空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 54

第54話 穢された妹

柊視点




 待ち合わせ時間から約二十分遅れで図書館に着くと、未来の姿はなかった。
 遅くなってしまったからだろうか。車を降りて辺りを探したけど見当たらない。


 図書館の庭のベンチに見覚えのある姿を見つけた。
 頭を抱えて座り込み、ガックリと肩を落としている。どう見ても修哉だった。


「修哉! いいところに! おまえ未来を見なかったか?」

「……」


 ちらっとこっちに視線を向けた修哉が、無言で俯いた。
 そういえば、なんで修哉がここにいるんだ。瑞穂は今日、仕事を休んでいると未来から聞いた。


「修哉?」

「オレ……あの子に頼んだ。おまえから離れろって」


 その言葉を聞いて、俺はすぐに修哉の胸ぐらに掴みかかっていた。
 強引に立ち上がらされる体勢になった修哉は抵抗を見せず、ぶらりと力の抜けた状態で俺から目を逸らす。


「未来はどこへ行った?」

「わからない……どこかへ消えた」


 どこかへ――

 自宅しか思いつかなかった。未来が行くところなんてそこしかない。
 携帯電話を取り出して、未来にコールする。

 話せなくてもいい……声が出なくてもいい!
 足止めになってくれるだけでいいんだ……頼む! 出てくれ!

 祈るような気持ちで呼び出し音を聴きながら鳴らし続けるけど、一向に出る気配はなかった。
 こうしている時間がもったいなくて、ひどくもどかしい。修哉に俺の携帯を投げつけると、驚いた表情でそれをキャッチした。


「車に乗れ! おまえ、これで未来にコールし続けろ!」

「えっ?」

「いいから早く! 乗れっ!」



**



 未来の家のアパートの前に車を停め、震える手でサイドブレーキを引き、飛び降りる。
 結局ここに着くまで一度も電話は繋がらなかった。助手席に乗っていた修哉が俺の後ろを追いかけくる気配がする。

 未来……ここにいないでくれ! 頼む。


 祈るような気持ちで、未来の家の縁側から引き戸を開けた。立て付けが悪く、かなり軋む。
 ここには二度と来たくはなかった。あの時の未来の絶望した表情を、泣き顔を思い出すから。だけどどうしても来なければならなかった。ここに未来がいないことを確認したかったんだ。

 茶の間には酒の飲みかけが置いてある。
 向かって右の部屋のふすまが半分だけ開いていた。


「未来っ!!」


 叫びながら茶の間に入り、右の真っ暗なふすまの部屋へ飛び込んだ。


「――――!!」


 目の前の光景に身体がぐらりと揺れる。




 遅かった――


 布団の上で制服姿のまま放心状態で横たわる未来の姿。
 胸元はさらけ出されていて、無残に引き剥がされた白いショーツが右の足首に引っかかっていた。


「未来……おい……」


 自分の着ていたジャケットを脱いで胸元にかけ、震える手で未来の上半身を起こし上げる。
 未来は俺を見ていない。どこか宙を見ているようだった。


「未来!!」


 その上半身を抱きしめるけど、全く力が入らない。俺の声も届いていないようだった。
 首がカクンと後屈する。まるで美しい人形のようを抱きしめているみたいだった。魂を抜かれてしまったようなその姿に、全身がガクガクと震え出す。
 

「――柊、おまえか」


 後ろでくぐもった声がして振り返ると、ふすまの入口の実父が座り込んでいた。
 そんなところにいたなんて、部屋の中が暗すぎて全く気がつかなかった。


「柊、おまえ……未来を抱いたろう?」

「――!?」


 暗闇の中で父の目だけがたゆたうように怪しく光って見えた。


「……何言って……?」

「未来は……はじめてじゃなかった。おまえ、嫌がる未来を無理に……」

「そんなことするわけないだろう!?」

 
 悔しそうに父が絞り出すような声を上げ、頭を抱えた。
 俺の怒鳴り声に未来がびくりと身体を震わせる。彼女に視線を戻すと、やっぱりどこを見るわけでもなく視線は宙を彷徨っていた。目の辺りは涙が乾いたようになっている。

 その頬に触れると暖かかった、というより熱い。よく見ると、赤く腫れている。かなり痛々しい。


「未来を殴ったのか?」

「……はじめてじゃないのか聞いたら、うなずいたからカッとなって、つい、な。恐怖に歪む表情も色っぽかった」


 俺の背後で父が力なく鼻で笑うのを聞いた。
 わざわざ報告するこの実父が、未来を貫いたと想像するだけで吐き気がした。


「黙れ……」


 こんな状況の中でも、俺は考えていた。
 未来は俺にバージンだと言っていた。嘘をつくような子じゃない。聞いた時の恥ずかしがり方は本物だった。

 ――あの時はそうだった……でも。


「……悠聖か?」


 未来の顔を見て、弟の名前をつぶやくと彼女の瞳がゆっくり閉じていった。
 まるでスローモーションのように、その瞼は小さく震えていた。憐れで苦しくて、見ているのさえ辛い。


“悠聖……くん”


 未来の唇がそう動く。
 そのままその意識が遠のいていった。


「未来! おい!!」


 声をかけても未来の瞳は開こうとしなかった。
 その目尻から涙が零れ落ちる。はらはらと髪にその雫が降り注ぐように見えて、俺まで泣きたくなる。

 こんな時まで、美しいだなんて――

 布団の上にあったピンク色のタオルケットを取り、しっかり未来の身体を包んで抱き上げた。


「どこへ連れて行く……?」


 父の力ない声が暗闇に響く。


「あんたのいないところだ!!」


 父に吐き捨てて、その部屋を出ると茶の間に修哉が呆然と立ち尽くしていた。
 俺は修哉を一瞥してその横を通り過ぎる。

 早く……少しでも早く未来をこの家から出してやりたかった。



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Date:2013/08/19
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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