第51話 兄の思い、わたしの思い未来視点
お兄ちゃんの部屋から声が聞こえた。会話が聞こえてくるから電話をしているのだろう。
そしてそれは、哀しげな声から少し怒ったような口調に変化してゆく。相手は修哉さんのようだ。
瑞穂さんに何かあったようだけど、詳しくはわからない。
でもお兄ちゃんがわたしのために家を出られないと言っているのはわかった。今はわたしが一番大切で、わたしのことだけを考えたいって言ってくれている。
すごくうれしい、でも……お兄ちゃんに負担をかけている気がする。
瑞穂さんはお兄ちゃんを好きなのかもしれない。それならわたしは瑞穂さんの邪魔をしているのだろう。
わたしはお兄ちゃんの優しさに甘えて、それを利用しているだけなのかもしれない。
胸がギュッと苦しくなる。
わたしは本当にここにいていいの?
**
その二日後。試験が終わったので、図書館のバイトに行った。
瑞穂さん、昨日と今日は休んでいると聞いた。本当は病欠で、急遽休暇扱いになったらしい。
やっぱり修哉さんからお兄ちゃんに電話のあったあの日、何かがあったのかもしれない。
わたしの携帯電話が震えて、見るとお兄ちゃんからのメールだった。
横溝高校は聖稜より少し試験日が遅いらしく、今も試験期間だ。そのため早く帰宅できるから『車で十九時に図書館前に行く』との内容だった。
一旦うちに帰ってから、わざわざわたしの迎えに来てくれるんだね。
時間があるなら、瑞穂さんのところに行ってあげたら喜ぶと思うのに。きっと元気も出るはず。
『ありがとう。こっちは遅れても大丈夫。
瑞穂さんのところへ行ってみたら? 体調崩しているみたいでお休みしているの』
さしでがましいかもしれないけど一応そう伝えてみた。
おせっかいすぎるかなとも思ったけど、わたしのせいで瑞穂さんが辛い思いをするのだけはいやだった。
すぐにわたしの携帯が震え、見るとお兄ちゃんからで『わかった、連絡してみる』との返信。
よかった。おまえに関係のないことだとか言われたら困るもの。お兄ちゃんだって瑞穂さんが体調悪いなら心配なはず。わたしがここにいれば大丈夫だってわかってるから、気兼ねなくお見舞いに行けるだろう。
ポケットに携帯をしまおうとしたら、また震えた。
お兄ちゃんからかと思い、画面を見ると。
「――っ!」
急に喉元が重苦しくなった。
その画面には『父』と表示されていたから。
締めつけられているんじゃないかってくらい、胸がドクドクいっている。
うまく呼吸ができない。息苦しさを感じて、その場でしゃがみ込んでしまった。静かに書架と壁の間に身を隠す。こんな姿を職員に見られたら早退するように言われてしまう。
このままにしていてもどうにもならない。ゆっくり呼吸をして、内容を確認してみた。
『今日帰って来なさい。おまえが一緒にいる兄の柊に手を出されたくなければ必ずだ。
忠告は一回だけだ。戻らなければどうなるかは自分で考えろ』
胸が痛い。上半身が重だるい。
義父はわたしがお兄ちゃんと一緒にいることを知っている。このメールを無視すれば、どうなるか。
わたしのせいで、お兄ちゃんが――
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