空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第17夜 翔吾side

 
 資料室の棚に追い込まれた彼女は、怯えたような目で俺を見上げた。
 もう逃がすつもりはなかった。
 その顔もそそると思いながら俺はじわじわと彼女を追い詰めていく。
 

 彼女はせいいっぱい俺を牽制しているようだったが、イライラしているのは表情から読み取れた。
 俺に仕事以外で話しかけてほしくないという。お願いを聞いてあげたいけど、それだけは無理だ。

 だって俺は君と話がしたくてこうしてアプローチしているわけだから。


 今日仕事が終わったら飲みに行こうと誘うと、訳わからないといった表情で俺を見た。
 その手に俺のメアドを握らせ、すぐに外回りに出かけた。
 

「遅ぇぞ。雨宮」


 正門前で待ち合わせていた三浦さんが口元だけで笑うのを見て、会釈して詫びた。
 三浦さんは俺の背中を押してくれた。今、俺が彼女を口説いてきたことを知っている。
 だから深くは追求しないでくれた。ありがたい先輩だ。


 なるべく早く帰社したけど、やっぱり約束の十七時半には間に合わなかった。
 そして会社の正門前に彼女の姿はなかった。
 

 こんなふうにすっぽかされたのは初めてでショックだった。
 強引に約束を取りつけたに過ぎないが、待っていてくれるんじゃないかって少しだけ期待していた。
 都合いい考えだったか。


 水上さんから入手した彼女の電話番号をコールする。
 全く出る気配はなかったが、しばらくして通話に切り替わった。
 

 彼女は約束なんかしていないと言い張る。
 俺が渡したメアドは破って捨てた、と。
 そこまで拒絶されると……本当に嫌われてるんだなって思った。
 
 だけど、今さら諦められない。

 彼女こそ俺の理想郷だから! (大げさすぎか? でも本気なんだ)







 翌朝、早めに職場へ行って次の会議の資料を彼女の机に置いておいた。
 三枚綴り、五百部コピー。
 本当なら他の女性社員にも声をかけようと思っていた。
 
 だけど、あえて彼女だけに依頼した。
 彼女を印刷室に缶詰にさせるため。
 そこでならふたりきりになれるチャンスはたくさんあるし、俺も手伝えばいいだけだ。


 午前中外回りに行って仕事を終わらせ、お昼に戻ると彼女の姿はオフィスになかった。
 昼休憩……取ってないのか?
 
 オフィスの奥の女性社員がよく昼食を取っている休憩室に水上さんが入ろうとする姿を見かけて声をかけた。


「印刷室から戻ってきてないですけど?」


 マジか? 昼休み返上で俺の頼んだ仕事をやっている?
 なんでそこまで頑張るんだ? 午前中に仕事を済ませて午後一緒に印刷室にこもる予定だったのに!

 俺は慌てて一階にあるコーヒースタンドで彼女がよく飲んでいるカフェオレを購入して、印刷室へ駆け込んだ。


 彼女は怪訝な顔で俺を見据え、すぐに資料に向き直る。
 テーブルの上には食べかけのパンが置いてあった。
 ろくに休まずここで昼を済ませて早く仕事を終わらせようって思っていたんだな。
 午後から一緒にできるということを伝えておけばよかったかな、そう思ったら胸が痛んだ。


「はー、今外回りから一旦戻ってきたんですよ。ここで昼していいですか?」


 立ったまま資料作りをしている彼女のテーブルを挟んで目の前に座る。
 彼女は目を伏せて資料を作る手を止めなかった。

 埃っぽいから他へ行け、とあからさまに迷惑そうな態度を取る彼女。
 だけど俺はめげない。買ってきたカフェオレを彼女の前に差し出した。
 きっと忙しくて買いにも行けていないだろう。昼休みを返上させてしまったからお礼の意味を込めていた。

 だけどその気持ちも拒絶される。


 つい、俺はつぶやいてしまった。


「……かわいくねぇ」


 たぶん彼女には聞こえていたと思う。
 だけどそれすらも無視されて、彼女はひたすら資料を作り続ける。

 俺は泣きそうだった。なんでこんなに頑なに拒絶されるんだ?
 こんなにも好きなのに、俺の気持ちはどう伝えたら伝わるんだよ?


 売店で買ったパンを取り出して食べようとすると、彼女が資料の束を台車にのせ出した。
 え? まさか、ここから別の場所へ行こうとしている?
 そんなにも俺が煙たいのか?

 案の定、彼女は台車を押しながら印刷室を後にする。
 俺も、お礼のカフェオレもその場に置き去りだ。

 ここで引きたくなかった。

 ここで追わないと終わってしまう気がした。そんなのはいやだった。


 印刷室を飛び出すと、彼女の頼りない背中がまず目に入った。
 髪が短くなって背中を覆うものがなくなりさらに小さく見えた。

 呼び止めても無視される。

 本当はあまりしたくなかったけど、彼女の肩を掴んだ。
 すると、驚かせてしまったようで、大きな音を立てて台車が倒れてしまった。


 無残にも散らばる資料。唖然とそれを見つめる彼女。
 謝りながらお礼を告げ、資料を拾う。
 いつものお礼にと言いながらさりげなく食事に誘ってみた。
 
 だけど……衝撃的なひと言を告げられた。


「雨宮さん、質問に答えます。わたしはあなたが大嫌いです。これ以上構わないでください」





 何やってるんだ、俺。
 ひとりで空回りもいいところじゃないか。彼女に迷惑ばかりかけてこれでよく好きだなんて……。

 ……言えない。

 台車を押して去って行く彼女を追うことすらできなくて。

 しかも彼女の口から“大嫌い”という言葉を引き出させてしまった。 
 

 彼女を好きな気持ちは紛れもない事実なのに、迷惑をかけるだけかけて拒絶されて。
 彼女のために何かをしてあげたい気持ちは山ほどあるのに、全部裏目に出てしまう。最悪な俺。



 ……逆に彼女の仕事を手伝うって言うのはどうだろう?


 急にひらめいた。そうだ! いつも仕事を手伝ってもらっているんだから今度は俺が手伝えばいい。
 こんなところでめげてなんていられない。彼女を振り向かせるためなら何でもやる! そう決めたんだ。





 そのチャンスはすぐに到来した。

 彼女がPC室で残業をしている。きっと日中俺の頼んだ作業に追われていたからに違いない。ここを手伝わないでいつ手伝うんだ。
 しかも、オフィスには人がほとんどいない! 大チャンスだろう。

 神様は俺を見ていてくれている! こんなチャンス滅多にないはずだ。


 そっとPC室に入ると、彼女がひとり言をつぶいやいていた。
 自分の髪を見つめながら、いつものように大きなため息を吐いて。


「坊主にしちゃおうかな……」


 我慢しようと思ったけどできなかった。
 俺はふき出してしまった。彼女はあからさまに怒った表情を俺に向ける。
 そんな彼女もかわいくて、俺は笑いが止まらなくなってしまった。
 彼女は俺から顔を背け、パソコンに向き直る。やっぱり拒絶されてるよな。
 
 だけどこんなチャンスを生かさないわけにいかないんだ。


 伝票をひとつもらおうと手を出すと、彼女は俺の手にピンクの包みの飴をのせた。

 いや、違うし! 雨宮だけど飴ほしくないし! って心の中でツッコミ。
 そう言ったら彼女は笑ってくれただろうか? いや、笑わない。こんなに真面目な顔で仕事をしているんだから。


 伝票をひとつ渡すよう伝えるも、頑なに拒否。
 話しかけてもパソコンから目を逸らそうとしない。
 そんな彼女の態度に少しだけ腹が立って、俺は彼女の顔を自分の方へ向けた。

 柔らかい頬を手でそっと包むと、驚いた表情で俺の目をじっと見つめた。
 頬を赤く染めて、でも俺に顔を固定させられてるから思うように動かせない。
 彼女の目は少し赤くて疲れているんだろうなってことが伺えた。
 柔らかそうなその唇は薬用リップくらいしか塗っていないんだろうなってくらいの薄いテカリ。


 キスしたい、一瞬そう思ってしまった。


 あまりにも緊張してしまい、俺はその時何を言ったのか覚えていない。
 彼女は俺の手をすぐに振り払ってパソコンに向き直る。

 そんな時、俺の携帯が鳴った。
 邪魔しやがって……誰だ? と思ったら斉木さんだった。


『これから事務管理課の子と飲みに行くんだけど来いよ。おまえ呼ぶって行ったら大喜びでさー。女の子もっと呼ぶって』


 ……アホか!
 勝手に人を参加させるなっての! そんなに暇じゃねぇぇ!
 今は彼女を誘うことにせいいっぱいなのに!

 そんなことオープンに言えるはずもなく、仕事があるからと丁重にお断りをする。
 電話を切る寸前、彼女がちらりとこっちを横目で見たのに気づいた。
 少しでも興味を持ってもらえたのか? 心の中はぱあっと明るくなった。


 彼女を言いくるめ、伝票をひとつ寄越させてとなりで打ち込む。
 彼女はいつもこういう仕事をしているんだなって思ったら適当になんかできなかった。
 俺が間違えたら彼女の責任になる、そう思うと自然と気合が入った。


 だけど、少しずつその間に会話を盛り込む。

 少しずつ、少しずつでいいから距離を縮めたかったんだ。

 元々知っていた彼女の下の名前を訊く。
 そこからきっかけを作ろうと決めていたんだ。
 彼女が名前を教えてくれたら……名前で呼ぶって。

 その策略も知らずに彼女は名前を教えてくれた。

 俺は躊躇わず、その名を口にした。


「雪乃さん」


 言うだけでドキドキした。ずっと口にしたかった名前だ。それを本人に向かってしている。
 今まで女の名前をつぶやいただけでこんなにもドキドキしたことはなかった。やっぱり俺は彼女に恋をしている、改めてそう実感した瞬間だった。

 彼女は名前で呼ぶなと俺に言った。
 でも俺は彼女の言い分を拒絶した。

 
「名前で呼ばれたくなかったら、今日これから食事につき合うこと。いい?」


 唇を噛みしめて悔しそうな表情をする彼女に勝ち誇った笑みを向けてやる。
 やっと食事に誘うことができて、俺は天にも昇る気持ちだった。

 君は気づいていなかったけど、ね。



→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/02/08
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/21-c1cada21
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)