空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 74

第74話 母と彼女

悠聖視点


 


 僕は急いで待合室にいる母の元へ戻った。

 あんな状態の未来をひとりにはしておけない。早く彼女の元へ戻らないと、と気持ちばかりが焦る。
 母は待合室のソファに座ってひとりで泣いていた。


「――母さん」


 僕が声をかけると、母が少し頭を上げて上目遣いにこっちを見た。


「なんで未来にあんなことをするの?」

「あの子はダメよ!」


 ピシャッと言い放たれたその声は上ずっていた。
 ひくっ、ひくっとすすり泣く母はまるで子どものようで、どうすればいいかわからなかった。母が泣くところなんか初めて見たからか、僕は心のどこかで少し動揺していたのかもしれない。


「……どうして?」

「どうしてもよ! ダメなものはダメなの!」


 プイッと母が僕から顔を反らす。理由になってないし、本当に駄々っ子のようだった。
 そっとソファから立ち上がった母は両手で僕の頬を包み込んで悲しそうな表情を向けた。


「悠聖……お願い。あの子はだけはダメ……わかって」


 悲しげに言われても理由が明確でない。
 母の手を自分の頬からなるべく優しく離すと、さらにその表情が泣き出しそうに歪んでゆく。


「それは……彼女が母さんの元旦那さんの娘だから?」

「――っ!!」


 母の顔が蒼白した。不意をつかれたかのように立ちつくしている。
 この人もその事実を知っているんだ、とこの時気づいた。


「な……何言って……」


 動揺を隠そうとしているけど激しく口ごもっている。
 僕から目を逸らしているのが肯定の証。


「未来が兄貴の心配をしたって……」

「ダメよ! あなたそれをあの子から聞いたの?」


 大きい声で母が聞いてくるから、僕は首を横に振った。


「未来はあまり詳しいことを知らない。だからあの態度はないよ、かわいそうだ」

「そんな……だって……じゃあ柊が……?」


 母が自分の口元を手で覆って動揺し続ける。
 未来にしたことを後悔したのだろうか。再び涙ぐみだした。


「兄貴が未来を心配しているんだ。母さんの元旦那のせいで未来はすごく酷い目に遭わされている。僕も兄貴も未来を救いたいんだ!」

「あの子がそんなに大事なの? 母さんより?」


 母の眼差しが震えている。そんなふうに比べさせられるとは思ってなかった。
 本当に未来を選んでほしくないんだという気持ちが痛いほど伝わってくるが、僕はその目を強く見つめて深くうなずいた。その途端、母の目が大きく瞠った。

 カッカッカッと待合室の外から走ってくる音が近づいてくる。


奈美なみ!!」

「あなた!!」


 母の名を呼ぶ声の先には、額にたくさん汗をかいた父がいた。
 大きく息切れをした父は苦しそうで、呼吸を整えようと必死だった。随分走ってきたのだろう。

 
「悠聖もいたか。柊の手術はまだ……?」


 焦った様子の父の姿。いつもの冷静さがまるでない。
 母と仕事のことしか頭にない人だと思っていたのに、血の繋がらない兄貴のことを本当の息子のように心配し、大事にしている。その事実がうれしくて涙が出そうだった。

 その父にすがりつくように母が近づいていく。吸い寄せられるように父が母を抱きしめた。僕はもうここにいる必要はないだろう。


「父さん、母さんを頼むよ……僕は……」


 未来の傍にいかないといけないとは言わないでおく。
 父はきっと何も知らないはずだから。


「悠聖、どこへ行くんだ?」

「兄貴との約束を守りに行くんだ。待たせているから行くよ」


 待合室を出てエレベーターホールに足早に向かう。
 未来をひとりにしたなんて兄貴に知られたら怒られるだろう。
 父にとって守るべきものが母であるように、僕にだって守るべきものがある。それが、未来――


「……あれ?」


 エレベーターホール前のソファに座らせたはずの未来の姿はなく、お茶のペットボトルだけが手つかずのまま残されていた。
 慌てて携帯を取り出して電話をかける。病院で使ってはいけないことはわかっている、だけど緊急事態だ。

 プップップッと呼び出し音の後に繋がる音がした。


『――悠聖?』

「父さん? ここに来た時、僕と同じ制服の女の子をエレベーターホールで見なかった?」

『――ああ、その子だったらすれ違いでエレベーターに乗ったぞ。すごく暗い顔をしていたけどきれいな子だったからよく覚えている』


 ――未来が父とすれ違いでエレベーターに乗った。


 未来を少しでもひとりにしたことを心から悔いた。
 約束したのに……いや、あんな状態の未来をひとりにした僕が悪い。兄貴にあんなに何度も言われていたのに。


 ――未来を頼むぞ――


 どうして兄貴はここにいないんだ。なんで手術なんてしているんだよ!
 未来が壊れてしまったらどうするんだ。頼むから、早く戻ってきてくれ。

 行き場のない怒りがこみ上げてくるのを押し殺して、エレベーターを待つのももどかしく非常階段の扉を思いきり開けた。


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Date:2013/08/29
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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