空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第7章 第91夜 恩愛

 叔母夫婦に会いに行った翌日の月曜から、翔吾さんは毎日マンションには帰宅せず実家の方へ帰って行った。

 一週間わたしをひとりぼっちにするのは忍びないから咲子を呼ぶように言われ、その都度「大丈夫」と伝えたけども、結局彼が声をかけたようだ。
 その週の水曜から金曜まで咲子が翔吾さんの家に泊まりに来てくれることになっていた。


「どれだけ雨宮さんって心配性なのよ」


 着いた時、咲子に含み笑いをされた。恥ずかしくてしょうがない。
 きっとわたしの顔は真っ赤になっていたと思う。咲子はそんなわたしに気づいたのか「まあ、どんな家に住んでるか見てみたかったから」と付け加えてくれた。


 翔吾さんが一週間「自宅から通勤する」と言い出したのは、叔母夫婦の家から帰ってくる車中でのことだった。
 いきなりのことで驚いたけど、わたしは何も聞かず受け入れた。
 翔吾さんの考えがあってそう決めたことだし、口出しは無用だと感じたから。

 今週末、翔吾さんと共に彼の実家へ行くことが決まっている。
 それまでに翔吾さんなりにご両親に話をしたいんだろうなと思った。


 咲子からは営業部での話をたくさん聞いた。
 翔吾さんは相変わらず女性社員とはあまり関わらないけど、晴花さんにはよく声をかけられているとか。
 だけど晴花さんの本命は三浦さんのようで(これ、知らなかったから話を聞いてビックリした)ベタベタしまくりとか。
 それを見てる高畑先輩が苛立ちを隠せなくて、晴花さんに意地悪をしたそうだけど専務の娘だからそうも出来ないようで上辺だけのつき合いをしているだとか……。


「だけど、湯田さん結構頑張ってるのよ。最初はミスばっかりで見てられなかったよ。それに本人も開き直ってたし。だけど三浦さんに厳しく言われたのかわからないけど、急にやる気になっちゃって」

「そうなの? 三浦さんと晴花さんってつき合って……?」

「それはないない。三浦さんは煙たがってるもの」


 楽しげに笑う咲子を見て、少しだけ腑に落ちなかった。
 三浦さんは誰にでも優しい。それこそわたしにだってとっても親切にしてくれたから、人を煙たがる姿なんか想像できない。

 咲子は翔吾さんと晴花さんのお見合い話の件は知らないようだった。
 だけど「あの子最初は雨宮さん狙いだったのに」と唇を尖らせて言われたものだから少しヒヤッとした。
 営業部でわたしと翔吾さんの関係を知っているのは上司と三浦さんと咲子だけ。だから今後も内緒にしてとお願いしておいた。

 高畑先輩が、晴花さんよりわたしのほうがよかったと言ってることや、南雲係長が時折寂しそうな表情をしていることを教えてくれた。
 たまには営業部に顔を出すようにとも。そうすれば南雲係長の元気も出るんじゃないかって。

 

 咲子に来てもらえてよかったって思った。
 たくさん話できたし、すごく楽しかった。翔吾さんに感謝しないといけないな。


 翔吾さんからは毎晩メールと電話が来ていた。
 何か困ったことはないか? とかの内容ばかりで、実際何の用もないみたい。
 こんなにも心配されるとどうしたらいいかわからなくなるくらいだけど、本当はうれしかった。
 

 そばに翔吾さんがいない間、いろいろ考えていた。

 翔吾さんが入社してきてからのことを。
 いきなりわたしに仕事を頼み、なんで自分なんだろう? ってすごく腑に落ちなかった。
 わたしを先輩扱いしないことや、利用しやすいと言われ腹を立てたこともあった。後に勘違いだと気づいたけど、正直煙たかった時期もあった。
 なんでこんなイケメンがわたしに構うの? いい加減にしてと思いながら「大嫌い」と口にしたことも。

 そんな過去を思い出して、おかしくなってしまう。

 なんて強引な人なんだろうって思ったことも、そして海原さんや晴花さんのことも……父とお姉さんのことも。
 だけど、翔吾さんはわたしが彼を知る前からずっと見ていてくれて、そして好きだと言ってくれた。
 様々な障害を乗り越えて、今一緒にいる。それは奇跡と言っても過言じゃない。


 もう、逃げない。ちゃんと前を向いて歩んでいく。
 そう決めたのだから。



**


 
 そして土曜日。
 
 翔吾さんの実家へ車で向かった。
 運転席の彼は終始浮かない顔をしていたけど、わたしと目が合うとニッコリと笑顔を見せてくれる。
 ただその笑顔が疲れているのがわかるから、申し訳ない気持ちと少しだけ不安が入り交じる。
 きっといい反応はなかったんだろう、わかるから何も言えなくて。

 不安がないわけじゃない。だけど、わたしも自然に翔吾さんへ笑顔を向けていた。


 着いた途端、わたしは思いきり首を逸らして翔吾さんの家を見上げた。
 アメリカンスタイルのゆったりとした庭、ガレージは余裕で二台駐車できるスペースがある。
 

「ほら、おいで」


 あわあわするわたしの腕を引いて、翔吾さんが玄関の扉を開けた。
 こっ! 心の準備がって言おうとしたのに、扉前で深呼吸したかったのに。


「ただいまー」


 玄関に入った途端、吹き抜けから光が降り注いできた。
 すごく開放感のあるエントランス。まるでドラマに出てきそうな洋風の造り。
 玄関前に敷かれたマットもその上に二足並べられたスリッパもオシャレな花柄の色違い。置いてあるアンティーク風のアイアン傘立てはハートのモチーフでとってもかわいい。
 飾られたガラスの花瓶もアンティークで、大きなヒマワリが生き生きとしている。


「どうしたの? 雪乃、早く上がって」


 すでに靴を脱いで上がってる翔吾さんがわたしの腕をくいくいっと引く。
 

「おかえりなさい、翔吾」


 玄関から見える突きあたりのオシャレな白い縁のガラスの扉から翔吾さんのお母さまらしき人が出てきて、一気に緊張が増す。
 ふんわりと緩やかなウェーブのかかった髪は肩より少し長め、淡いピンクのへちま衿のブラウスに白の膝丈のタイトスカート姿。
 フランス人形のように美しくてとっても若いお母さま。だけどわたしの胸の中は複雑だった。

 翔吾さんのお姉さんによく似ているから。

 だけどそんなことを考えていちゃだめなんだ。この人は翔吾さんのお母さま。気持ちを入れ替えるために小さく呼吸を整える。
 玄関までゆっくりと歩んでくるその姿はモデルのようで、何をしても美しく見える。翔吾さんもお母さま似なのかもしれない。

 
「暑かったでしょう? 冷たい飲み物用意するわね」

「母さん。彼女」


 わたしの手を引いた翔吾さんがこっちを振り返った。
 その表情がすごく慈愛に満ちていて、少しだけほっとする。
 頭を下げてからお母さまに目を合わせると、無表情でわたしを見ていてドキリとした。


「はじめまして、風間雪乃と申します」


 わたしの声は少し震えているように聞こえた。
 それを聞いていたお母さまはどう思っただろう。軽く目を伏せて小さくうなずくと、さっさと背を向けて歩いて行ってしまった。

 その背から伝わる感情は――拒絶。


「母さん!」


 それを引き止めるように翔吾さんが声をあげたから、わたしは掴まれている手を引いた。
 怒ったような表情の彼が振り返ったのと同時に、小さく首を振って制する。
 加えて目でやめるよう訴えると、翔吾さんが少しだけ俯いた。


「ごめん」


 わたしの手首を掴む翔吾さんの手に少しだけ力がこめられた。
 このくらい大丈夫だよ。覚悟してきたもの。
 わたしだって父の再婚相手に似ている翔吾さんのお母さまを見て動揺したからわかる。
 お母さまだって、父に似ているわたしを見ていい気持ちはしなかったに違いないから。


「謝らないで」


 ちゃんとできていたか不安だけど、笑いかけてみせた。
 

 翔吾さんに手を引かれるままダイニングへ行くと、まず大きな窓が目に入った。
 その大きな窓と平行に置かれた茶色の高そうなソファセットに翔吾さんのお父さまが座っている。


「いらっしゃい」


 銀縁の眼鏡の奥から覗く目が穏やかそうな印象を受けた。
 髪は短くて少し白髪交じりだけど、水色と白のストライプのポロシャツを着ていてとっても若々しい。


「はっ……はじめまして。風間雪乃と申します」


 緊張のあまりどもってしまった。
 くすくすと笑う翔吾さんが少し恨めしく感じて睨みあげると、気持ちが通じたのかすぐに笑うのをやめた。
 背中を軽く押され、お父さまの座っているソファへ導かれる。そしてなぜかお父さまの向かいに座らされた。そこは翔吾さんの場所じゃないの? って思って目を合わせたけどうなずかれるだけだった。


 すぐにお母さまがお茶を運んできてくださった。そのティーセットもウェッジウッドのワイルドストロベリーパステル。
 雑貨や洋食器の雑誌でよく見かけてて、いつか手にしてみたいと思ってた憧れの逸品! 
 それが目の前に置かれて、触れるのすら躊躇われた。落として割ってしまったらどうしよう……。

 
「雪乃、緊張しすぎ」


 わたしの隣で翔吾さんがくすっと笑う。
 だってウェッジウッドだよ? 緊張しない方がおかしい。
 ああっ、翔吾さんったらそんなに雑に扱って……見てるほうがひやひやしちゃう。

 気になってお母さまのほうを確認すると、素知らぬ顔で紅茶を飲んでいた。
 
 翔吾さんとお父さまが和やかな雰囲気で話す間、お母さまは全く口を挟まなかった。
 お父さまに仕事のことや趣味などを訊かれ、わたしも会話に混ぜてもらえたけどお母さまは終始無言。表情も硬い。


「母さん、どうしたの? いつもうるさいくらいおしゃべりなのに」

「余計なことを言わないでちょうだい」


 翔吾さんが気を遣って声をかけても、ぷいっと顔を逸らしてしまう。
 お父さまと翔吾さんが目を合わせて小さくため息をついたのがわかった。

 わたしがここにいなければ、お母さまだっていつも通り話せるはずなんだよね。そう思ったら急に悪い気がしてきた。
 少しだけでも席を外して、三人で話せる時間を作ってあげた方がいいような気がする。

 そう思って、わたしはトイレへ離席した。


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Date:2013/08/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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