空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 71

第71話 兄の行動、彼の行動

未来視点




 仕事をしていたら瑞穂さんに変な質問をされた。

 瑞穂さんくらいの年齢の男の人がわたしにとって恋愛対象になりうるか。結局答えてはいないけど、十五歳のわたしが二十二、三歳くらいの人を恋愛対象に思うのって変なことなのだろうか。

 遠まわしにお兄ちゃんに恋愛感情を抱いているのか聞かれたような気がしていた。

 わかっているの。お兄ちゃんを好きになってはいけないって。
 あの日からわたしのお兄ちゃんに対する感情に変化があったことは確か。でもわたしには悠聖くんがいる。もちろん好き。だからお兄ちゃんはダメなの。

 だけどそう思うのが少しだけ苦しくて、仕事中なのにちょっとだけ泣けてしまった。





 十八時五十分。
 わたしの携帯が震えて、見ると悠聖くんからのメールだった。


  『バイトお疲れ様。兄貴に未来の迎えを頼まれた。十九時に図書館前で待ってる』


 えっ? 悠聖くんが迎えに? わざわざ申し訳ない。
 お兄ちゃんが来れないならわざわざ頼まなくてもいいのに。急いで悠聖くんにメールを打った。


  『わざわざごめんなさい。断ってよかったのに。なるべく早く出ます』


 こんなこと初めてだ。急用でもできたのかもしれない。
 星はいつ見に行けるんだろう。今日行けるのかもしれないと思って少し楽しみにしていたのに。




 すっかり暗くなった図書館の庭の夾竹桃がきれいに咲いていた。いつ咲いたんだろう。
 最近植物に目を向ける余裕さえなかった自分に気づく。


 図書館の正門前に制服姿の悠聖くんの背中がチラッと見えた。
 門の上についている外灯で本を読んでいるみたい。あんなに暗い光で本を読んでいたら余計に目を悪くするのに。

 静かに近づいて悠聖くんの左肩を叩くと、ハッとしてこっちを振り返った。


「お疲れ様」


 その笑顔につられてわたしも笑ってしまう。
 『ありがとう』と、唇の動きで伝えると悠聖くんは本を閉じながら首を横に振った。


「礼なんかいいよ。僕、結構役得だと思ってるんだから。未来のこと迎えに来れて」


 鞄に持っていた本を入れて悠聖くんがそう言った。
 そんなふうに言ってくれるのはうれしい。だけど申し訳ない気持ちも拭いきれなくて、どうしても顔を俯けてしまう。


「――未来?」


 悠聖くんの立っていた右横のほうから女の子の声で呼ばれた。
 聞き覚えあるこの声。彼の陰になっていて人がそばにいるなんて全然気がつかなかった。黒髪をポニーテールにして化粧をバッチリしている横溝高校の制服の女の子。麻美だった。


「未来、ちょっと聞きたいことがあるの。この人未来の彼氏?」


 麻美は悠聖くんを上目遣いで見ながら、少し怒ったような表情で聞いてきた。
 彼女もわたしとあまり身長が変わらない。背の高い悠聖くんに目線を合わせるにはやや見上げる形になる。
 

「そうだけど……何か? 君は?」

「あ、私は未来の小学校の同級生。金子麻美」


 悠聖くんは少し表情を硬くしながら、少し間を空けてそう答えてくれた。
 ぶっきらぼうに自己紹介をした麻美がすぐに悠聖くんから視線を逸らしてわたしに向き直る。


「彼氏いるのに、柊先生とどういう関係なのよ? 未来」

“え?”


 なんで急にそんなことを? 悠聖くんと視線を合わせると、首を横に振っている。
 麻美の中で、お兄ちゃんとわたしの関係は図書館の知り合いとしか認識されていないはず。その他の場所で会った覚えもない。


「柊先生、今日血相変えて未来のことを呼び捨てにして電話していたの」

「――?」


 思わず驚きの態度を取ってしまってから後悔をした。知らん振りしておけば上手く切り抜けられたかもしれないのに。
 横目で悠聖くんを見ると顔色が変わっていた。何か事情を知っているふうだ。


「誰と何を話していたかはわからないけど――」

「あ、その相手、僕」


 悠聖くんがおずおずと自分の胸元の辺りで小さく手を挙げていた。
 それに麻美が目を白黒させる。


「――はぁ?」

「君の言っている柊先生って佐藤 柊でしょ? 僕の兄です」


 悠聖くんがそう言うと、麻美の動きが止まった。


「ええええええええ?」


 一瞬の間のあと、すぐに麻美の大きい声が夜の闇に響き渡った。
 確かに驚いてしまうことだろうけど、そんなにも大きい声をあげなくてもと思ってしまう。近くを通り過ぎた人や図書館帰りの人がこっちを振り返っているのがわかる。


「え? じゃあ未来は柊先生の弟とつき合っているんだー! そう言われると似てるか、な? 眼鏡外すともっと似てるかも?」


 麻美が食い入るように下から悠聖くんを見上げている。
 そう麻美に言われて、悠聖くんが自分の眼鏡に手をかけた。わたしがすかさず彼の腕を引くと、その動きがピタリと止まる。


「――未来?」


 わたしを不思議そうな目で見る悠聖くんを首を振って見つめ返した。
 『そんなことしないで』と唇で表現すると彼は困惑顔になった。でも、と躊躇う悠聖くんをそのままにして、ポケットから携帯を出して文字を打つ。それを悠聖くんの後ろから麻美に向かって見せた。


『ごめん。用がそれだけならここで。わたし達急ぐの』

「ちょっと! 未来ってば!」


 麻美の声が聞こえたけど、わたしは強引に悠聖くんの腕を引いた。
 困った表情のまま悠聖くんが麻美に軽く頭を下げている。彼はわたしに引かれるままついて来た。


「未来……あれはないんじゃない? お友達なんだろう?」


 わたしの後ろで悠聖くんが小さい声を漏らす。
 図書館から少し離れたすでに人のいない小さな公園前。外灯だけがわたし達を照らしている。

 悠聖くんの腕を離してひとりで先を歩き始めた。なんでこんなにイライラするんだろう。
 彼はゆっくりわたしの歩幅に合わせて後をついて来てくれていた。だけど振り返る気にもなれず、そのまま。彼もわたしがいつもと違うと思ったのか、声をかけてくるようなことはなかった。



 マンションに着くと悠聖くんが鍵を開けた。
 まさか鍵を持っているとは思わずビックリしていると、ニッとうれしそうに悠聖くんの両方の口角があがった。


「鍵、預かってるんだ。兄貴が帰ってくるまで未来の傍にいるよう言われている」


 目の前の自動ドアが開いて、わたしはさっさと中に入った。
 エレベーターホールまでずんずん進み、上ボタンを押して来るのを待つ。お兄ちゃんはどこへ行ったのだろうか。


「未来、まだ怒ってるの? 機嫌直して」


 悠聖くんが後ろからわたしの顔を覗き込んだ。
 帰り道一度も口を利かなかったから、わたしが怒っていると思ってるみたいだ。

 別に怒っているわけじゃない。
 あんなことを麻美に言われたからって気軽に眼鏡を外してほしくなかっただけだ。悠聖くんはそのままでいいんだから。悠聖くんは悠聖くん、お兄ちゃんとは違うんだから。


 ……そういえば。
 麻美はお兄ちゃんが血相を変えてわたしを呼び捨てにしていたって言っていた。なんで悠聖くんとの電話でお兄ちゃんが血相を変えてわたしの名前を呼んだのだろうか。


『お兄ちゃんはどこへ行ったの?』


 携帯に文字を打って悠聖くんに尋ねると、首を横に振った。


 ……どこへ行ったの? お兄ちゃん?


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Date:2013/08/28
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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