第28話 彼氏なの?未来視点
佐藤くんがわたしの彼氏だと柊さんからいい聞かされて顔が熱くなってきた。
想像しただけで恥ずかしい。それにわたし、佐藤くんに好きって言われてないよ。それなのにわたしの彼氏? 恋人なの?
「つき合うってことはどういうことだかわかるか? 好きって気持ちはわかるな」
柊さんに聞かれ、わたしはおずおずと見上げた。
なんでこんな講義みたいな説明になるんだろう。つき合うに関してはよくわからないけど、改めて問われると好きって気持ちもよくわかってないかもしれない。
自分の感情なのに情けない。男の子のことをそういう対象として意識したことがないにしても、おかしいよね。
「相手は未来と手を繋いだりデートしたりキスしたい、もちろんそれ以上もって思っているはずだ」
あまりにビックリして、持っていた携帯電話を膝の上に落としてしまった。
佐藤くんがわたしと? 想像しただけでおかしくなりそうだった。恋愛のことはよくわからないけど、キス以上のことはわかっているつもりだ。自分で自分を耳年増だと思っているから。
『ボーイフレンドとだってデートするでしょ?』
「しない」
“そうなの?”
唇で聞き返すと、柊さんはうんと大きくうなずいた。
じゃ、橋本先輩が映画に誘ってくれたのもそういう意味だったの? もしかしたら、わたしは橋本先輩に誤解させるような、思わせぶりな態度を取ってしまったのかもしれない。きちんと断っておけば橋本先輩はあんなことしなかったのかも。
つき合うとか彼氏とか無縁すぎて別世界のものだったから、いざ自分の身に降りかかると戸惑う。
……と、いうか勉強不足すぎなのかもしれない。そんなの何の言い訳にもならない。
「どうした?」
柊さんが心配そうな顔でわたしを見た。
橋本先輩にデートに誘われた件から柊さんに説明している間にお湯が沸いた。ピーッと鳴り響くやかんの音が少し胸に沁みる。
*
「確かに思わせぶりな態度を取った未来も悪い、けど待ちぶせしたり強引に抱きしめたりするのはダメだな」
柊さんが紅茶を淹れてくれた。
ほんのり甘くておいしくて少しほっとした。
「その時助けてくれたのが彼氏か。いい奴っぽいな」
佐藤くんのことも話しちゃった。
くしゃっと髪を乱すように撫でられる。優しい笑顔につられてわたしも笑ってしまう。心がほんわか暖かくなった。佐藤くんのことを褒められて、自分のことのようにうれしい。だっていい人だもん。
「自分を大切にしなさい。相手が求めてきても簡単にさせるな。本当に好きだと思ったらするんだぞ」
いきなり子どもに諭すような言い方をする柊さんにドキンとしてしまう。
でも、うれしかった。
『わかってる。初めては慎重に行かないと、だよね』
文字を打ってその画面を柊さんに見せると驚いた顔を見せた。
柊さんの眼差しが揺れているように見える。なんで?
「未来、変なこと聞くけど……」
「?」
「おまえ……バージンなのか?」
ソファの上にあったクッションを思いきり柊さんに投げつけてしまった。
それがボフン! といい音を立てて柊さんの顔に命中する。
“柊さんのエッチ!”
こういう時、声が出ないのが悔しい。
声がないと上手く感情が伝わらない気がする。トーンとか口調でもっと明確に自分の感情を伝えたいのに。だけどできないから力を込めて携帯に文字を入れて、頬を膨らませて柊さんに見せた。
『高一にもなってバージンじゃおかしい?』
「おかしくない!」
口をあんぐり開けたままだった柊さんがいきなり大声でそう叫んだ。
その表情が見る見る歪んでいく。今にも泣き出しそうで、目が真っ赤になっている。なんでそんな悲しそうな、ううん、苦しそうな表情ををしてるの?
「おかしくない……それでいいんだ……よかった」
柊さんの手がすっとわたしの方に伸びてきた。
気がついた時には、わたしは柊さんに優しく抱きしめられていた。
よかった? その言葉の意味がわからなかった。
わたしが未経験でよかったって、そうじゃないって思っていたから出た言葉のように思えた。なんでそう思ったのだろうか。
「これからは……俺が守るから」
搾り出すような柊さんの声がわたしの耳元で聞こえ、そこから漏れる吐息が少しくすぐったい。
これからは、俺がって? 柊さんの言いたいこと、またよくわからなかった。
柊さんはわたしのことを義父から守ってくれた。それで充分なのに、これからもずっとってこと?
だけど、柊さんの腕の中がすごく暖かくて心地よくて、わたしは目を閉じてうなずいてしまった。
ずっとこのままでいたいとすら思ってしまった。
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