VOICE 90
第90話 不思議な感覚未来視点
「未来ちゃん」
図書館で配架をしていたら声をかけられて、振り返ると修哉さんだった。
あの時以来修哉さんにこうして声をかけられるのは初めてだ。だけどその表情はあの時とは違って優しいものだったからほっとした。
「柊の病院教えてくれる? 聞いたのに『来なくていい』って教えてもらえないんだよ」
ションボリ肩を落とすようなフリをして修哉さんが唇を尖らせた。
フリだってわかる。おちゃらけた態度の修哉さんについ笑ってしまった。
お兄ちゃんが入院をしているのは知っているんだ。でも本人が教えないものをわたしが教えていいのだろうか。スカートのポケットから携帯電話を取り出して文字を打った。
『明日退院なんですけど、それでも?』
「あ! そうなんだ。早いなぁ……でもまだ五日くらいしか経ってないよね。それならって思うけど、オレと柊は兄弟みたいなもんだから、やっぱり心配なわけよ」
照れくさそうに後ろ頭を掻いて修哉さんが笑った。
やっぱりおちゃらけていてもお兄ちゃんのこと心配しているんだ。それがうれしかった。兄弟って響きも素敵だし、こんなにいいお友達がいるお兄ちゃんがうらやましい。
「あぁ、湊か。確か君の家の近くだよね」
そう尋ねられてうなずいた。
修哉さんはわたしの住んでいるアパートを知っているんだ。あの時お兄ちゃんと迎えに来てくれたのだろう。
あの状況を見られていると思うと、居た堪れない気持ちになる。
「一緒に行く? 仕事終わるまで待ってるけど」
修哉さんが書架の本に手を伸ばしてパラパラとめくり出した。本になんか全く興味なさそうなのに。
もしかしてわたしが行きやすいようにさりげなく誘ってくれたのかもしれない。行きたい。でも。
『十九時には彼が迎えに来るので。お兄ちゃんによろしくお伝えください』
「あ、そうなんだ」
頭を下げて挨拶をすると後頭部にふわっと優しい感触がして、くしゃくしゃっと撫でられた。
「頑張れ」
わたしが頭を上げると修哉さんがニッと笑う。
「瑞穂にバレるとまずいからそろそろ行くよ」
初めて修哉さんに頭を撫でられて不思議な感覚だった。
懐かしいような、そんな感じ。
今撫でられた頭をを自分で触ってその感覚を思い出そうとしたけど、何も甦っては来なかった。
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Thema:オリジナル小説
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