空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 23

第23話 彼女に男の影?

悠聖視点




 放課後、弓月と一緒に図書室に来た。

 図書委員の仕事をしないと、と弓月が頑なに言うので心配でついて来てしまった。
 橋本先輩とふたりきりにさせるのは危険すぎる。昨日の二の舞になることは避けられないと思うのに、意外と危機管理能力が低いのかもしれない。
 見た目はしっかりしているふうなんだけど、そのギャップがかわいいかも。


 それに、ここについて来る前に、僕は彼女の指文字を堪能した。
 弓月の柔らかい指が僕の手のひらに一文字一文字言の葉を紡ぐ。僕の身体の奥深いところからなぜか官能的な感情が疼き出してしまって焦った。それはとても気持ちがよくて、陶酔してしまいそうになってしまった。

 弓月の表現方法なのに……こんなふうに思ってしまって、少し後ろめたい気持ちになる。
 心の中で彼女に謝罪した。



 図書室の返却本は今日もたまっていた。
 弓月が本をたくさん抱え、カートに載せるのを見て、僕も手伝う。
 入口の方の本を片付けていたら、橋本先輩が入って来た。僕がいるのに気づかず、横を通り過ぎ、返却カウンターの方へ向かって行く。


「橋本先輩」


 後ろから小声で先輩を呼び止めると、驚いた表情で振り返った。
 弓月に会わせたくないから一番後ろの目立たない書架を親指で示すと、橋本先輩は意外と素直について来た。




「何の用だ?」


 橋本先輩は小声で僕に話しかけてくる。
 弓月がこの図書館内にいるのはわかっているのだろう。聞かれないように声を潜めているようだ。


「弓月に近づかないでください」


 用も何もそれしかないだろうという気持ちで言うと、橋本先輩は鼻で笑った。


「おまえ、あの女の何?」


 腕を組んで橋本先輩が書架に寄りかかった。
 弓月を『あの女』と表現したのに腹が立った。振られたからプライドが傷ついているのかもしれない。


「弓月と僕はつき合ってます」


 そう伝えると、橋本先輩が目を見張った。
 続けて口元だけでニヤリと笑い、一歩僕に近づいてくる。橋本先輩の身長は僕より少し低かった。


「つき合ってるの? おまえ、あの女に騙されてるぞ」


 いきなり橋本先輩の人差し指が、強く僕の左肩を押した。
 僕が弓月に騙されている? あからさまに嫌な顔をして橋本先輩を睨みつけると、僕のその態度で気分を害したのかチッと舌打ちをされた。僕の態度も大人気ないと思うけど、橋本先輩も負けていない。


「あの女、他に男いるぞ。昨日この目で見た。リーマン風のかなりいい男だった」


 勝ち誇ったような顔で自分の目元を指差しながら、橋本先輩が吐き捨てた。
 弓月に男? しかもサラリーマン風? かなり年上か?


「どこで……見た?」

「あいつがバイトしている図書館の前。やけに親しげに手を引かれてた」


 昨日? 図書館?
 ――手を引かれていた?


 僕たちが話をしている場所の少し後ろの方で、本が豪快に落ちる音がした。
 そっちを見ると、そこには弓月が立っていた。悲しそうな顔をして弓月が首を横に振っている。今の話を聞いていたようだった。何かを言いたそうな弓月の顔を見て、僕はうなずきながら彼女に近づく。


「弓月を信じてるから」


 弓月の足元に落ちた本をしゃがんで拾いながら、小さい声で彼女にだけ聞こえるようにつぶやいた。
 下から見上げると安心したような目で弓月が僕を見つめ、すぐにしゃがんで本を拾い始める。


「そんな言葉に惑わされないし、先輩の入る隙間なんてないから……弓月のこと、諦めてください」


 全部本を拾い終え、立ち上がって橋本先輩の方を見て言ってやった。
 悔しそうな顔をして、橋本先輩が僕から目を逸らす。
 弓月に手を差し伸べると、彼女はうれしそうに微笑んでその手をとった。細くて白い彼女の手を僕はずっと握っていたい気持ちになった。この手を絶対に離したくない。







 橋本先輩がいなくなった後、弓月が僕にお礼を言った。
 僕は口元だけで笑って、弓月から少し目を逸らす。当たり前のことをしただけなのに。
 橋本先輩よりもちろん弓月を信じている。その気持ちに嘘はない。ただ、サラリーマン風の男の存在が気になるのは事実だった。

 『男と一緒にいた』だけでなく『サラリーマン風』と表現した橋本先輩は、本当にその男を見たんだろう。

 それは誰なんだ。弓月のお兄さん? 親しげって気になる。
 信じているけど、誰かなのかは知りたい。


「弓月さぁ」


 僕が尋ねると、弓月は『ん?』と首を傾げた。たぶん今、僕は微妙な顔をしていると思う。
 探るようなことをして恥ずかしい気持ちと、それでも知りたいという気持ちと、弓月のそんな仕草がかわいいと思っている気持ちがごちゃ混ぜで。
 だからあまり僕の顔を見てほしくないけど、彼女はまっすぐな目で見るんだ。まるで心の中を見透かされているようだった。


「きょうだいとか……いるの?」


 意を決して訊いてみた。
 その時、弓月の表情が少し曇ったような気がした。訊かれたくないことだったのだろうか。


「ごめん」


 その表情の変化がすごく気になってすぐに謝ると、寂しそうな顔をして彼女は首を横に振った。
 そして僕の手をとり、指文字で何かを書き始める。


“い・ま・は・い・な・い”


 今はいない?
 え? どういうことだ?


「これからできる可能性があるの?」

“い・つ・か・お・し・え・る・ね”



 うれしそうに、ニッコリと微笑む弓月を見たら、これ以上深く追及することなんでできやしなかった。
 結局サラリーマン風の男が誰なのか見当もつかなかった。

 彼女が嘘をつくはずはない。弓月の言うことだけを信じていれば大丈夫だ。
 自分にそう言い聞かせるけど、心の中に芽生えた小さなもやもやだけは、どうしても消し去ることができなかった。


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Date:2013/08/04
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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