空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 83

第83話 事実の封印

悠聖視点




 放課後、未来と図書委員の仕事をして(ちなみに返却本は少なかった)図書館へ送り届けた。

 それから兄貴に頼まれたものをバッグにつめて病院へ見舞いに行く。
 病室に着くと母がソファに凭れて眠っていた。兄貴の顔色はとってもよくて、普段とあまり変わらなかった。この病院に担ぎ込まれる前に図書館の庭で話してから一度も顔を合わせていなかった。

 僕のせいで兄貴がこんな目に遭った。僕が写真を渡していなければ――

 再びその思いが押し寄せてきて、逃げたいような気持ちになる。
 だけど兄貴は心からうれしそうな笑顔を見せ、「元気か?」だなんて軽く手を挙げて迎え入れてくれた。まるで何事もなかったように。それで少し救われた気がしたんだ。


「広い部屋だね」

「もう大部屋に移してもらおうかと思ってるんだ」


 兄貴が苦笑いをする。
 ようやく寝ついたという母を起こさないようふたりで小声で話を続けた。


「傷、大丈夫なの?」

「ああ、歩けるなら今日にでも退院したいくらいだよ」

「それは無理だろ?」


 笑うと傷が痛いみたいで辛そうな表情をしている。
 切って縫ってるんだから当たり前だろう。だけど元気そうで、そしてこんなふうに今まで通り笑って話せることにも心から安心した。


「冷蔵庫に飲み物入ってるから適当に飲んで。あと携帯の充電器をセットを頼む」


 バッグの中から充電器を取り出してセットしておく。
 これを一番待っていたみたいで、コンセントをプラグに差し込んでやるとすぐに充電を始めた。


「あ……悠聖来てたの?」


 縮こまった身体を伸ばしながら母が目覚めた。
 昨日より表情が穏やかになっているように見える。顔色はあまりよくないけど、昨日未来に対して向けた怒りの感情は全く見られなかったからホッとした。



**



 母の眠気覚ましに病院内の二階にある軽食の店にふたりで来た。

 病院内という感じのしないちゃんとしたお店で、本格派の喫茶店のように窓際の方にカウンター席、その他に四人掛けの席と二人掛けの席がある。ちゃんと仕切りもついていて、患者とその見舞いといった感じの客が数席を埋めていた。

 母も僕もコーヒーを頼んだ。すぐに運ばれて来て、そのまま飲もうとする母を止める。


「ミルクか砂糖入れなよ。ブラックは胃に悪い」


 母が小さくうなずき、テーブルの右端に置かれている砂糖を一杯入れて丁寧にかき混ぜた。
 そのティースプーンの描く渦を母がじっと見つめている。


「そう言う悠聖はブラックなの?」

「僕は慣れてるから」

「大人ぶっちゃって」

「もう大人だよ」


 母が馬鹿にしたような感じで笑うから少しむっとしてカップを乱暴に置いてしまった。
 こういうところがまだ子どもっぽいなと自覚はしているが、認めたくはなかった。


「まだ十五歳じゃない」

「まだじゃない。もう十五だよ。そんなことより母さんに聞きたいことあるんだ」


 一瞬、母の表情に陰を見た気がした。
 少し前まで和やかだった雰囲気を一気に壊したのは僕だ。認める。


「未来……弓月さんのこと。母さんはいつ彼女の存在を知ったの?」

「……」


 カップの中のコーヒーを母がじっと見つめている。
 昨日ほど取り乱す様子はない。安心した。


「……そうね。そろそろ悠聖にも話してもいい時期なのかもしれないわね」


 はぁ、と大きいため息をついたのがとっても重く感じる。
 でも観念したかのようにすぐ口を開いた。


「何から話そうかしら。柊の父親が弓月さんという女性と一緒になったという話は前から聞いていて、あなたと同い年の未来という名前の女の子がいることも知っていたわ」


 母が間を空けるようにコーヒーをひと口飲んだ。
 僕もつられてひと口飲むと、すでにもう少しだけ冷めていた。苦味が口いっぱいに広がる。


「あなたの高校の本当の特待生が弓月さんという女の子だと知って驚いた。珍しい名字だし……でも名字が弓月のままだからあの人は婿養子になったのかと思ってた」


 コーヒーのカップを手の上で揺らして、さらに間を取っているようだった。
 別にそんな気を遣う必要はないのだが、話の邪魔をしないようその様子をを見ていた。母は未来の名前も存在もずっと知っていたんだ。


「入学式で初めて見た時、あまりにも……ううん、きれいな子で正直驚いたわ。全然柊の父親には似ていなくて。しかも話せないって聞いて……あなたとは関わりを持ってほしくないと思ったし、柊にも未来さんの存在を知ってほしくないと思った」


 母は未来が兄貴の父親の子、つまり元夫の子と思っているようだ。
 兄貴と同じ勘違いをしていることになる。その事実に僕の心臓はかなり速いペースで拍動していた。

 そして、僕は何も言えなくなった。
 母の望みと真逆のことをしてしまっている。僕が未来と男女の関係になっていることを知ったらこの人は泣くだろうか。そんな母を正面から見れなかった。


 五分くらい沈黙していたと思う。
 すっかり冷えたコーヒーを飲み干して僕が口を開いた。


「しばらく兄貴の部屋で生活するよ。許可はもらってるんだ」


 母の顔色が変わる。
 みるみる悲しそうに歪む表情を見るのが少し辛かった。


「悠聖、それは母さんを軽蔑して……?」

「違うよ! 兄貴の部屋すごく勉強はかどるし居心地いいんだよ。昨日も泊まったけど、静かだし」


 口からぺらぺら弁解の言葉が出てくる。でも本当のことだった。
 ただ最大の理由、未来をひとりにしたくないからってこと以外は。


「気合い入れて勉強したいから」

「そう。わかったわ。お父さんには母さんから言っておく」


 少し寂しそうに母が肩を落とす。
 勉強を頑張りたいという理由が反対されるはずがないと睨んでいた。その読みは間違っていなかった。きっと父も賛成するだろう。


「でもね、悠聖。柊がいないからって弓月さんを部屋に入れたり……その……変なことをしたらだめよ」

「……うん」


 僕は小さくうなずいた。だけど心苦しい気持ちで一杯だった。
 ごめん……未来はもうあの家に住んでいるんだ。そう心の中で謝る他なかった。


「柊も未来さんの立場を知っているんでしょ? 悠聖の恋人であり、自分の異母兄妹だって」

「……うん、知ってる」

「ずるいかもしれないけど母さんはあなた達が何も知らないと思っているフリをするから……今まで通りに柊にも何も言わないし、聞かない。あの子だって大人だからもう分別つくでしょ?」


 僕が小さく「そうだね」とつぶやくと母が立ち上がった。
 少しだけ穏やかな表情が戻ってきていた。唇の色もいくらか赤味を増したような気がする。


 僕も知らないフリをすることにした。

 未来と兄貴が異母兄妹じゃないという事実を。
 母が未来と兄貴を異母兄妹だと思い込んでいる事実を。
 母の元旦那、兄貴の父親と未来の母親が籍も入っていないという事実を。

 ……そして。

 未来が兄貴に惹かれはじめているという想像を……。




 ――母より僕のほうがずるいはずなんだ。


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Date:2013/09/03
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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