第27話 ボーイフレンドと彼氏の違い未来視点
昨日の夜、佐藤くんからメールをもらっていたのに、返信しなかったから今日送ってしまった。
昼間も話したけど、いいよね。おかしくないよね。
昨日の夜、あんなことがあって自分のことでいっぱいいっぱいで。佐藤くんのメールすごくうれしかったのに、そのことも書いて送ればよかったかな?
佐藤くんは本当に優しくて、いつもわたしを助けてくれる。昨日も今日も橋本先輩からわたしを守ってくれた。
正直『つき合う』ってことがどういうことだかわたしにはよくわからない。だけど佐藤くんと一緒にいると優しい気持ちになれる。
これからもずっと一緒にいたら、もっと一緒にいたいって思うようになるかも。
佐藤くんも同じように感じていてくれたら幸せなんだけどな。
「未来ちゃん、帰らないの?」
更衣室で着替えた瑞穂さんが休憩室に入ってきた。
そっちに振り返ってうなずき、携帯電話の文字を瑞穂さんに示した。
『今日はこれから待ち合わせなのでお先にどうぞ。お疲れ様でした』
「彼氏?」
瑞穂さんがニコニコして訊いてくるので、手を振って否定した。
もう! 瑞穂さんはなんでそう思うのかしら。そんなことひと言も言ってないのに。
携帯電話で時間を確認すると、十九時十分になろうとしていた。
手の中でそれが震えて、見ると佐藤くんからのメールだった。
『バイト終わった? お疲れ様。帰り気をつけて』
すぐに返信くれたんだ。うれしい。わたしなんて一日遅れだったのに。佐藤くんってやっぱりいい人だ。
そのメールを大切に読み返していたら、もう一度携帯電話が震えた。あれ? また佐藤くんからメール?
『今どこ? まだ図書館?』
さっきよりも短いメールが来た。どうしたんだろう?
また携帯が震えた。
『橋本先輩が図書館前で待ちぶせしているかも? 今から行くからそこを動かないで!』
ええっ!? 佐藤くんが今から
図書館に来る?
柊さんと一緒のところを見られたら、絶対に誤解されちゃう。それだけは阻止したかった。
『大丈夫。もう家に着くから。心配かけてごめんなさい。ありがとう』
嘘をつくことに罪悪感はあったけど、しょうがないよね。佐藤くんを安心させるためだから許して。
橋本先輩が待ちぶせしてるかもって、柊さんもそう思ったから迎えに来るって言ったのかもしれない。ふたりに心配をかけて申し訳ない。わたしが頼りないせいだ。
机の上に置いた携帯電話が音を立てて震えて、見ると佐藤くんからだった。
『そっか。ならよかった。ゆっくり休んで』
佐藤くんのメールを読んで笑ってしまった。すごく優しい。
今までこんなに優しくしてわたしを気遣ってくれた人いなかったから。しばらくその余韻に浸ってしまった。
十九時二十分に柊さんから『もうすぐ図書館に着く』というメールが来た。
思ったより早かった。もう少し待つかと思っていたけど、瑞穂さんが早めに退社してくれてよかった。
つけているエプロンを外し、ゆっくりと帰る準備を始めた。
**
図書館を出ると、庭の先の門の辺りに柊さんの後姿が見えた。
この図書館は庭が広いので、門まで少し距離がある。
柊さんは背後から近づいてくるわたしの存在にまだ気づいていない様子だ。
「佐藤先生? 先生、こんなところで何やってるの?」
門の外から男の子の声が聞こえてきた。
「待ち合わせ。そっちは学校帰り?」
「うん、部活遅くなっちゃって」
「お疲れさん、気をつけて帰りなさい」
「ハーイ! じゃ先生。また明日」
門の前を横溝高校の制服を来た男の子が自転車で通り過ぎて行った。
今の男の子と柊さんが話している間に歩きながら携帯に『佐藤先生! お待たせしました』という文章を打ち、こっそり柊さんの後ろに忍び寄っていきなり目の前にそれを向けてみせた。
「な……! いきなり驚くだろう?」
こっちを振り返った柊さんの顔が、すごく強張っていた。そんなに驚くとは思わなかった。
携帯に急いで文字を打って、柊さんに見せた。いたずらし過ぎちゃったのかもしれない。
『びっくりさせてごめんなさい。柊さんって佐藤さんなんだ。名字初めて知った』
「ああ……どこにでもいる名字だろ?」
わたしの前を柊さんが歩き始める。
それにわたしもついて行きながら携帯に文字を打ち込む。
『うん。うちの図書館長も理事長そうみたい。クラスにもふたりはいる、佐藤さん。鈴木さんと小林さんと佐藤さんはどこにでもいるよね』
画面を見て柊さんが小さく笑った。
「あーあ、今の発言で俺と瑞穂と全国の佐藤さん、鈴木さん、小林さんを敵に回したぞ」
「――!?」
そっか! 瑞穂さんは『鈴木さん』だった。
わたしの実のお父さんも義父も『小林』だけど、ふたりは何の関わりもないはず。
『昨日、瑞穂さんとお友達とのお約束をお断りさせちゃってごめんなさい』
わたしの携帯の画面を前を歩いている柊さんに見せると、急に立ち止まった。
柊さんの前に一歩出て、手を合わせて頭を下げると、小さなため息が聞こえてきた。
「……未来。君はそんなことを心配しなくていいんだ」
柊さんが不意に真剣な表情でわたしを見て、呼び捨てにした。ビックリして頭を思いきり上げてしまう。
その悲しそうな顔を見たら、急にわたしの中に緊張が走った。なにかを言いたそうだけど、口をつぐむ柊さんにマスクを外してわたしから語りかけた。
“どうしたの? 柊さん”
わたしの唇の動きを柊さんがじっと見て読んでいる。
その右手がわたしの左頬に伸びて来て、そっと触れた。柊さんの指先が暖かく感じた。
「腫れ、引いたな。あざはまだ少し残ってるけど」
左の口角辺にそっと指が伸びてきたけど、痛みはなかった。胸がドキドキして、少し身をすくめてしまう。
悲しそうな表情のままの柊さんが、無理に笑いかけてくれているのをじっと見つめていた。
柊さんはなんでそんな顔をするの?
義父に殴られたのは、柊さんのせいじゃないのに。
助けてくれて感謝しているのに。
*
柊さんのマンションに着いてリビングのソファに座った時、ポケットの中の携帯電話が震えた。
見ると佐藤くんからメールだった。
『明日一緒に学校に行きたい。S駅の改札前で待ってる』
ビックリして携帯を落としそうになっちゃった。
S駅は学校の最寄り駅。そこから一緒に登校したらつき合ってるって公言しちゃうようなものなのに。
「メール誰から?」
柊さんがソファの後ろから、わたしの携帯を覗き込んで来た。
見られないように慌てて胸元にそれを伏せる。
「えらい慌てようだな。彼氏か?」
柊さんが揶揄するように笑う。
さっきの悲しそうな表情はなくなっているけど、まだ少しだけ硬い感じに見えた。
“ボーイフレンドだよ”
唇で表現すると柊さんがきょとんとした。
「彼氏とボーイフレンドとどう違うの?」
柊さんがキッチンに消えて、水道の音がジャーッと聞こえてくる。やかんに水を入れているんだろう。
携帯に文字を入力し、すぐに柊さんがリビングに来たので近づいて画面を見せた。
『ボーイフレンドって男友達ってことでしょ? 健全っぽい。彼氏は恋人って感じがするから特別?』
わたしの答えを見て、柊さんが眉をしかめた。
「ん? ボーイフレンドってことは男友達? じゃ、そのメールの相手は未来にとって数いる男友達のひとりってことか?」
“他にはいない”
わかりやすく唇を動かして伝えると、さらに柊さんの顔が険しくなった。
「その人のこと、好きなの?」
真剣な表情でわたしを見る目が鋭くて、なんだか目を逸らしづらかった。
ソファにもう一度座って、携帯に文字を打つ。柊さんはそれをゆっくり待っててくれている。
『好きとかよくわからない。でもとっても優しくていい人』
そう携帯の文字で伝えると、柊さんが隣に座ってきた。
すぐにわたしの方に詰め寄ってくる。
「待って、相手は未来をどう思っているの? つき合っているの?」
なんでこんなに柊さんの食いつきがいいのかわからない。
おずおずと画面に気持ちを入力して必死で伝える。
『つき合ってと言われたけど、好きとは言われていない』
わたしの顔を見て柊さんが大きくため息をついた。
呆れたって感じの表情をしている。なんで?
「つき合ってるってことは好きってことだろ?」
“やだ! 柊さん!”
「つき合ってるのか? その相手と」
柊さんの顔がなんだか怒っているように見える。
わたしがうなずくと、柊さんの顔に緊張が走ったのがわかった。
「未来、つき合っているということは恋人ってことだ。つまりその相手は未来のことを好きなの。彼氏なんだよ」
「――!!」
佐藤くんがわたしの彼氏!?
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