空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 67

第67話 赤の他人

柊視点




 顔を強張らせ、今にも泣き叫びそうな悠聖を目にして、俺は一回深呼吸をした。
 まず自分が落ち着かないといけない。

 呼びかけると、両腿に肘を乗せて頭を抱えていた悠聖がちらりと俺の方に視線を向けた。
 目許が濡れている、静かに泣いていたんだろう。


「あいつは……俺の実の父親は……」


 悠聖が眼鏡を外して、手の甲で目許を拭う。
 それが終わるのを待って俺は重い口を開いた。


「未来の実父じゃないんだ……」

「――――は?」


 愕然とする悠聖の唇がわなわなと震えている。


「異母兄妹って……言ったじゃないかっ……」


 それだけでなく声も震えてきている。
 俺はうなずいて、悠聖から目を逸らし前を向いた。


「……そのつもりだった」

「つもりって? どういうことだ?」


 俺の左腕を悠聖が強く掴んで、そのまま揺さぶられる。
 その揺れに身を任せていたら、頭が少しだけくらくらした。


「未来は俺の父親の子どもじゃなくて、その前の父親の子どもだったんだ」


 自分の鞄から黒革のシステム手帳を出し、そこに挟んでいた写真を悠聖に見せる。
 それは未来の母親からもらったもの。唯一の証拠だ。


「その真ん中が未来の本当の父親。さっきの男とは別人だろ?」


 未来の本当の父親はとっても優しそうな笑顔をする人だった。
 俺の父親は少し険のある顔をしているが、未来の父親は犬のように人懐っこい顔をしている。


「左の男の子が未来の本当の兄貴」

「……じゃ、これ……」

「そう、右の女の子が未来」

「……はは、かわいいな」


 震える手で悠聖が写真の未来に愛おしむように触れ、表情が優しくなった。
 ずっとこんなふうに穏やかな状態でいさせてやりたいのに。悠聖は俺の大事な弟だ。それなのに俺のせいで苦しめていることが辛かった。
 

「この男の子は兄貴じゃないんだ……」

「……ああ。未来の本当のお父さんが、未来のお母さんと再婚する前に結婚していた女性との子」

「未来の本当の父親も再婚だったの? じゃ、未来の母親と兄貴の父親とは再婚同士……」


 小さくつぶやきながら、悠聖が何気なく写真を裏返した。
 そこに書かれている文字に目を見開いたのを俺は見逃さなかった。


「ここ……しゅう十歳って、兄貴じゃないのか?」

「そんな優しそうな父親の息子じゃない。俺は性根の腐った……未来を苦しめるだけのどうしようもない父親の息子」


 自分で言って虚しくなった。
 悠聖が眉間に深いシワを寄せ、鋭い視線を俺に向ける。


「その男の子、しゅうは……修哉だ」


 悠聖の顔が硬直した。


「――え?待ってよ。修哉って兄貴の親友の?」


 一度だけうなずくと、納得がいかないって顔で悠聖が首を振る。
 今、必死に頭の中を整理しているに違いない。だけど聡い子だ、すぐに理解できるだろう。


「未来と修哉さんが異母兄妹……じゃ……兄貴と未来は?」


 悠聖の視線が揺れている。
 まっすぐに悠聖を見据え、ひと言つぶやいた。


「何の繋がりもない」


 悠聖の目はショックを隠しきれていなかった。その気持ちはよくわかる。
 自分の恋人がいきなり自分の兄と『兄妹だから』と言われ、ひとつ屋根の下で暮らし始めたのだって驚いただろうに、それが『間違ってました』なんて言われてもすぐに納得なんかできっこない。

 だけど、これが真実なんだ。
 少しでも長く隠し通したかった。だけど、もう無理だ。


「本当だ。俺の父親と未来の母親は籍も入れていなかった」

「――赤の他人って言うんだよ! そういうのは!」


 立ち上がった悠聖が荒げた声で俺に怒鳴りつけた。
 その通りだ。赤の他人なんだ、俺と未来は。わかっていたことだけど、その言葉には深く胸を抉られた気がした。寂しいような虚しいような気持ちが湧き上がる。


「だから……未来にあんなこと……最低だな。兄貴の父親」


 俺は何を言われてもうなずくことしかできなかった。
 最低な父親の息子の俺も最低だ。いっそのこと俺自身も罵ってくれとすら思う。


 もう一度幸せそうな三人の写真を見る。
 父親と未来は目許が少し似ているけど、修哉ひとり顔つきが違う。あいつは母親似なんだろう。一緒に暮らしていないと顔つきって変わるものなのだろうか。もしそうなら俺と実父もそうであればいいなと頭の片隅で思ってしまった。

 怒りを持て余す悠聖に、頼む覚悟を決めた。


「未来は俺をその写真の男の子だと勘違いをしている」

「……だから? 何?」

「修哉にも同じことを頼んだ。悠聖にも頼む、俺にその男の子のフリをもう少しだけさせてくれ」

「……は?」

「未来に黙っていてほしい。俺の本当の父親は……未来に最低なことをしたあいつだということを」



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Date:2013/08/26
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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