第29話 俺の大切な……柊視点
職員会議中、何を話し合っていたのかさっぱり覚えていない。
話が耳に入っていてもさらさらと砂のように落ちてゆく。用意したメモ用紙も真っ白だった。
生徒の金子麻美から聞いた情報が衝撃的過ぎた。
実父の盗作疑惑、未来がヌードのデッサンモデル、集団レイプ事件。
どれも未来にとっては過酷な内容で頭がおかしくなりそうだった。
それと金子の言い方も気になる。
――ただあの子かわいいし、しゃべれないし――
その後、何を言いたかったんだ?
しゃべれない人間はこんな目に遭ってもしょうがないとでも言いたかったのか? かわいいのもしゃべれないのもみんな未来のせいじゃないのに。
そんなふうに金子に腹を立ててもしょうがないのはわかっている。俺の方がガキみたいだ。
**
未来を図書館へ迎えに行き、無事を確認しても俺の胸の中はモヤがかかったみたいだった。
くるくる変わる未来の表情を見て、余計に苦しくなる。
噂が全て本当ならなんでこの子ばかりそんな辛い目に遭うんだ。万が一、本当なら俺は未来の前で笑うことすらできなくなりそうだ。俺がこんなに弱くてどうする。
辛いのは未来なのに、自分のことのように苦しい。
結局俺は辛い未来を見て……哀れんで、同情しているだけの偽善者。最低だ。
それなのに、未来は俺の前で笑う。それも幸せそうに。
昨日、あんなに酷い目に遭ったのに。なんでこんなに笑顔を見せられるんだろうか。俺のほうが未来を元気付けてやらないといけないのに。何もできない。
*
家で未来と少し長めに話した。
未来の彼氏の話、そしてその時、俺は真実を知った。
未来はまだ、バージンだった。
この時ほど神様に感謝したことはないだろう。
まだ実父に純潔を奪われてはいなかった。レイプ事件もデマだった。だけど、俺の実父に性的虐待をされていたことには変わりないし、ヌードモデルだって事実だろう。
だけどもうそんなことをさせたりしない。これからは俺が未来を守る。
あまりにもほっとして、未来を抱きしめて泣きそうになった。いや、隠れて少し泣いた。
未来が俺の腕の中で何度もうなずいて、しっかり抱きついてきた。
俺の大切な妹。もう辛い目になんか遭わせたくない。この子に降りかかる障害を全て取り除いてやりたい、それが無理なら代わりに俺がその運命を引き継いでやりたいとさえ思う。
俺は、新しい父に大事に育てられた。だけど未来は俺の実父のせいで――
「よし! ご飯を食べるぞ」
未来の背中をポンポンと軽く叩いて抱きしめていた身体を離すと、彼女の身体がズルッと滑り落ちた。
慌てて自分の腕に未来の身体を寄りかけて顔を覗くと、口を半開きにして気持ちよさそうに眠っていた。あどけない寝顔がかわいくて、つい笑ってしまう。
そのままソファに横にして、起きるまでそっとしておくことにした。毛布をかけてリビングの照明を落とす。
静かに自分の寝室へ移動し、着替えを済ませると二十時半を過ぎていた。
ひとり暮らし歴五年目は伊達ではなく、料理も家事も得意な方だ。
未来は好き嫌いはあるのかな? それすらもわからない。情けないけど今はしょうがない。これから少しずつ未来のことを知っていこう。それでいい。
寝室の机の上に置いた携帯電話が鳴って、見ると修哉からだった。
「おう」
『よう』
他愛もないただの挨拶。修哉とはいつもこんな感じだ。
数少ない、俺の気のおけない仲間。なぜか修哉の声を聞くと、すごく落ち着く。
『特に用はないんだけど、近いうちにふたりで飲まないか?』
「いいよ」
修哉には未来のことを話そうと思っていたから丁度いい。
俺にも修哉にも実の父親がいない。そういう繋がりもあるし名前が似ているのもあるし、なんと言っても気が合う。
「なぁ、修哉。普通『つき合ってる』って言ったら恋人同士だよな?」
『は? 何おまえ……どうかした? 女でもできた?』
修哉のトーンダウンした感じの声が聞こえてきて、何気なく探りを入れられている気分になった。
急に自分の聞いていることが恥ずかしくなり、笑って誤魔化しておく。
「そうじゃない。忘れてくれ」
『変な奴』
鼻で馬鹿にするような笑い方をして、修哉が電話を切った。
このサッパリした修哉の飾らない態度も好きだ。俺にとっては兄弟みたいなもの。
やっぱりつき合っていると言ったら恋人だよな、再確認して恥ずかしくなった。
未来にはその感覚が欠落しているのか? 相手の男が不憫すぎる。今まで好きになった男はいなかったのだろうか?
いつか未来には、いい男を見つけて幸せになってほしいんだ。
その幸せを与えてくれるのが、今の恋人ならそれはそれでありがたいとさえ思う。
→ NEXT→ BACK
Information
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学