空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 30

第30話 好きにして……

未来視点




 暗いリビングのソファで目が覚めた。
 携帯電話で時間を確認すると二十三時四十分。わたしはここでどのくらい眠っていたんだろう。
 柊さんに抱きしめられて、そこまでは覚えているのに、気持ちよくて眠っちゃったみたいだ。

 リビングの電気をつけ、キッチンテーブルを見ると、ラップをかけたおにぎりが三個お皿に乗っていた。
 それにメモが貼りつけてある。


  『起きたら食べるべし!』


 キッチンに飲み物を取りに行くと、コンロの上の片手鍋にもメモが貼りつけてあった。


  『温めて食べるべし!』


 ふたを開けたらお豆腐とわかめのお味噌汁。ふわんとお味噌のいい匂いが漂う。
 火をつけてしばらく経つと鍋がコトコトいい始めて、さらにいい匂いがしてきた。わたしが眠っている間、柊さんがおにぎりを握って、このお味噌汁を作ってくれたんだ。その姿を想像して笑みがこぼれてしまう。



 大きいキッチンテーブルでひとり手を合わせておにぎりを食べて、お味噌汁を飲んでお茶をすすった。
 本当においしい、そう心の中でつぶやいてた。おにぎりの梅干の酸っぱさに感動してみたりした。

 いつの間にか、泣きながらおにぎりをほおばっていた。


 わたしはどうしてここにいるの?
 柊さんはなんでわたしにこんなに親切にしてくれるの? わたしは柊さんに何を返せるの?


 食事を終え、シャワーを浴びながらずっと考えていた。
 わたしには何もできない。できることなんて。



**


 
 柊さんの寝室の扉をノックするけど反応がない。
 もう寝ちゃったのかな。向かいの部屋に戻ろうとしたら、後ろで扉の開く気配がした。


「んー? どした?」


 少し寝ぼけたような柊さんが目を擦りながら立っていた。
 完全に寝てたみたいだ。起こして悪いことしちゃった。


“起こしてごめんなさい”


 唇で伝えると、柊さんがわたしの頭を撫でてくれた。


「気にするな。おにぎりは食べたか?」


 うん、とうなずくと、柊さんもうなずいて「よしよし」とまた頭を撫でられた。
 まるでかわいがられている飼い犬みたい。だけど心地いいから、柊さんに撫でられるの、すごく好きだ。

 柊さんの寝室を指差して顔を見つめると、すぐにわかって入れてくれた。


「今日もこっちで寝るの? いいけど自分のパジャマ着れば? 俺のじゃ大きいだろ?」

“これがいいの”


 柊さんが貸してくれたパジャマは、わたしのお気に入りになった。
 柊さんの匂いがして、まるで守られているみたいな気持ちになれるから。




 すでに暗い部屋のベッドにもぐり込むのは簡単だった。
 柊さんは優しい……わたしの救世主だから。


「少しだけ明るくしておくよ。真っ暗だと未来の唇が読めないから」


 右側の壁の方に寄ると、柊さんはゆっくり左の方からベッドに入って来た。
 少しだけベッドが沈む感覚に、ひとりじゃないっていう思いと緊張が入り交じってドキドキが加速していく。


「昨日はすぐに寝てたもんな」


 うなずいて答えると、柊さんが左手で優しくわたしの頭を撫でてくれた。
 何度も撫でられたその柊さんの左手をそっと両手で握りしめる。その手をお布団の中に入れながら、わたしは柊さんに少しずつ近づいた。
 不思議そうにわたしを見つめる柊さんを見てから、ぎゅっと目を瞑り、その手を自分の胸に押し当てる。


「……未来?」


 柊さんが見られない。
 どんな顔をしているかなんてわからない方がいい。不快な顔をされていたらいやだもん。
 目を閉じたまま、ゆっくり唇の動きで伝えた。


“好きに……して”


 心臓がドキン、ドキンってうるさいくらい高鳴っている。
 たぶん柊さんの手にも伝わっているはず。お布団に入った時、パジャマのボタンはすでに外しておいたからわかっているはずだ。

 ――柊さんなら、いい。

 そう思ったのに。


「何考えてるんだ!」


 柊さんの怒鳴り声と共に、思いきり手を振り払われた。
 目を開くと、怒った顔の柊さんが上半身を起こしてわたしを見下ろしている。こんなに怖い顔を見たのは初めてだった。


「俺がさっき言ったこと覚えてないのか? 自分を大切にしろって!」

“だって! わたしは何もできない!”


 こういう時に声が欲しい。
 わたしの思い伝えられない……もどかしい。悲しくて、悔しくて、情けなくて、怖くて、涙が出た。なんでわたしはこんなに無力なの?

 叫ぶように唇で訴えるしかできない自分がいやだった。



 しばらくわたしの泣きしゃっくりの引きつけたような音だけが部屋に響いた。
 先に口を開いたのは柊さん。


「何もしなくていい」


 困惑顔で柊さんがわたしを見つめて、優しく頭を撫でる。
 その手が暖かくて、わたしの涙が流れ続けて止まらない。あんなにわたしを怒ったのに、こんなに優しい手と声はずるいよ。余計に涙が止まらなくなる。


「俺のために何かをしようなんて思わないでくれ……頼むから」


 柊さんの方が泣きそう。なんで?
 それに、わたしが唇で表現した言葉も伝わっている。こんなにもすぐに唇の動きを読めるようになるなんて信じられない。もしかして柊さんも読唇術を勉強してくれているのかもしれない。


「これからは俺を『お兄ちゃん』と呼ぶんだ」

 
 ――え? お兄ちゃん? なんで?
 ビックリして起き上がると、柊さんが真剣な顔でわたしを見つめている。
 柊さんの大きな手がわたしの右頬を包んで、目許に滲む涙をそっと拭ってくれた。


「俺は、未来の……兄なんだ」

「!?」


 柊さんがわたしのお兄ちゃん?
 わたしの本当の父の息子? 柊さんが、あの時の?
 身を乗り出し、柊さんの前に正座してじっくりその顔を見つめた。


“お……にいちゃん……なの?”


 唇で伝えると、柊さんがわたしの目をじっと見つめて小さくうなずいた。
 嘘を言っている顔ではない。柊さんの顔が自分の涙で歪んで見える。
 
 信じられない気持ちでいっぱいだったけど、それ以上にうれしかった。
 だってあの時のお兄ちゃんが柊さんみたいになっててくれたらいいって想像していたから。まさかそれが本人だなんて奇跡みたいなことありえないと思う。だけど――


“お兄ちゃん”


 柊さんの……お兄ちゃんの首元に抱きつくと、ぎゅっとわたしの背中を抱きしめてくれた。
 それはとても強い力だった。暖かくて、もう二度と離れたくないって思った。


「未来、ごめんな。早く言えばよかったな。勇気がなくて……なかなか言い出せなくて、ごめん」


 わたしはお兄ちゃんの腕の中で何度も首を横に振った。
 言ってくれただけでいい。うれしい。柊さんがわたしのお兄ちゃん。お兄ちゃんを信じようって思った。

 妹だって受け入れてくれた、それが本当にうれしかった。



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Date:2013/08/07
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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