空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 85

第85話 最後の……

悠聖視点




 十八時五十分に未来の図書館に迎えに来た。

 兄貴から図書館内で待ち合わせするように頼まれたから中へ入る。
 書架と書架の間を足早に進んで未来を探す。さっと通り過ぎようとしたところに彼女の姿を見つけ、慌ててひとつ手前の書架に身を隠した。なぜ隠れてしまったのかは自分でもわからない。

 だけど、書架の陰から見るその姿に僕は一瞬目を瞠った。
 未来の凛とした横顔に心を奪われていた。それ見ながら僕は思い出していた。

 彼女の肌の白さとかしなやかさを。

 もう一度未来をこの胸に抱きたいと願ってしまった。


 僕の存在に気づいた未来が微笑みながら僕の名をつぶやいてこっちへ向かってくる。
 なぜか僕の脳はスローモーションの映像みたいにその姿を認識していた。



**



 未来とマンションに帰ってきて軽い夕食を済ませる。
 最近知ったけど未来は夕食をほとんど食べない。だから太れないんだなと思った。

 風呂を済ませ、リビングでテレビを観たりまったり過ごしていたら、気がつくと二十三時を過ぎていた。


「未来、そろそろ寝ないと」


 僕がテレビの前のソファで言うとその隣に座っていた未来が少しションボリした顔をした。
 ソファの上にあった白いクッションを抱きかかえて笑う。


“もう少しだけ”

「そっか。僕、先に寝るね。兄貴のベッドで寝ていいのかな?」


 そう聞くと未来は小さくうなずいた。
 ソファから立ち上がると未来が僕に手を振って「おやすみなさい」と唇を動かす。その表情がなんだかすごく寂しそうに見えた。

 リビングの扉口付近で急に後ろ髪をひかれる思いを感じて振り返ってみた。
 テレビを観ている未来の後姿は酷くもの悲しげで、普通にしているだけだと思うのに泣いているかのように見えてしまった。


「――ねぇ、未来」


 僕が声をかけると彼女がゆっくり振り返る。
 昨日よりはやや気力が感じられるものの、いつもに比べると少し暗いように思えた。


「もしかして怖くてひとりで眠れないの?」


 彼女の顔が強張り、すぐに僕から目を逸らして無理に笑顔を作るのがわかる。
 「違うよ」と唇は動いたけど、態度は肯定しているようにしか見えなかった。


 ――弓月さんを部屋に入れたり……その……変なことをしたらだめよ――


 母の戸惑いながらも希うその言葉を思い出して一瞬躊躇してしまうが、未来をひとりにするのは酷なような気がしてならなかった。


「一緒に寝よう。おいで」






 寝室の照明を少しだけつけておいた。そうじゃないと未来の唇の動きが見えなくなってしまうから。
 昨日と同じように未来を壁側の右に寝かせ、僕は左側に寝た。昨日もこうして寝たのに、今日の方がドキドキしている。

 図書館であんなことを思ってしまったからかもしれない。

 男女が同じベッドで寝るということは何もなくても健全とは言えない気がする。
 しかも僕と未来はれっきとした恋人関係であり、一度身体を重ねたことがある。再びそうなってもおかしくはない状況だ。母に顔向けできない行動をしてしまっていることも自覚している。しかも自らその状況に導いた。


 だけど僕が手を差し出してベッドに誘うと、未来は逡巡しながらもその手をとった。
 そしてわずかに力を込めて彼女の手を握りしめると、ちゃんと同じように返してきた。そして泣き出しそうな表情で笑顔を見せる。それがうれしそうにも見えたんだ。

 あの表情を見たら間違ったことはしていない気がした。たとえそれがただのエゴであったとしても。



 未来は仰向けで目を閉じている。
 僕も同じように仰向けで目を閉じたけど、胸の高鳴りが収まらない。これじゃ眠れそうになかった。
 しばらくそうしてから、横目でなるべく動かないように未来のほうを見てみると、彼女の顔は僕の方を向いていた。


“悠聖くん”


 未来の唇が僕の名を呼んで、彼女はそのままゆっくり瞳を閉じた。


「……みら、い?」


 声が上ずっていないか不安になった。
 少し上体を起こして未来を見ると、彼女はそのままの姿勢で僕の方に顔を向けたまま目を閉じている。

 胸の鼓動がどんどん早まってゆくのがわかる。

 左手をゆっくり伸ばして未来の右頬に触れると少しだけ身体が反応した。
 静かに未来に身体を近づける。抑えがきかなくなりそうで、理性が飛んだ時の自分を想像したくない。

 だけどやっぱり止まれなくて、未来の柔らかい唇を含むように自分の唇を重ねた。
 軽く吸いつくと小さい水音が暗闇に響く。未来の反応を確認しつつ探るように何度も唇を触れさせるけど彼女はずっと目を閉じていた。僕を拒むこともせず、静かに受け入れた。


「――未来」


 頭を押さえ込むように両手で彼女の顔や髪に触れ、角度を変えながら口づけを深めてゆく。
 お互いの唇や舌で奏でる濡れた音が大きくなっていくにつれ、僕は歯止めがきかなくなっていた。彼女が震える手で僕の着ているパジャマをぎゅっと握りしめているのがわかる。

 このままじゃまずいと思い、唇を離して未来を見ると彼女も僕を切ない顔で見つめていた。


「……いいの?」


 僕が聞くと、未来は目を逸らさずに小さく一度だけうなずいた。
 そのまま自分が着ていた兄貴のパジャマのボタンに手をかける。


“あの時とは違うけど、いい?”


 未来の唇はそう動いていた。

 未来の言いたいことの意味が僕にはわかっていた。
 父親に身を委ねてしまったことで自分が変わったと思っているんだ。本当のことは言えないから間接的に僕に伝えたんだよね。もちろん僕はそれでも全然構わなかった。

 そしてたぶん、それは自分の気持ちの変化も意味しているのだと思う。

 僕がそのどちらも知っていることを未来は知らない。




 照明をつけたまま僕は未来を抱いた。

 彼女は時々辛そうな表情を見せた。
 未来の切なそうな吐息が僕の耳をくすぐる。
 彼女の胸の先を口に含み、敏感な肉芽をそっと擦るように触れるとその表情は恍惚に変わっていく。
 
 中に入ると未来は途切れそうな短い呼吸を繰り返し、僕の腕の中で踊るように身体をくねらせた。

 ぴったりくっついた肌は柔らかくすべすべで火照っていて心地よくて。
 本当は離したくなんかない……ずっとこのままでいたいとさえ思った。

 僕が未来の中にいる間、ギュッと閉じた瞳は始終開くことはなかった。


 ――君は誰を思ってこの胸にいだかれているの?


 こうして抱き合うことが最後になるかもしれないと思ったら悲しくて、僕は涙を流していた。



“悠聖くん?”


 未来の手が僕の頬を包む。
 濡れた瞳で見つめられて、さらに泣きたくなってしまう。
 僕が流した涙が彼女の頬を濡らしてゆく。心配そうなそうなその表情に胸が押しつぶされそうだった。


「ごめん……未来……ごめん……」


 謝りながら僕はもう一度未来を激しく抱いたんだ。


 愛しているって言いたかった。
 でも言わなかった。これ以上、彼女を僕に縛れない。



 ごめんね……未来。
 僕は君の気持ちを利用した。赦してくれ。

 僕は君が好きなんだ。
 何があっても愛しているから。



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Date:2013/09/04
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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