空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 60

第60話 彼女の変化

悠聖視点




 未来が休みと担任から聞かされ、メールをしたけど何の連絡も来なかった。
 連絡もできないくらいだからよっぽど辛いんだろうと思う。兄貴も仕事で看病する人もいないだろうと思い、マンションに寄ってみることにした。
 

 エントランスで部屋番号を押してインターホンを鳴らす。
 中に人がいれば開けてもらえる。こういう時、スペアキーをもらっておけばよかったと思う。未来がいても苦しくて動けなければ開けてもらえないかもしれない。熟睡していたら気づかれないかも。


『――悠聖?』


 ロビーインターホン越しに聞こえてきたのは、意外にも兄貴の声だった。


「兄貴? いたの?」

『あぁ、今開けるよ』


 オートロックが解除され、目の前の自動ドアが開く。
 まさか兄貴が家にいるとは思わなかった。なぜだか身体の奥の方がモヤモヤする感じがした。





 玄関の扉を開けると兄貴が立っていた。僕を待っていたようだ。
 水の入った洗面器を持っている。


「未来、今眠ってるよ」


 僕が慌てて右側の未来の部屋に入ろうとしたら、兄貴に止められた。
 こっちだと左側の寝室を洗面器を持ったまま示す。僕の驚きが表情に出たのか兄貴が笑った。


「俺のベッドの方がダブルで広いし、楽だから使わせてるだけ」


 僕の心を読み取られたようでいい気はしなかった。
 恥ずかしくて顔が熱い。だけど言い訳をするのも変な気がして、黙っていた。

 お粥を作ろうと思っていたところだから、来てくれてよかったと言われた。
 洗面器を手渡されて寝室へ促される。小さな電気がつけられているだけで、室内は暗かった。背中をポンと軽く押されて「看病頼むな」と依頼された。兄貴はそのままリビングの方へ戻ってゆく。


 兄貴は仕事を休んでまで、ずっと未来についていたのか。
 昔から真面目がとりえの兄貴が、妹の看病で仕事を休むなんて想像もできなかった。

 どうしても兄貴に嫉妬してしまう。穏やかな気持ちでふたりを見ていられない。
 この前、未来が兄貴の腕枕で心地よさそうに眠っていた姿を見てから。



 ベッドに横たわる未来の様子を伺うと、少しだけ赤い顔をしているように見えた。
 額にはタオルが置かれている。熱があるんだろう。振動を加えないよう、そっとベッドの左端に座って未来の寝顔を見る。左の頬に触れると熱かった。結構熱が高そうだけど、眠っている表情はそんなに苦しそうではない。


 未来の顔に自分の顔を近づける。
 唇を見つめながら、自分のそれを近づけた時。


“おにいちゃん……”


 未来の唇がそう動いた。




 見間違い? いや、そんなはずはない。
 僕はだいぶ読唇術ができるようになっている。未来が兄貴を呼ぶ時の唇の動きと同じだった。
 
 ――寝言で兄貴を呼ぶなんて。

 未来の前髪をそっとかき上げ、ゆっくり何度も頭を撫でた。
 少し汗ばんでいるようだ。だけどそんなの構わない。僕は何度も同じようにその髪をかき上げる。

 兄貴に触れられていると思っているのだろうか。
 こうしてそばにいるのも兄貴のものだと思って眠っているの? 僕だよ、悠聖だよ。気づいてよ。僕のこと。

 再び頬に触れると、未来の目がゆっくりと開いた。

 彼女の形のいい唇が、僕の名を呼ぶように動く。
 うなずくと少し辛そうに笑いかけられた。そしてそのまま再び目を閉じようとする。


「――未来」


 囁くように呼び止めると、彼女はまたうっすら目をあけた。
 虚ろな眼差しが僕を見つめている。その潤んだような瞳が僕の欲情を煽り立てる。いつもより少しだけ血色が悪い唇を見つめながら、僕はそこに自分の唇を重ねた。


「――!!」


 未来の身体がビクンと動く。
 一度唇を離すと、未来は目を見開いて驚いていた。


“風邪うつるよ”

「構わない」


 未来の首筋に手を入れて僕の方へ向かせ、もう一度その唇に自分の唇を這わせた。
 その瞬間、未来の身体に異様なくらい力が入る。


「……未来?」


 いつもと違う反応をする未来にいやな違和感を覚えた。
 キスをしたら蕩けるように幸せそうな笑顔を見せてくれていたのに。僕の目を見て、未来が強張った表情をしている。なんだか酷く悲しかった。体調が悪いからで片付けられないくらい。


「そんな顔しないで……」

“悠聖くん……”


 唇だけを見ると、何かを言いたそうな様子。
 たまらなく不安が押し寄せてきて、僕は未来の左肩から手を差し込み、上半身を起こしあげてそのまま強く抱きしめた。


「ごめん。キスがいやならもうしないから、僕を避けないで」


 さらにきつく抱きしめると彼女の身体に力が入った。
 未来の手がそっと僕の背中に回されて、少しだけほっとしたのもつかの間。彼女の身体が震えているのに気づいてしまった。


「――悠聖! 未来が怖がってる」


 兄貴の声が聞こえ、慌てて未来を離すと目に涙を浮かべていた。
 顔は青ざめて硬直している。こんな顔をさせてしまったことがショックだった。


「ごめん! 未来!」


 そっとその身体を横たわらせると、小さく何度も首を横に振っている。
 でも目は僕を見ていない。どこか遠くを見ているようで何も見ていないようにも見えた。


“ごめんなさい……悠聖くん”


 未来の震える唇が謝罪の言葉を紡ぐ。両目からは大粒の涙がボロボロ流れ出した。

 違う、謝らせたいんじゃない。
 逆にいたたまれなくなるのに、それに気づいてもらえないもどかしさと、そんな未来を見ているのが辛くて、僕は兄貴の部屋から飛び出した。




 リビングのソファに深く座って、頭をぐしゃぐしゃにかき乱す。
 何やってるんだ、彼女を怖がらせてどうするんだ。自分の欲望のままに接してどうする。

 ごめん、未来。

 激しい後悔で押し潰されそうだった。



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Date:2013/08/22
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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