空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 82

第82話 それぞれの思い

柊視点




 朝の九時頃、俺と未来が逢えるように協力してくれた看護師の高崎さんが病室に来た。
 丁度母がお茶を買いに席を外している時で、とってもタイミングがよかった。夜勤明けなので今日はもう帰るとのことだった。


「これ、預かりましたよ」


 高崎さんが俺にルーズリーフの折ったような紙を渡してきた。
 それを受け取ると高崎さんがクスッと口元を隠して笑う。マスクをしていない彼女は、少しつり目でぽってりした唇の魅力的な女性だった。あんなにお世話になったのに、今初めてちゃんと顔を見た。


「今はメールっていう手段があるけど、非常階段で悲しそうに泣いているあの子を見てたらかわいそうになっちゃって『手紙でも書いたら?』って声をかけたら素直に書き出したんですよ」


 未来からの手紙? 初めてもらう。
 ただのルーズリーフにしたためられたメモみたいなものなのに、俺は初めてラブレターをもらった時のような懐かしい甘酸っぱいような気持ちになっていた。


「まさか未来さんが高校生だとは思わなかった。きれいな子ですね」

「……ええ」

「聞いてもいいです? どんな関係か」


 俺は未来からの手紙を見つめながらうなずいた。
 協力してくれた高崎さんは知る権利があるだろう。


「俺の、一番大切な人です」


 ゆっくりとその手紙を広げている間、そう言った自分が恥ずかしくてドキドキしてしまっていた。

 
  『お兄ちゃんへ。

   これ以上お兄ちゃんにも悠聖くんにも迷惑をかけたくないのです。
   だからあの家にはいられないと思いました。

   でもお兄ちゃんが自分のために待っていてほしいと言ってくれたから。
   未来はお兄ちゃんが帰ってくるのを待っています。

   未来に居場所を作ってくれてありがとう。お兄ちゃん大好き。    

                                       未来より』
                                         

 この文章を読んで俺は苦笑してしまった。
 本当に聖稜の特待生かって思うくらい幼稚な手紙だった。学生の作文並みじゃないか。字も今時の女子高生みたいだし。あ、未来は今時の女子高生なのか。すっかり忘れていた。

 だけどこんな子どもらしい一面もあることを知って、少しだけ和んだ。


 未来の手紙に癒された後、ゆっくり携帯電話でメールを打った。
 未来の母親宛に長い時間をかけて。


  『弓月万里様

   まずとても長いメールになることをお許しください。
   この間送金していただきました現金のことです。受け取れませんので後日お返しします。

   今日都合をつけて会っていただくお約束でしたが行けずにすみません。

   送っていただいた写真の件ですが、あの少年は自分ではありません。
   本当にあの少年が自分だったらよかったのにと何度も思いました。

   自分は未来さんの義父、つまりお母様の内縁の夫の小林健二の息子です。
   未来さんにとっては義父でもなく養父にあたるのですよね。
   自分は小林(以下:実父)が未来さんに虐待しているところを見ました。それは性的虐待でした。
   どうしても未来さんをほっとけなかったから自分の家に連れ帰りました。
   だってこの子は自分の妹なんだから、そう思っていたのです。

   しかし本当の妹じゃないと知ったのはつい最近のことです。
   ですが今でも『本当の妹』だと思って未来さんには接しています。
   未来さんはそのことに関して何も知りません。
   自分があの写真の少年だと思い込んでいるはずです。

   未来さんには実父のしたことをお母様には黙っていてほしいと言われました。
   どうしてもお母様に知られたくないと何度も何度も。
   家に来てからも実父は彼女に何度も執拗にメールを送っていたようです。

   自分は実父に彼女を解放してほしいと頼みました。
   だけどなかなか受け入れてもらうことはできませんでした。
   そして昨日、自分は実父に刺されました。そのため今入院中なのです。

   お願いがあります。

   この事実を誰にも言わないでください。もちろんこのことを知ったことも未来さんには絶対。
   未来さんが安心して暮らせるようになるまで引き続き家で預からせてください。
   いつでも家まで会いにきてくださって構いません。

   そしてどうか、その間だけでもいいです。
   自分があの写真の少年じゃない事実を彼女に伏せておいてください。
   あの写真は未来さんには見せていません。見せるのが怖いのです。 
   あの実父の息子と知られるのが。まだ心の準備ができないのです。

   いつか必ず自分の口から伝えますので。その時まで内緒に。

   お母様がご自宅に帰られた時、室内に血痕や争った形跡はなかったでしょうか?
   もしご自宅に警察が行っていないようでしたら、お手数をおかけしますが全て消してください。
   私は実父を告訴しません。それを条件に未来さんから手を引くよう交渉します。
   実父のことは息子である自分がケリをつけます。任せてください。

   今は実父にもこのことに関しては触れないでください。
   下手に刺激をするとお母様にまで危害を加えることになりかねません。
   そうなった時、悲しむのは未来さんです。

   彼女のために実父と離れてください。       

                                      佐藤 柊』



「……ふう」

 長文メールを打ったらさすがに疲れた。携帯の充電も切れそうだった。
 ゆっくりベッドに横になる。

 メールで真実を伝えることには抵抗があった。そして未来の母親を『お母様』と称することもだ。
 だけど未来の口から話させるより、自分から伝えたかった。俺の実父が誰かということも、未来が受けていた辛い過去も。

 それに、実父の動向も気になった。
 未来の母親が帰った時、実父は家にいたのだろうか。部屋の状況はどうなっていたかも気になる。

 この事実を知って、未来の母親が実父に会ったら性虐待のことを問い詰めるだろう。
 その可能性を考慮して『実父のことは自分がケリをつける』と念を押したのだ。きっと任せてくれるだろう。未来の母親を無駄に巻き込みたくはない。


「柊」


 ベッドの右サイドに置いてあるソファに座った母が俺に声をかけた。


「その傷、どうして? 誰に……?」


 躊躇いながら真実を聞きたがる母は今朝方よりだいぶ落ち着いているようだった。
 相変わらず顔はやつれているけど。


「……聞かない方がいい……と、言うか聞かないで」

「でも、警察に」

「告訴しないから。大丈夫たいした傷じゃない」


 母の顔が蒼白している。
 わなわなと唇を震わせて何を言っていいのかわからないって表情で。

 自分の元夫の犯行、そして実父に刺された息子。
 その事実を知ったらきっとこの母はまともじゃなくなってしまう。その姿を想像したくもなかった。
 

 それに、未来が実父に受けた苦しみに比べたらこんな傷。

 比べようもない程、か。



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Date:2013/09/02
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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