VOICE 62
第62話 優しい嘘未来視点
頭がボーっとして、思考が纏まらない。
悠聖くんに悪いことをしてしまった。
自分の唇に指の腹を当てると、さっきの悠聖くんの感触を思い出した。
なんで、あんなにわたし動揺したんだろう。恋人の悠聖くんのキスがいやなはずないのに。抱きしめられてうれしいはずないのに。
なんであんなに身体が強張って涙が出てしまったのだろうか。昨日からわたし、おかしい。
部屋の扉がノックされて、入ってきたのは悠聖くんだった。
少し気まずそうな顔をしているように見える。どういう顔をしていいかわからず、だけど目を逸らすこともできずにいた。
「兄貴がお粥食べろって」
わたしが笑いかけてうなずくと、少しだけ悠聖くんの表情が柔らかくなったような気がした。
起き上がって手を出したのに悠聖くんがゆっくり首を横に振る。
「食べさせてあげる」
両手を振って断った。そんなの恥ずかしい。
お粥の器をこっち渡そうともせずに悠聖くんが左のベッドサイドに腰掛けると、熱々のお粥をフーフーしてレンゲにすくい、わたしの口元に差し出した。
とっても恥ずかしいんですけど。
その思いを込めて上目遣いに悠聖くんに視線を送ってみるけど、向こうは「ん?」といった表情で軽く首を傾げるだけ。覚悟を決めて、半ば投げやりに口を開く。お粥のレンゲがそっと入ってきた。
「おいしい?」
わたしがしっかり咀嚼しながらうなずくと、またお粥をすくったレンゲを口元に差し出される。
飲み込む時、少しだけ喉に響くような痛みを感じたけど、もうひと口食べたら悠聖くんが笑顔になった。その笑顔が胸に沁みる。とっても優しい。
悠聖くんがもうひと口差し出してきた。
まだ口に入っているから、口元を手で押さえながら悠聖くんを見ると、彼はわたしを見ていなかった。
「……さっきはごめん」
いきなり謝られて、わたしは咀嚼をやめた。
こっちの方が謝らないといけないのに、慌てて首を何回も横に振る。悠聖くんは何も悪くない。悪いのはすべてわたし。
「怖い夢を見たんだって?」
怖い夢?
お兄ちゃんが悠聖くんにそう言ったのだろうか。わたしが怖い夢を見たから、悠聖くんに変な態度を取ったって。
わたしはお兄ちゃんの優しい嘘に乗ることにした。
“すごい悪夢だった”
唇で伝えると、悠聖くんは少し首を傾げた。
『悪夢』という動きが伝わりにくかったのかもしれない。
“怖い夢”
言い直すと、悠聖くんは納得したようにうなずいた。再び差し出されたお粥を食べる。
あれは夢だったんだと思うことができたらいいのに。
こうして悠聖くんに優しくされるのも、胸が痛い。
こんなふうにしてもらえる資格ないのに。
触れられて、抱きしめられたら悠聖くんまでがわたしのせいで穢れてしまいそうな気がして……怖い。
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Thema:オリジナル小説
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