第69話 悲しまないで柊視点
図書館内に入り、返却貸出しカウンターを左に見て、いつも行く書籍の小説コーナーを目指して歩いた。
背の高い書架をいくつも通り過ぎる。
ふと、さっき目に入った夾竹桃を思い出した。
なんとなく植物・園芸コーナーに立ち寄り、花言葉を調べてみる。
――危険な愛、用心、油断大敵、危険
あんなにきれいなの花なのに、花言葉は少し恐ろしかった。
『危険』という言葉が繰り返し入っているのが意味深で。ざっと読んでみると『優れた園芸植物ではあるが、経口毒性がある』と記されていた。そういう意味での『危険』なのだろうか。
再び小説コーナーを目指しながら書架の間を覗くと、未来の姿を見つけた。
さっとそのひとつ手前の書架に身を隠す。この書架を挟んだ向かいに未来がいると思うと少しだけ気持ちが和んだ。
無事な未来を確認できたらそれでよかった。
未来が立っていた場所辺りの真向かいに立つと、カタン、カタンとテンポのいい、本を片付けている音が聞こえた。
人並みの幸せさえ感じさせてあげられない自分がもどかしい。
「――未来ちゃん。体調大丈夫?」
瑞穂の声が聞こえた。
この書架の裏に瑞穂もいたのだろうか。全然気づかなかった。その声からいつもより元気のなさそうな感じが伺えた。
「私は大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
立ち聞きしている後ろめたさはあったがそこから動けなくなってしまっていた。
きっと未来が携帯で瑞穂に話しかけたのだろう。カタン、カタンという音が増えて、不協和音のようになってきた。一緒に配架しているのだろうか。
「前々から何度か聞いていたけど、未来ちゃんって彼氏いるの?」
突然瑞穂がそんな質問を未来へ投げかけた。
瑞穂には言ってないから知らないはずだけど、俺の弟が未来の彼氏だって知ったら驚くだろうな。
「そうなの? 同い年? いいね」
小さいため息のようなものが聞こえた。
未来のものか瑞穂のものかはわからないが、かなり深いものだった。
「未来ちゃんから見たら、私達ってどう見えるのかな? おじさん? おばさん?」
少しの沈黙。瑞穂の質問の意図がわからない。未来から何を聞き出したいのか。
その意図が全然見えない質問だった。しかも私達って誰を指してるのだろうか。
「七つ? それだけ年の差があってもそう思う? 恋愛対象にもなりうるのかな」
くすくすと瑞穂が笑う。未来がなんて答えたのか俺にはわからないけど気になった。
瑞穂はなんでそんなことを未来に聞くのだろうか。修哉が俺の家に未来が入って行って仲を誤解していると言っていたが、あいつは俺達が兄妹だということは話していないはずだ。立ち聞きじゃなかったら瑞穂を止めていた。これ以上未来に無駄な負担をかけないでほしい。
「鈴木さん、こっちを手伝ってくれる?」
聞き覚えのない声の主が、瑞穂の名前を呼んだ。
「はーい。ごめんね。未来ちゃん、今の忘れて」
書架と書架の間から瑞穂が去って行くのが見えた。
その場に未来がひとりで取り残されているはず。本をしまう音が途絶えている。瑞穂が最後の質問をした後からその音は一度も鳴っていない。未来は今、何を考えているのか?
……カタン……カタン。
少し経つと、再び本をしまう音が聞こえてきた。
ほっとしたのもつかの間、聞き逃しそうなくらい小さな鼻ををすする音がした。
その後もぐすんぐすんと何度も聞こえる。まるで泣いているかのようで、この書架の向こうに行って確認したかった。でも今、未来の前に出たら立ち聞きしていたのがバレてしまう。
瑞穂の質問が未来にとって辛かったのだろうか。
『恋愛対象になんかなるわけない』って笑い飛ばせばよかったのに。もしかしたら他の質問がいやだったのかもしれない。
だけど、瑞穂にあんな質問をさせたのは俺の責任だ。
ちゃんと修哉の頼みを聞いて、瑞穂に未来のことを話しておけばよかった。そうすれば実父とのことだって――
再びカタン、カタンと規則的な音がして、鼻をすする音が消えた。
お願いだからこれ以上悲しまないで。俺の元を離れてもずっと笑っていてほしい。
そう祈りながら、静かにその場を立ち去った。
図書館を出て、さっき座って話していたベンチを見たけど悠聖の姿は無かった。
庭を歩きながら携帯を取り出し、未来にメールを打つ。『今日も十九時に迎えに』といういつもと同じ内容。今日迎えに来るのは悠聖だけど、そのことは伏せておく。送信するとすぐに返事が来た。
『了解です。いつもありがとう。いつ星を見に行きますか?』
星……そうだ、未来の家の近くの土手に見に行く約束をしていた。
デートしようと俺が言ったのに、いまだに約束を果たせないでいる。
『そうだな。いつか行こうな』
いつ行こうと約束してあげられない俺がいた。
ごめんな、未来。
こんな中途半端な兄ちゃんで、本当にごめんな。
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Thema:オリジナル小説
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