空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 22

第22話 仲良しなふたり

未来視点




 朝、起きたら目の前に柊さんの寝顔があってビックリした。
 しかも腕枕で。わたし、無意識に柊さんにすり寄って眠っていたんだ。

 そのまましばらく柊さんの寝顔を見ていた。
 目鼻立ちくっきりしてて整った顔。唇がすごく柔らかそうだ。こんなに広いベッドで寝るなんて、いつもはひとりなんだよね。
 静かに足元の方から起き上がって、柊さんの寝室を出た。


 ゆうべから柊さんの家でしばらく暮らすことになった。
 母の了承も得ている。柊さんと一緒に母に逢いに行ったのに、わたしは車の中で眠ってしまった。母はわたしを見てどう思っただろうか?


 柊さんがわたしを助けてくれて、本当にうれしかった。
 あのまま義父にって思い返したら、急に身震いがして、両腕で自分の身体をぎゅっと抱きしめていた。身体のあちこちが少し痛かったけど、このくらいなら我慢できる。

 義父と同じ屋根の下で過ごさなくていいことには安堵している。そしてこの居場所は突き止められないだろう。だけど本当にこれでいいのかと思う。柊さんは迷惑じゃないのだろうか。
 でも何を考えても他に行き場がない。少しでも迷惑をかけないように、ここで居候させてもらおう、そう思った。



 玄関を入って左が柊さんの寝室、その向かいをわたしの部屋に提供してくれた。
 昨日お布団を敷いてくれたのに、結局ひとりで怖くて眠れなかった。そんなわたしを柊さんは優しく部屋へ迎え入れてくれた。

 柊さんの腕の中は暖かかった。とっても心地よくて一度も目が覚めなかったんだ。
 わたしは、どんなふうに寝ていたんだろう。いびきとか寝言とか言わなかったかな。寝てる時のことなんかわかるわけがないけど、急に恥ずかしい気持ちになる。



 母が用意してくれた荷物の中に佐藤くんから借りたハンカチが入ってた。
 借りた日の夜、洗って乾かしてそのままだったからシワになっちゃってる。昨日、家に帰ったらアイロンをかけようと思っていたけどかけられなかったから。

 自分の部屋の扉を開けて出ようとした時、丁度向かいの寝室から柊さんが出てきたところだった。


「おはよう、よく眠れた?」


 柊さんが眠そうな目を擦りながら訊いてきた。
 寝起き悪いんだ。少し子どもっぽくてかわいいかも? なんて思いながらうなずいておく。


“おはようございます。アイロンってありますか?”


 唇を動かして訊ねると、柊さんが首を傾げた。ああ、そうか。人と話すって大変なんだ。
 家では母が読語(読唇術)ができたし、義父とは話さなかったからあんまり感じなかった。でもこうやって母以外の人と接することができるのはうれしい。わたしの世界の中には母しかいなかったから。伝えるのは大変だけどその行為すらもうれしく感じる。受ける方は大変だろうけど。

 携帯電話の画面に打って柊さんに見せると、すぐにアイロンを用意してくれた。


「なに? ハンカチ男物? 彼氏?」


 後ろから覗き込まれて、どきっとした。
 わたし全身で驚いた後、柊さんをゆっくり振り返ると意味深な感じで笑っている。彼氏って響きがよりドキドキ感を助長させる気がした。


「今日学校行くの? まだ頬腫れてるし、ここ痛々しい」


 わたしの顔を覗き込んで、柊さんが自分の唇の横を指差した。
 そこを触れると少し痛い。唇を動かすだけでも少し引きつれたような痛みが伴う。それを隠すようにマスクをつけて登校することにした。


 マンションを出る時、柊さんがこの家のスペアキーをわたしに渡してくれた。
 無くさないようにボストンバッグについていた赤いテディベアのキーホルダーをつけて大事にポケットにしまった。



**



 柊さんのマンションから学校までは二駅だった。
 自宅からだと三駅だし、このマンションは駅が近くで便利な場所にあった。念のため、柊さんとは時間をずらして登校することにした。


 学校の下駄箱に着くなり、わたしの携帯電話がメールを受信した。
 佐藤くんからだった。


  『おはよう。風邪引いたの? 大丈夫?』


 わたしがマスクしているのに気づいているんだ。どこで見ているんだろう。
 キョロキョロまわりを見渡すと、階段付近に佐藤くんの後姿を発見した。


  『ちょっとだけ、でも大丈夫。ありがとう』


 こんなやりとりができるのはうれしい。
 今までほとんど母としかメールをしていなかったから、すごくウキウキする。 


  『それだと唇読めないね。弓月の唇の動きを読むの好きだから、少し残念かも』


 階段の前で立ち止まった佐藤くんが振り返ってこっちを見ていた。
 文章だけでこんなにドキドキさせられてしまうなんて。

 佐藤くんがわたしに笑いかけてくれる。今までわたしには見せてくれなかった最高の笑顔。眼鏡の奥の瞳がすごく優しくて、キュンとしてしまった。







 放課後。
 あと少しの図書委員の仕事をしに図書室に向かっている途中、佐藤くんに呼び止められた。
 少しだけ険しい顔をしているように見える。


「どこへ行くの?」


 周りに人がいないのを確認して、わたしは佐藤くんの左手を両手で包んだ。
 ビクッと佐藤くんが身体を強張らせ、驚いた表情を見せる。彼の大きい手のひらに自分の指で文字を書いた。


“と・し・ょ・し・つ”


 会話は筆談じゃなくても読唇術じゃなくてもできることを急に思い出した。
 昔、携帯電話がなくて読唇術もできなかった母とはよくこうやって話していたんだ。書かれる方は少しくすぐったいみたい。


「図書室? なぜ?」

”し・ご・と”


 指で書いて佐藤くんを見上げると、不安そうな顔でわたしを見ていた。


「――行くな。ダメだよ。橋本先輩いるんだろ?」


 佐藤くんの命令口調を初めて聞いてドキッとした。
 心配してくれているのはすごくうれしかった。だけどサボるわけにはいかない。
 昨日のバイト帰り、橋本先輩に図書館で待ちぶせされていたことは言わない方がよさそう。余計な心配をかけたくない。


“し・ご・と・だ・か・ら”

「じゃ、僕も行く。いいよな?」


 少し考えてからしぶしぶうなずくと、佐藤くんがニッコリ笑った。

 そうそう、忘れずに返さないと。
 朝、アイロンをかけたハンカチを佐藤くんに渡してまた指文字を書く。


“あ・り・が・と・う”


 くすぐったそうに佐藤くんが笑った。


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Date:2013/08/03
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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