VOICE 86
第86話 あなただけ未来視点
昼間、母からメールがあった。
『お父さんのことはこっちに任せて、あなたは勉強を頑張ってください』
たった一文の短いメール。わたしはそれに返信できずにいた。
一昨日前に来たメールと真逆の内容。
あの時はどうしたらいいかわからないといった縋るようなメールで、今日は気にするなという労うような感じで。
お兄ちゃんが母にすべてを話すと言ってくれていた。もう話したのだろうか。
どういう説明をしたのか気になる。その話した内容のおかげでわたしは義父のことを考えなくていいと配慮されたのかもしれない。
だけど、バイト中は仕事に身が入らなくて困った。
義父はまだ行方不明なのかもしれない。図書館には悠聖くんが迎えに来てくれるからわたしは安心だけど。今どこで何をしているのか不安がまったくないわけではない。
今日から悠聖くんとふたりになる。
わたしはどう生活していいか考えた。迷惑はかけたくない。ただ、悠聖くんが一緒にいてくれることに感謝をしないといけない。
わたしができることなんてなにもない。
悠聖くんは優しい。
わたしがひとりで眠れないって気づいてくれて一緒に寝てくれた。
わたしを泣きながら愛してくれた。
あんなに悲しそうな悠聖くんを初めて見た。なんであんなに泣いていたんだろうか。
悠聖くんの優しい手や唇を全身で感じながらも、頭の中からお兄ちゃんが離れなかった。
ごめんね、わたし最低だよね。忘れるから。
悠聖くんのことだけちゃんと見ていくから。わたしは悠聖くんのことが好きなんだから。お兄ちゃんのことが気になるのは、わたしのために傷を負ってしまったから。それだけのはず。
翌日の夜。
寝る時、悠聖くんがこんな提案をした。
「未来は壁側を向いて寝て、僕は逆向きで寝るからそのまま背中をくっつけて」
壁側を向いたままゆっくり後ろに下がって悠聖くんの背中に自分の背中を当てた。背中がポカポカと暖かい。
「これで僕が傍にいるってわかるよね」
悠聖くんが左側を向いたままそう言った。
「これで未来はひとりじゃないって思えるよね」
「……」
「向き合って寝ると緊張しちゃうから……背中くっつけっこ。どう?」
わたしはそのままうなずいた。何を伝えていいのかわからなかったから。
背中の温もりとか触れている感覚が心地よくて、すぐに眠くなってゆく。
後ろに悠聖くんがいてくれるって思ったらすごく安心して、そのまま意識が遠のいていった。
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