第63話 図書委員の謎未来視点
風邪だったのかどうかはわからないけど結構長引いた。
でも土日を挟んでいたから、学校もバイトも一日休んだだけですんだ。
病院も行かずにすっかりよくなって、お兄ちゃんは安心したようだった。
あれから、わたし達の関係は何も変わっていない。デートの約束は延期になってしまって残念だけど、いつか約束の土手に行きたい。流れ星も何回も見ているから、お兄ちゃんにも見せてあげたいんだ。
その時、お兄ちゃんは何を願うのだろうか。
**
翌週の月曜日、学校に行くと図書委員の本の返却係が回ってきていたことに驚いた。
一週間交代でクラス毎に回ってくるはずなのに、異様に早く感じる。
どうやらA組から順にF組まで回され、
折り返しでF組からA組まで戻ることを知った。
つまりF組は二週連続で当番をするということだ。
橋本先輩に会いづらい。でも、委員会だからしょうがない。
この前お兄ちゃんに注意されたし、何かをされることはもうないだろう。
それより、わたしは橋本先輩に会ったら言いたいことがあった。
放課後。
図書室に向かおうと教室を出ると、悠聖くんが一緒に行くと言い出した。
大丈夫とやんわり断ったけど、ふたりでやった方が早いと言われ、それ以上は何も言えなかった。
悠聖くんに嘘をついてしまったこと、そして本当のことを隠している罪悪感もある。
返却口にどっさり置かれた本をカートに乗せて、順々に片付けてゆく。
本当にいつ誰が借りているんだかわからないくらいたくさんある。きっと昼休みに返却されているんだろうけど、放課後に図書室を利用する学生は本当に少ない。
「あれ? D組さんが今日から返却係?」
知らない男子生徒に声をかけられた。
角刈りのスポーツマンタイプのがっしりした体型で、たくさん本を抱えられそうだ。
「君、D組の弓月さんだよね? 自分E組の図書委員の山本だけど、今日で交代でいいんだ。助かるーって、今日返却本すごく多いね。タワーみたい」
山本くんが返却口に積まれている本を見て、驚きの声を上げたあとに笑い出した。
腕組みして返却口の本のタワー(本当にそんな感じ)をまじまじ見つめている。うまいこと言うなと思って、わたしもつい笑ってしまった。
「なんで今日こんなに多いんだろう? 月曜だから?」
「それってどういうこと?」
書架の間から悠聖くんが出てきて山本くんに話しかけた。
まさか他に人がいると思わなかったみたいで、山本くんは目を白黒させている。
「あ、D組さんは図書委員ふたりなの?」
「いや、僕は手伝い」
「あ、そうなんだ。自分、先週一週間返却係やったんだけど、返却本は毎日五冊あるかないかだったんだよね。楽な委員会だと思ったよ。その二、三週間前も一週間やってたけどやっぱり一日四、五冊だった」
「……」
わたしと悠聖くんの視線が自然にぶつかる。
「おかしいな。僕らが片付ける時は一日五十冊近いんだけど」
「えっ? そんなことある……のか。
返却口にこんなにあるしね。毎日こんな感じなの?」
山本くんにそう尋ねられ、ふたりしてうなずくと「うーん」と彼が小さく唸った。
腕組みをして、小さく首をかしげ返却口に置かれた本のタワーを指差す。
「変な借りられ方してるよね。ここの事典系とか……普通、こんなにまとめて借りないでしょ?」
本の背表紙を指でなぞるようにして、山本くんが不思議そうに言った。
言われてみれば、確かにそうだ。前にわたしも少しだけ不思議に思っていたけど、深く考えはしなかった。事典系をまとめて借りて、まとめて返すなんて大変なはず。
「D組さんが係やる時だけ返却多いなんて変な話だね。まるで誰かが故意にやってるみたいで」
本を手に取って、パラパラめくる山本くんが何気に言った言葉を頭の中で反芻していた。
……故意に?
悠聖くんの方を見ると、うんと深くうなずいた。
わたしと同じことを考えているのかもしれない。でも、まさか、何の意味があってそんなことを?
山本くんが帰った後、静かになった図書室でわたしはひとりで本を片付け始めた。
「弓月さん、ご苦労様」
真後ろに橋本先輩が立っていた。考え事をしていたから気配を感じる余裕すらなかった。
ポンとわたしの肩を叩いて、橋本先輩が優しい笑顔を見せた。
「今日も返却多いね。ゆっくり頑張ろう」
今日も、ゆっくり――
わたしの考えが確信に変わった時だった。
「君の勇敢なナイトは今日は来ないのかな? 佐藤くんだっけ?」
ちらっと橋本先輩を横目で見てから、無視して本を片付け続ける。
「彼、首席合格なんだってね。頭いいんだね」
書架の方を見ながらうなずくと、橋本先輩が鼻で笑った。
「もしかして別れちゃったの? オレのせいかな?」
橋本先輩の意味不明な発言。
なんで橋本先輩のせいでわたしと悠聖くんが別れるのだろうか。湧き上がってくるような苛立ちを押さえるのに必死だった。
持っていた本をすべてしまってから、ポケットの中の携帯電話を取り出して橋本先輩に見せた。
『D組が係の時だけ返却本が異様に多いみたいなんですけど、理由わかりますか?』
あらかじめ画面に入力して、ポケットに入れておいた。
それを見て、最初はきょとんとしていた橋本先輩がふき出すように笑いだした。
「あ、気づいたんだ。意外に遅かったね。オレが昼休みのうちに適当に本を引っ張り出して返却口に置いてた」
「――!?」
「理由知りたい?」
わたしの気持ちを見透かすように、橋本先輩が近づいてくる。
一歩下がると真後ろは書架。背中が書架に当たる。
「少しでも君と一緒にいるため……って言ったら信じる?」
橋本先輩の両手がわたしの両肩を掴んだ。
図書館前で待ち伏せされた時のことを思い出して、全身が総毛立つ。
「もう、あの時みたいに手荒なまねはしないからさ、一度――」
「そこまでですよ、橋本先輩」
ひとつ向こうの書架の陰から悠聖くんが少し大きめの声を上げた。
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