第64話 解けた誤解未来視点
「……なんだやっぱりおまえいたのかよ」
橋本先輩が小さく舌打ちをして、わたしの肩を解放した。
「そんなことだろうと思ってました。やることが汚いですよ」
悠聖くんが橋本先輩の前に立ち、わたしを背中の後ろに隠してくれた。
こんな悠聖くんの行動にドキッとする。本当に勇敢なナイトみたい。
「おまえさぁ、まだつき合ってるの?」
「先輩に関係ないし、入る隙ないって言いましたよね?」
「リーマン風の男の存在は解決したの?」
悠聖くんの肩越しに、橋本先輩がわたしをちらっと見た。
それってどういうことだろう。まず『リーマンふう』っていうのがなんだかよくわからない。その言葉に『男』がついている。
「大人しそうな顔をして真面目な佐藤くんとリーマンの二股なんだ。純粋な彼がかわいそうだよ」
ヘラリ、と笑みを浮かべる橋本先輩の言っていることの意味がわからなかった。
指を差された悠聖くんを見ると、ばつの悪そうな表情をして目を逸らされた。二股ってどういうこと?
「未来ちゃん、オレ見たのよ。リーマン風の男と君が車の中でキスしているところ」
「――!?」
ビックリして息を飲んだ。
車中でキスって? わたし、悠聖くん以外の男の人とキスなんてしてない。それに車だってお兄ちゃんのしか乗らない……と、いうことは『リーマンふう』っていうのはお兄ちゃんのことだ。
そして、今気づいた。
キスをしたのは悠聖くんだけじゃない。お兄ちゃんの頬にもキスしたじゃない。
橋本先輩が言っていることがそのことではないとわかっていても、強く否定できないのは自分の責任だと思った。
「これ証拠。あ、すでに佐藤くんには見せてあるけどね」
わたしの手にシルバーのデジカメがどんっと置かれた。
悠聖くんをちらっと見ると、少し困ったような表情をしている。
見せられた動画には、Y図書館前の入口で待つお兄ちゃんの車が映っていた。
画像が暗い、夕方に撮影されたものだろう。いつ頃撮影されたものかはわからないけど、この時も橋本先輩は図書館前に来ていたということだ。
しばらく見ていると車の後ろからズームで車内が映し出され、運転席側のお兄ちゃんが助手席側のわたしの方に上半身を乗り出しているところ、そのまま車が走り去るところまでの動画だった。今のデジカメってこんなに綺麗に撮影できるんだ。
わたしは携帯電話に文字を打って、反応を待つ橋本先輩にそれを見せた。
『これ、シートベルトをしめてもらった時なんですけど?』
「――はぁ?」
わたしの携帯を見て橋本先輩が驚きの声を上げた。
悠聖くんも携帯を覗き見て、目を白黒させている。
「シートベルト……」
そうつぶやいて、悠聖くんが引きつった笑みを見せる。
橋本先輩は悔しそうな表情でデジカメの動画を再確認したあと、キッとわたし達を睨みつけた。そして、チッと小さく舌打ちをして出て行こうとする橋本先輩の腕を慌てて引いた。
振り返った橋本先輩は怪訝そうな表情でわたしを一瞥する。
「待って」と唇を動かすけど、彼には伝わってなさそうで、一瞬斜に構えた。これが普通の人の反応だろう。そう考えたら、短期間で読唇術をできるようになってきた悠聖くんやお兄ちゃんはすごいと思う。きっとすごく勉強してているのだろう。
待ってくれている橋本先輩に、携帯で文字を打って見せた。
『曖昧な態度を取ってしまってすみませんでした。反省しています』
その文字を読んだ橋本先輩が目を大きく瞠った。
曖昧な態度、それはよく考えもせず誘われたデートを受け入れようとしていたことだ。わたしのその行動がこの人を誤解させてしまった。
橋本先輩は少しだけ鼻白ませ、ふいっと顔を背けて図書室を出て行ってしまった。
うまく伝わったかわからないけど、一応謝れた。それでわたしがしたことが許されるわけじゃないと思うけど、ずっと気になっていたから。
静かになった図書室で、悠聖くんがしゃがみ込んでいた。
そのままの体勢で頭を抱えながら「よかった」と彼が大きいため息をついてそう漏らす。
「未来のこと信じてたけど……もしかしたら本当はキスしてたのかと少し怖かった」
“ええっ!?”
「あのアングルだとキスしてるように見えるって……」
はぁっと悠聖くんが再度大きいため息をついてから、安心したって感じで立ち上がった。
わたしが上目遣いで悠聖くんを睨みつけると、少しだけ身を引いて胸の辺りで手のひらを振り始めた。
“疑ってたの?”
「信じてた! でも……ごめん、未来。本当は少しだけ疑ってた」
申し訳なさそうな表情で、悠聖くんが頭を下げた。
わかる、あの動画だとわたしが見てもキスしているように見えた。ガックリうなだれる悠聖くんの右肩をポンと叩くと、少しだけ頭を上げてこっちを見た。
“もうわかった”
「許して……くれるの? 疑ったこと」
笑って二回うなずくと、悠聖くんの顔が満面の笑みに変わった。
「よかったぁ……許してもらえて」
心底安心したような表情だった。
ひさしぶりに悠聖くんのそんなうれしそうな顔を見た気がした。
私が隠していることに比べたら、悠聖くんのしたことなんてたいしたことじゃない。
そう思えて、急に胸の辺りが冷えたような感覚がした。
→ NEXT→ BACK
Information
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学