空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 39

第39話 交錯する関係

未来視点




 図書館で本の整理をしていると、後ろから右肩を叩かれた。
 そこには優しい笑顔のお兄ちゃんが立っていて、軽く右手をあげた。


「今日は本を借りに来た。終わるまで待ってるから」


 小さい声で周りに聞こえないようにわたしに伝えた。
 指でOKマークを示して、本を片付け続ける。そこに瑞穂さんが来た。


「あら。柊、随分ひさしぶりじゃないの? 最近連絡もくれないで」


 瑞穂さんが頬を膨らませて、少し怒ったような表情をしている。
 わたしよりずっと年上だけどそういう仕草かわいくて憧れてしまう。甘え上手って瑞穂さんみたいな女性のことなんだろうな。


「最近俺も忙しいんだよ。そのうち修哉と三人で飲みに行こう」


 お兄ちゃんがエアグラスを持ち、飲むようなジェスチャーをして見せると満足したような笑顔で瑞穂さんがうなずいた。それをわたしは横目で見ている。

 三人でって強調したところに、わずかに胸が疼いた。なんでだろう。よくわからない。
 そんな気持ちを持て余していると、ポケットの中で携帯電話が震えた。佐藤くんからのメールだ。
 

  『今日、バイト何時まで?』


 短いひと言だけ。なんだろう。いつも終わり時間なんて聞かれないのに。
 いつもはわたしが仕事を終える十九時ちょっと過ぎを見計らって『お疲れ様』メールをくれる。今日はいつもと違う。なにかあったのだろうか。


  『いつも通り、十九時までだけど、何かある?』


 なんだか雰囲気が違う佐藤くんが酷く気になって、すぐに返信した。
 まさか、迎えに来るとかじゃないとは思うけど、そうじゃないとも言い切れない。返信を待たずにポケットに携帯電話を入れると、すぐにそれが震えた。


  『そっか、わかった。また電話しようと思ってたんだ』


 佐藤くんの返信はそれだった。
 また電話してくれるつもりだったってわかって、すごくうれしかった。


  『ありがとう! 十九時半過ぎには家に着くと思う。うれしい』


 即返信して本を片付け始めた。
 頑張ってたくさん終わらせよう。楽しみがあるとやる気が出る。



**



 十九時にすぐ仕事をあがり、帰り支度をして図書館を出た。
 お兄ちゃんが図書館の門の前に立っている。少し小走りでそっちに近づくと「お疲れ様」と、ニコッと笑いかけられた。ペコリと頭を下げて笑い返す。


『瑞穂さんや修哉さんといつ飲みに行くの?』


 さっきお兄ちゃんが瑞穂さんにしてみせたように飲みのジェスチャーをする。
 それを見てお兄ちゃんが苦笑いをした。


「まぁ近いうち一回くらいは行っておかないとな」

“飲み過ぎないでよ”

「わかってる、悪かったって」


 とぼけたような態度で肩をすくめながら、お兄ちゃんがわたしに頭を下げた。
 あの日、お兄ちゃんは変な飲み方をしていたと修哉さんが言っていたのを思い出す。飲むことでストレス発散できるなら、家でも飲めばいいと思うけどあれから飲んでいる姿を見ない。

 翌日は二日酔いっぽかったけど、修哉さんに言われたことを気にしているような感じはなかった。
 わたしのせいでお兄ちゃんにいやな思いをさせたり、友達と気まずい雰囲気にしたりするのはいやだった。だけどそれはわたしの思い過ごしだったみたい。よかった。


 他愛もない話をしながら家まで帰ってきた。
 マンションのオートロックをお兄ちゃんが解除して自動ドアが開いた時――


「――――どういうことだ?」


 エントランスに入ろうとしわたしとお兄ちゃんの背後から声がした。

 聞き覚えのある声に、わたしの心拍が上がった。
 いやな予感を抱きながら、ゆっくり振り返る。


「――――!?」


 左手で自分の声の出ない口を覆った。
 声は出ないけど、思いきり息を吸い込んだ音は大きく聞こえてエントランスに響いた。

 なんで……佐藤くんがここにいるの?


 ただ、驚きはそれだけじゃなかった。


「悠聖?」


 お兄ちゃんが佐藤くんをそう呼んだ。
 みるみるお兄ちゃんの顔が強張っていく。


「どういうことなのか説明してくれよ、兄貴」


 わたしの右手から鞄が離れ、大きい音を立てて床に落ちた。
 佐藤くんとお兄ちゃんが、兄弟?

 それを知って、頭の中が真っ白になった。



 落ち着こうとしても、感情がついていかない。うまく思考がまとまらない。
 兄弟と言われても信じられない。だって似ている部分がまったく見受けられない。考えてみたら同じ名字だけど、佐藤さんはどこにでもいると前にお兄ちゃんと話していた。だからというわけじゃないけど疑いもしなかった。
  


 佐藤くんがわたしの方に歩み寄ってくる。
 何か言われる? どうしたらいいかわからなくてただ俯いていると、目の前に今落とした鞄が差し出された。鞄を拾ってくれたんだ。


“ありがとう”


 わたしの視界からは佐藤くんの足元辺りしか見えない。
 どんな表情をしているのだろうか。怒っているのかもしれない。こんなふうに唇でお礼の気持ち表現しても、俯いているから佐藤くんに伝わるわけがない。

 鞄を受け取ろうと震える右手を差し出すと、佐藤くんにその手をギュッと握りしめられた。
 驚いて見上げると、わたしの身体はそのまま彼の胸に引き寄せらた。そのままぐっと背中に手を回されて抱きしめられる。


「なんで兄貴が僕の彼女と一緒にいるんだ」


 頭の上で佐藤くんの少し怒りを含んだような声がした。
 胸がドキドキして少し苦しいくらいだ。『僕の彼女』と称されて、改めてそのことを実感する。

 
 わたし達を見て、お兄ちゃんはどう思ったのだろうか。







「弓月、ここに住んでるの?」


 中で話すことになり、佐藤くんも一緒にお兄ちゃんの家の玄関に入った。
 驚愕の表情を見せる彼にうなずいて肯定する。すぐにその顔は悲しげに歪み、そして少し震えているようにも見えた。そんな佐藤くんを見ているのが辛かった。

 どうしよう、どうしよう。佐藤くん、呆れている。
 それよりお兄ちゃんと佐藤くんが兄弟だなんて、わたしと佐藤くんの関係はどうなるの? 喉元が詰まりそうな感覚に、息苦しさを覚えた。


 玄関口でお兄ちゃんが「未来は部屋に入ってなさい」と指示した。
 佐藤くんも驚いた顔をしてお兄ちゃんを見る。たぶんわたしも同じだっただろう。だけどお兄ちゃんは顔色ひとつ変えていなかった。


「俺が悠聖に話すから」

“ダメ! 言わないで!”

 
 必死で唇で伝えると、お兄ちゃんの表情が曇った。それはすぐに困惑顔に変わり、小さく首を振る。
 わたしはお兄ちゃんの両腕を掴んで訴えかけた。


“お願い! 佐藤くんに嫌われちゃうっ”


 哀願するわたしの顔を見てお兄ちゃんは一瞬目を見開いた後、眉間にシワを寄せた。
 わたしの目から涙が零れるのを辛そうな表情で見ている。お兄ちゃんも、その後ろに立っている佐藤くんも涙で歪んで見えた。どうしても知られたくない。


“嫌われたくない……”


 堪えようとすると余計に溢れてくる涙。
 義父に性的虐待を受けてたなんて知られたら、絶対に嫌われる。首を振って阻止すると、頬からもっと涙が流れ落ちた。


「弓月、おいで」


 目の前に佐藤くんの手が差し出された。
 わたしはお兄ちゃんの腕から手を離し、その手を握る。やっぱり暖かくて、手離したくないと願ってしまう。


「大丈夫、弓月を嫌いになったりしないから」

“嘘! 絶対嫌いになる”


 佐藤くんを見上げて怒鳴るように唇を動かすと、彼は眉を下げて口元だけで微笑んでみせた。


「大丈夫だから、信じて」


 優しい彼の手がわたしの頬に流れる涙を丁寧に拭ってくれる。
 ギュッと胸が鷲づかみされるようだった。

 佐藤くんがお兄ちゃんにわたしの部屋の場所を確認する。
 その部屋の扉を開け、彼の手がそっとわたしの背中を押す。それに従うしかなかった。

 背後で扉が閉められ、その音がわたし達の終わりを告げたような気がした。
 真っ暗な部屋にひとり乗り残され、ぎゅっと目を瞑る。


 佐藤くんに嫌われたらどうしよう。せっかく好きって気持ちに気づいたのに。



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Date:2013/08/12
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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