空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 44

第44話 穢される前に……

未来視点




 あと三日後に中間テストがはじまる。

 本来なら試験一週間前から図書館のバイトはお休みの期間に入るのだけど、少しでも長く仕事をしたかったのでなんとか館長に頼み込み、仕事を続けることができた。
 試験四日前、「成績が落ちて、バイトの許可が下りなくなったら困るからこれ以上は無理」と、館長に休むよう諭されたのだった。


 でも仕事を休めるおかげでいいこともある。
 佐藤くんに「一緒に試験勉強をしよう」と誘われた。彼はもうすべてを知っているから、お兄ちゃんの家で大っぴらに勉強できる。


 あれからお兄ちゃんに事実を聞いた。
 お兄ちゃんと佐藤くんは異父兄弟で、わたしと彼は何の関係もないという事実にホッとしたんだ。



**



 リビングのソファを少しずらして床にクッションを敷く。このテーブルが一番大きいから勉強しやすい。
 佐藤くんが窓際、わたしはその左斜め横に座って勉強をしている。こんな近くで彼が勉強をしている姿を見たことないから自然にテンションが上がってしまう。


 眼鏡の下の伏し目がちな瞳(勉強してるからね)
 まつ毛すごく長いんだ。鼻筋通ってるなあ。唇の形、すごくキレイ。


「弓月、そんなに見ないで」

「――!!」


 ノートから視線を逸らさず、彼が抗議するように訴えた。その頬が心なしか顔が赤く染まっている。
 あまりにも整った顔立ちだから、頬づえをついてまじまじと見てしまった。佐藤くんが集中できなかったらわたしのせいだ。軽く頭を下げて詫びると苦笑いが返って来る。こんな時間がすごく好きだ。

 気を取り直して、勉強を始める、けど。
 やっぱり横目で佐藤くんを見ちゃうよ。勉強全然集中できない。佐藤くんはちゃんとやってるのに。



 時計を見ると十八時を過ぎていた。
 ベランダのレースのカーテン越しの空が暗くなりかけている。こんなに時間が経っていたのに気づかなかった。ノートに向かっている佐藤くんの左手に触れると「何?」と少し疲れた顔で笑いかけられる。


“お腹、空かない?”

「んーそう言われると……」


 テーブルの上に置いておいたわたしの携帯が震えた。
 お兄ちゃんからのメールだ。


  『今日は帰りが遅くなるから先にご飯を食べて休みなさい。昨日のシチューが冷蔵庫にある』


 その携帯を佐藤くんが覗き込んできたから、そっちに向けた。
 眼鏡の奥の目を細め、その文字をじっくり読んでいる。少し不機嫌そうな顔でわたしを見た。


「兄貴、帰りが遅くなることがよくあるの?」


 首を横に振って返事をする。
 携帯電話に文章を打って佐藤くんに見せた。


『そんなにない。いつもバイト帰り迎えに来てくれる』

「……そっか」


 すごく安心したような表情の佐藤くんを見て、胸がほんわかした。
 わたしをひとりで家にいさせるのは心配? そんなにわたしのことを気にしてくれているの。

 ありがたくて、頬が緩んでしまうのを押さえるのに必死だった。




 軽い夕食を済ませると、佐藤くんが眠そうな顔で欠伸をしていた。
 わたしが洗い物をしている間に長ソファに横になったみたいで、キッチンから戻って来た頃には眠ってしまっていた。部屋から毛布を持ってきて彼にかけると、背が高いからソファから足がはみ出しているのに気づいた。

 わたしの部屋か、お兄ちゃんのベッドで休んでもらえばよかったかも。
 眠っているその顔を見たらあまりにも気持ちよさそうで笑ってしまった。本当にキレイな顔立ちで、まるで女の子みたい。

 そっと佐藤くんの左頬に手を伸ばす。
 触れるか触れないかのところまで伸ばして、引っ込めようとした時。


「起きてるよ」


 急に大きく目を開けた佐藤くんがわたしの手をぎゅっと掴んだ。
 してやったりといった顔をされ、頬を膨らませてふくれたフリをしてみせる。


“寝たふり? ひどい”

「眠くなってたのは本当」


 長ソファから起き上がって座り直し、自分の右側のスペースをポンポンと手で叩いた。
 ここに座るよう勧めてくれているみたい。遠慮なく佐藤くんの右隣にちょこんと座ると、いきなり右肩を抱かれた。

 いきなりのことで驚いて彼の顔を見上げると、すぐ傍に顔があって気がついた時には唇を塞がれていた。

 三回目のキス。だけどまだ慣れない。
 佐藤くんの唇があたしの上唇と下唇をゆっくり吸う。擦りあわせるように唇を重ねられ、どうしたらいいかわからず、彼のワイシャツを掴んで固まってしまった。

 今までのキスと違う。
 どうしよう。わたし、すごくドキドキしている。でもいやじゃないの。すごく、気持ちがいいの。でもどんな顔をしたらいいのかわからなくて、恥ずかしい。


「……弓月」


 唇が離れて佐藤くんを見ると、すごく真剣な顔をしていた。
 視線を合わせたまま、身体をソファに押し倒された。それは自然なことのように思えて、素直に従ってしまう。わたし達は見つめあったまま止まった。


「好きだよ」

“わたしも……”


 ドキドキしながら言うと、佐藤くんの上半身がわたしに覆い被さってきた。
 佐藤くんが好き。この人ならいい。

 もう一度そのままキスをされ、離れた時にわたしは意を決して口を開いた。


“シャワー浴びてくる”


 佐藤くんが驚いた表情でわたしを見た。


「弓月……」

義父ちちに、穢される前に……”


 彼の目を見て哀願すると、悲しげな瞳が揺れているように見えた。
 そのままもう一度唇が重ねられて、小さな声で「わかった」と囁かれた。
 


**



 わたしの部屋の照明はすべて落とした。
 真っ暗な空間でよく見えないまま抱き合った。大きな広い胸がわたしをすっぽりと包み込む。
 熱のこもった身体が心地よくて、抱きしめられているだけで蕩けてしまいそうだった。きっとわたしの顔は真っ赤になっていると思う。恥ずかしいから見えなくてよかった。

 唇も手も義父のものとは全く違う。
 暖かくて優しくわたしの身体に触れるその長くてしなやかな指。

 音も何もないこの部屋で聞こえたのはわたしと佐藤くんの息遣い。
 それと……。


「……好きだよ、未来」


 わたしの名を呼び捨てにする、彼の切なげな声が吐息と共に耳をくすぐる。
 そのまま唇がわたしの耳朶を食み、甘く噛みつかれ、吸われた。
 それだけでも全身がゾクゾクして自然に涙が出てくるのに、容赦なく舌がそっと耳を這う。濡れた音が直接脳に響いているようだった。震えが止まらなくて、その度に彼の胸の中でわたしの身体が跳ね上がる。

 何度も耳元でそう囁かれて、その度にわたしの心まで震えた。
 わたしはこの人に愛されている。必要とされているって思えて、幸せのあまり必死でしがみつく。


 何度も重ねられたその唇は愛の言葉を紡ぎ。
 何度も触れられたその手はわたしの感じる部分を優しく愛撫する。
 何度も重ねられたその体幹はわたしのそれを強く掻き抱き、切なくなるくらい締めつけた。


「――痛い? ごめん……力、抜いて」


 破瓜の痛みで涙を流すわたしに謝りながら、佐藤くんはゆっくり奥へ進んでゆく。
 
 泣きたくなんかないのに涙が溢れ出す。
 彼が入って来る時は自分の中が軋むような感覚と強い抵抗を感じた。灼熱感を伴う痛みで身体が裂かれるようだった。


「噛みついて、いいから」

 
 差し出すように顔の近くに近づいてきた佐藤くんの肩。
 程よく筋肉のついた彼の二の腕を掴んでいた自分の手を離し、首にしがみついて肩口に歯をあてた。だけど噛みつくことはできなくて、そこに額を押しあてる。


「――っ!!」

 
 入ったあとに動かれた時、更なる痛みがわたしを襲った。だけど辛くはなかった。
 愛されている。その実感がわたしをどんどん昂ぶらせ、徐々に痛みは甘い刺激に変わっていく。それなのに溢れ出す涙は一向に止まってはくれなかった。

 そして、自分が自然に潤って蜜を生み出していることを実感していた。
 これはわたしの身体が彼を求めている証拠なんだって思った。恥ずかしいけど、心より身体の方が正直だ。

 繋がりあうふたつの身体は熱を帯び、解放の時を目指して揺さぶりあう。
 身体の奥深いところで押し寄せてくる大きな波のようなものが頂点に到達して弾けた時、わたしは意識を手離していた。






「大丈夫?」


 佐藤くんに頭を撫でられて、意識を取り戻した。
 暗闇に目が慣れて、佐藤くんの顔が見えたからゆっくりうなずく。どのくらい意識を飛ばしていたんだろう。見当もつかなかった。


「痛かったよね。ごめん」


 優しく何度も頬を撫でられて、小さく首を振る。
 痛かったけど、幸せだったよ。
 好きな人に抱かれるのが、こんなにも幸せなことなんだってわかったから。




 腕枕をされて少し目を閉じると、徐々に眠くなってきた。

 わたしが唇で「佐藤くん」と呼ぶと、彼が首を横に振った。
 首を傾げて顔を覗き込むと、「名前で呼んで」と乞われ、額に口づけをされる。躊躇いながら「悠聖くん」と唇を動かした。


「照れくさいね」


 悠聖くんが小さく笑う。
 わたしもつられて笑ってしまった。


「未来、ありがとう」

“なんで……?”

「なんでだろう? でも、ありがとう」


 悠聖くんの手が何度もわたしの頬を撫でる。
 わたしの方がお礼を言うべきなのに。父に穢される前に好きな人にって思ったから……悠聖くんを利用したのはわたし。それなのに。


 ありがとう……悠聖くん。


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Date:2013/08/14
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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