第61話 苦しむふたり柊視点
ベッドの上で小さく震え続ける未来の顔は真っ青だった。
そして昨日、あのアパートで発見した時のように、視線は宙を彷徨っている。
「大丈夫か? 未来?」
“おに……いちゃん?”
うなずいて声をかけると、未来の濡れた目はようやく俺を見てくれた。
両手で自分の口を覆って出ない声を抑えるようにしながら未来が泣き出す。喉元でくぐもる苦しそうな呼吸音が悲痛な叫びに聞こえた。
「大丈夫だ、未来。ここは兄ちゃんの家だから。ゆっくり呼吸して」
そっと頭を撫でると、未来が泣きながら何度もうなずく。
昨日のいやな体験が甦ってしまったのかもしれない。恋人の悠聖が抱きしめても思い出してしまうのだとしたら、これからどうしたらいいのか。
悠聖に本当のことを言わないといけない日が来てしまうのではないか。
……また未来も悠聖も傷つく。
それだけはもう避けたかったのに。
辛い思いをした未来をさらに傷つけることになるのは絶対いやだ。
この前の話だって悠聖には衝撃の事実だったに違いないのに、今まで通りに俺に接してくれている。それなのに。
未来の呼吸が少しずつ落ち着いてきた。
俺の顔を悲しそうに見ているが、涙は止まっている。
「未来はいい子だな。落ち着いたか?」
なるべく笑顔で接すると安心するようで、未来の口元が少しあがった。
でも目は泣きそうなままだから作り笑顔だということはすぐにわかる。俺にまでそんなに気を遣わなくていいのに。パニックにならなくてよかった。もしそうなったらどうしようかと思っていたから。
「ちょっとひとりで大丈夫か?」
“うん”
「無理して笑わなくていい。悠聖のフォローしてくるから、兄ちゃんに任せておけ」
リビングのソファで背中を丸めて頭を抱えている悠聖の姿を見ると、昨日の俺もこんな感じだったんだろうと想像できる。
そして、未来はその俺をこんな気持ちで見ていたのか。切ないな。
未来は俺の首元に抱きついて、そっと右頬にキスをしてくれた。あのキスで俺は動揺したけど、うれしかった。
未来が俺の罪を許してくれたような気さえした。
俺は、落ち込む悠聖に未来のように優しくしてあげられない。
しかもこれから悠聖を安心させるための嘘をつく。ここまできたら罪悪感に苛まれている場合じゃない。嘘をつくことになれないといけない。
「――悠聖」
声をかけて右肩を軽く叩くと、少し反応して身体を緊張させた。
「大丈夫か?」
「……僕より未来が」
「大丈夫だ。体調が悪い上に、怖い夢を見たらしい」
悠聖が自分の髪を掻き乱して大きいため息をついた。
信じていないのかもしれない……でも今はそれしか言ってやれない。
「お粥を作ったから、未来に食べさせてやってくれないか?」
悠聖が俯いたまま、力なくうなずいた。
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