空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 73

第73話 わたしを呼ぶ兄

未来視点




 家に入った途端、わたしの携帯電話が震えた。

 電話? しかも知らない番号だった。悠聖くんもわたしの携帯を不思議そうな表情で覗き込んでいる。知っている人なら電話なんてかけてこない。悠聖くんとお兄ちゃん以外は。

 通話ボタンを押すと、すぐに向こうが話し始めた。


『えっと未来さんですか? 名字をなんてお読みすればいいのかわからないのですが、こちら湊総合病院救急外来の看護師畑田と申します』

「――!?」


 病院? 救急外来?
 その単語に背筋がゾクリとした。


『佐藤 柊さんが当院に運ばれて来まして、現在緊急手術中です。ここに運ばれる間、うわ言のようにあなたの名前を呼んで――』

「未来っ!?」


 話の全てを聞き取ることができないまま、わたしの身体は倒れそうになり悠聖くんに支えられていた。
 目の前が、頭がぐらぐらする。

 お兄ちゃんが、手術……?
 なんで? なんで? なにがあったの?

 わたしの右手から携帯が奪われる。


「すみません、かわりました……はい、はい……え?」


 頭の上で悠聖くんの声が聞こえる。
 悠聖くんは左腕でしっかりわたしの腰を抱きかかえ、自分の胸にもたれかけさせてくれた。頬に当たる悠聖くんのブレザーが擦れて少し痛い。その痛みがわたしの消え入りそうな意識をかろうじて繋いでいた。


「未来、しっかりしろ。病院行けるか? それともここで待つか?」

「……っ!」


 わたしは悠聖くんの腕の中で首を振った。
 悠聖くんを見上げて「行く」と唇を動かすと、泣き出しそうな顔でうんとうなずいた。



**



 湊総合病院は意外にもうちのアパートの近くだった。
 お兄ちゃんのマンションからだと駅一個分はある距離で、タクシーを拾って二十分くらいで到着した。行きのタクシーの中で、悠聖くんはずっとわたしの肩を抱いていてくれた。

 ――しっかりしないといけない。

 わたしが泣いちゃいけない。悠聖くんだって辛いのを我慢しているんだ。
 でも全身の震えを押さえることはできなかった。


 なんでお兄ちゃんが。
 誰でもいいから、お兄ちゃんを助けて……お願い。

 それしか考えられなかった。



 病院はとっても広く、入ってすぐにエントランスがあり総合案内が左にある。
 そこで悠聖くんがお兄ちゃんのことを聞くと、三階の総合手術室へ行くように言われた。総合受付が右の方にあり、その先にエスカレーターとエレベーターがある。エレベーターは外来用と病棟用に分かれていて、悠聖くんに促されるまま病棟用のエレベーターに乗った。


 三階で降りると少し薄暗くてひんやりとした空気が流れていた。
 左右に薄暗い廊下が続いていて、左側のずっと先に『総合手術室』と書かれた大きな扉が見えた。そこの前まで歩いて行くと、その左に小さい待合室がある。長いソファが二つ壁に沿って置かれていて自動販売機がひとつあった。悠聖くんがわたしを一番奥の自動販売機前に座らせてくれた。


「何か飲む?」


 頭の上のほうで彼の優しい声が聞こえる。
 わたしの座った右横にある自動販売機をちらっと見て首を横に振った。

 悠聖くんは小銭を出して何かを買っていた。
 ガコン! と大きな音が待合室全体に響いた。お茶のペットボトルが目の前に差し出される。


「顔色が悪い。飲んだ方がいい」


 わたしは震える手でそれを受け取った。
 今は悠聖くんの言うことを聞いておいた方がいいと判断した。わたしより確実に冷静なはずだから。そのお茶のペットボトルをそのまま膝の上に置く。

 お兄ちゃんがわたしの名前を呼んでいた。
 なんで手術なんてすることになったの? どこがどう悪いの? 事故?


 ――パン! と耳元で小さい音がした。
 目の前に立っている悠聖くんの右手がわたしの左頬を軽く叩いた音だった。痛みが全くない。その音だけでビックリして我に返った。


「しっかりしろ。未来」


 悠聖くんが膝をかがめ、わたしに目の位置を合わせて厳しく言った。
 彼から泣きそうな表情が消えていた。わたしは彼の顔を見て一度だけ強くうなずく。不安なのはわたしだけじゃないはず。深い呼吸をして心を落ち着かせた。


「――悠聖!!」


 女の人の高い声が悠聖くんの名前を呼んだ。
 茶色の肩くらいの髪をふんわりパーマをかけてキレイにメイクをした瞳の大きな美しい女性。暗めの赤の口紅がよく似合う。黒の上下のスーツを着ていてスカートはタイトで膝上の上品な感じ。泣いたのか目許は真っ赤になって眉間にシワを寄せていた。

 その人はわたしを見て、一瞬驚いた表情を見せたような気がした。


「――母さん」


 このきれいな人が、悠聖くんの?
 ……と、いうことはお兄ちゃんの母親でもある。こんなに若くて美人なの?


「柊は……?」

「まだ手術中みたい。何も言われてない」

「その子は」


 悠聖くんの母親がわたしを厳しい目で睨んだ。


「弓月未来さん……僕の……」


 悠聖くんがわたしのことを紹介しようとして、手で遮られた。
 わたしが立ち上がろうとすると悠聖くんの母親はさらに険しい目をこちらへ向けた。


「帰ってちょうだい!」

「母さん?」

「帰りなさい」


 いきなり両肩を悠聖くんの母親に掴まれ、わたしの左頬に痛みが走った。
 目の前の美しい母親に叩かれたんだってすぐに理解できた。じわじわとそこから熱が広がるような痛みを感じる。


「帰りなさい! うちの子に関わらないで!」


 目許がうっすら濡れているのに気づいた。泣いている。
 わたしは叩かれた頬を押さえ、唇を噛みしめて涙を堪えるのに必死だった。わたしが泣いてはいけない。


「母さん! 未来が何をしたって言うんだ! 謝れよ!」


 傍にいるのになぜか悠聖くんの声が遠くに感じた。


“ごめんなさい……”


 伝わらないってわかっていたけど唇を動かして謝り、悠聖くんの母親に頭を下げた。
 その母親の両肩を後ろから掴んでいる悠聖くんの左横を通り過ぎると、彼の引き止める声が聞こえる。それを聞かないフリをしエレベーターの方へ向かって歩き出した。


「ちょっと待ってよ! 未来!」


 後ろから悠聖くんに右肩を掴まれ、前にまわりこまれた。
 自然に足を止めるしかなくなり、見上げると悠聖くんが真剣な目でわたしをキッと凝視する。

 
“お母さんのところへ戻って”


 わたしが唇を動かして伝えると、悠聖くんは納得いかなそうな表情を見せた。
 だけど少し考えたようで彼がわたしの目を見てうん、とうなずく。


「……じゃ、ここで待ってて。ちゃんと話つけて来るから、ひとりでどこかへ行かないで」


 わたしが俯くと悠聖くんは顔を覗き込んできた。


「約束して。僕は兄貴から未来をひとりにするなって言われているんだ」

“わかった……”


 そう言ったけど悠聖くんの目を見れなかった。


「絶対だよ。すぐに戻るから」


 暖かい悠聖くんの手がわたしの左頬を撫でた。
 それにギュッと胸が締めつけられる。お願いだからもう、わたしに優しくしないで。

 わたしをエレベーターホールの前のソファに座らせ、悠聖くんは母親の待つ待合室へ向かって走って行った。


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Date:2013/08/29
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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