらどうしよう。悠聖くんがわたしを見ているから余計に心配だった。誤解を招く行動だったかなと後悔したけど、お兄ちゃんも悠聖くんも笑顔だったからほっとした。




 みんなでお兄ちゃんの家に入り、わたしはすぐにお湯を沸かしてベランダのパジャマを取り込んだ。
 乾いているのを確認し、丁寧にたたんでテレビ前のソファに座ったお兄ちゃんに手渡す。


“今までありがとう”


 唇で伝えるとお兄ちゃんがすごく驚いた表情をした。
 なんでそんな反応を示したのかわたしにはわからなかった。


 コーヒーを三つ淹れてリビングに運ぶ。
 長ソファの一番奥に座っている修哉さんに一番に、その隣に座っているお兄ちゃんにコーヒーを出した。窓際のソファに座っている悠聖くんの前に最後にコーヒーを置く。


「あれ? 三個? 未来の分は?」


 お兄ちゃんにそう聞かれて、わたしは深くうなずく。
 眉を寄せて心配そうなお兄ちゃんに、キッチンであらかじめ携帯に打っておいた文章を見せた。


『未来は今日この家を出ます。今まで本当にお世話になりました』

「え……?」


 お兄ちゃんが驚きの声を上げた。



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Date:2013/09/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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