空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第10夜

 
 つき合う? つき合うって?
 
 雨宮翔吾が口にした言葉を反芻してみる。
 待て、冷静に考えてそのつき合うじゃない、よね。ありえないもの。


「どこまで?」

「っかあ! わかってて言ってるんでしょ? この口が憎たらしい」

「んぐっ」


 雨宮翔吾の手がわたしの口元を左右同時につまんだ。
 嘘っ! こっちのつき合うじゃないのっ? ありえないけど男女のおつき合いのほうっ?

 それより何よりこれ絶対唇がタコみたいになってるはず。
 少し怒ったような表情で上目遣いにわたしを見つめ、雨宮翔吾が顔を近づけてのたまった。
 

「俺の彼女になってよ。雪乃さん」

「やな! (やだ!)」

「好きな人、いるの?」

「いにゃい(いない)」

「じゃあいいでしょ? 俺の彼女に」

「やな! (やだ!)」


 手を離してくれないからわたしの言葉が言葉になりきれていない。
 なんでわたしがこの人にこんな仕打ちを受けないといけないの? しかもつき合うとか意味不明だし!
 絶対男性経験ないと思って、からかわれているに違いないもん!


「さっき約束したでしょ? 頼みごとはちゃんとやるって」

「っ!?」

「じゃ、決まりね。ちゃーんと俺の彼女になってよね」


 違う違う違うばかばかばか!
 それは仕事の話であってそういうプライベート云々ではないのにっ。

 ようやく口が解放される。


「あっ! 雨宮さんっ!」

「翔吾、いい加減慣れてね。さっき呼んでくれた時すごいうれしかったー。この辺ドキドキした」


 自分の胸元を手で押さえてニコニコ笑う雨宮翔吾。

 乙女かっ! って思わずツッコミたくなる仕草。
 だけどイケメンだからなにしてもイケてる……悔しい。
 

「じゃ、改めて。雪乃。一緒に寝ようか?」

「――――!!」

「今日は一緒に寝るだけで我慢してあげる。いきなりじゃかわいそうだからね。俺の子猫ちゃん」


 ひょいっと身体が浮き上がったと思った……ら、お姫様抱っこっ?
 しかも子猫ちゃんって何っ? しかも俺のって? 何調子に乗って呼び捨てしちゃってるのっ?

 いきなり抱き上げられてビックリして雨宮翔吾の首元にしがみつく、と。


「おお、随分積極的だね」

「ちっがーう!」

「雪乃のはじめてはちゃーんと俺がもらうからね」


 ……ああ、この人、頭がおかしい。
 うん、きっと酔っ払ってるのよ。明日になれば元に戻るはず。
 こんな感じなのは今だけ、そうそう。朝起きればちゃんといつもの意地悪な雨宮翔吾に戻るはずだから。

 今だけ目を瞑って我慢しよう……今日のところはわたしが迷惑かけたと思って寛大な心で。

 そのままベッドへ運ばれ、ふわりと優しく身体が下ろされた。
 意外と力あるんだ……筋肉ついてそうだもんな。結構着やせするタイプ? ってついジロジロ見てしまった。
 その視線に気づいた雨宮翔吾が満足そうに微笑む。


「はい、じゃ俺の腕の中でおやすみ、雪乃」

「いやです。あっち向いて寝てください」

「えー? なんで? せっかくだからさ抱きしめあって――」

「結構です! おやすみなさい」

 
 さっさと雨宮翔吾に背中を向けて布団にもぐり込む。
 明日目が覚めれば……必ず……。

 わたしにキスしたことも、お姫様抱っこしたことも……好きって言ったことも、忘れているはず。


 きっと……きっと……。


 これは醒めるべきな、夢。















「おはよう」

「――――!!」


 目の前に朝からイケメンな雨宮翔吾。
 しかもわたし、腕枕で寝てた?
 

「あ、おはようございます……雨宮さん」

「翔吾、まだそう呼ぶの? よそよそしいよ。雪乃」


 ――――まだ呼び捨てーっ?

  
 あれ? まだ酔い醒めてない? 二日酔いって寝ると醒めるもんなんじゃないの? 普段お酒なんか飲まないからわかんない。
 もしかしてまだ夜中? それともこれすらも夢? ううーん?


「今……何時ですか?」

「ん? 六時。もう起きた方がいいね。早く会社入って着替えた方が、昨日と同じ私服じゃ怪しまれるでしょ?」

「え……ああ、そうですよね。って! 雨宮さんはっ?」


 わたしは会社の制服があるからいいけど、この人は仕事でもスーツだから同じ服ってバレるじゃない!
 男の人って不便だなあ……しかも営業職は特に……。


「ロッカーに替えのワイシャツとネクタイは入ってるから平気。スーツはしょうがないよね。このまま」

「は……そうなんですか」

「まあ、いいよ。彼女と泊まったって言えば済むことだから」


 ――――彼女。
 
 そう言って雨宮翔吾はわたしの鼻先をちょんと人差し指でつついた。
 夢……醒めてないし。これって大問題だし!

 お願いーっ! 夢なら早く醒めてちょうだいっ!


「雪乃? 固まっちゃってるよ? 朝ごはんは定食屋さんがいい? それともファストフードにする?」

「あぅ……わたしは……いいです……」

「いつも食べないの? だから朝、顔色悪いんだね。今日は俺と一緒だからダメ。ちゃんと食べてから行こう」


 




 結局促されるまま某有名牛丼チェーン店に引きずり込まれた。

 朝から牛丼なんて重いもの食べられないと嘆くと、鮭定食なるものが目の前に出され……。
 薄っぺらい鮭と小さなお新香とお味噌汁、卵に味付け海苔。

 あら。普通に朝定食? こんなのあるんだー。


「早く食べないと遅刻するよ?」


 隣で雨宮翔吾が朝からモリモリ牛丼をほおばっている。
 男の人ってすごい胃の作りしてるんだなぁ……昨日あれだけ飲んで食べておきながら朝から重くないのかしら?


 早く食べてこの場を退散しなければ。

 このお店、職場の最寄り駅の途中にある。職場の知り合いがいつ入ってくるかわかったもんじゃない。
 一応入口の扉から一番離れた最奥の端っこのカウンター席に座らせてもらったけど、この人目立つから。


「おう。雨宮、おはよう」


 わたしは箸を持ったまま固まってしまった。
 誰かが雨宮翔吾に挨拶した。会社の人としか考えられなくてどうしたらいいかわからなくって。
 いや、動こうが動くまいがバレる時はバレるんだろうけど、なぜか動きを止めてしまっていた。そのくらいパニックしていたということだ。


「あ、三浦さん、おはようございます」


 聞き覚えのある名前。恐る恐る雨宮翔吾の陰から覗くと、予想通り三浦 浬みうらかいりさんだった。

 わたしの二期上で雨宮翔吾と同じK大卒のエリート営業マン。営業部営業二課所属。
 仕事ができて気さくなタイプの男女問わず慕われる先輩。わたしはあまり話したことないんだけどね。
 お茶汲みを頼まれる時くらい……かな?

 雨宮翔吾と一緒に歩いているとモデルが並んでいるように見えてしまうくらい、ふたりともスラッと高身長でスタイルがいい。営業部の看板社員と言われている。


「今日安藤商事の例の件さーって、隣……」


 雨宮翔吾の陰に隠れているつもりだったのに、覗き込まれてしまった。
 もしかしたら私服だし、バレないかなーと思った……けど。


「あれ? 風間ちゃんだ。珍しい。おはよう」


 あっさりバレてしまった。
 ん? でも意外と普通の反応? なんで一緒にいるのとか聞かれないんだ。
 
 そっか! わたしと雨宮翔吾がここで偶然会ったと思ってるんだ。
 そういうフリをすればいいだけじゃない! わたし何を焦っていたんだろう。
 やだなあ、もう。堂々としていた方がいいんじゃないの。さあ、態勢を立て直して!


「おはようございます。三浦さん」

「ふーん、朝帰り? やるねぇ」

「――――!?」


 三浦さんの口元がクッとつり上がり、意味深な笑みを向けられた……。
 雨宮翔吾は普通に牛丼食べてるしっ! 何か弁解してよっ!
 

「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ」

 
 いきなり雨宮翔吾がこっちを向いてわたしのトレーの味付け海苔のシートを開き始めた。

 いやいやいやいや! こっちに構わず三浦さんを構ってーっ!!
 しかもそんな優しい顔でお世話しないでっ? おかしいでしょう? ただの同僚にそんな顔っ。


「へー、かいがいしいねぇ」


 い……痛いっ! 三浦さんの突き刺すような視線が痛いっ!
 しかもさっきより俄然ニヤニヤ度がアップしてますし! 朝からエロ過ぎですっ! その表情ーっ。
 
 ……だけど、雨宮翔吾はずっと優しい表情のまま。なんで……?


「三浦さん、今日このまま外回り行っちゃいます?」

「んーそうだな。そのほうが楽かもな」


 超スピードで三浦さんが牛丼をかき込んであっという間にどんぶりが空になってる……。
 早い……早すぎる。
 ふたりとも椅子から立ち上がってささっとコートを羽織り始めた。


「ごめん、先行くけど、いい?」

「あ……はい……」

「あとで電話するから、ちゃんと出るように」


 ふわっと右の頭頂部に優しい感触。
 頭、撫でられてる。しかも、いつも気になっているつむじのパカって開いちゃう部分。


「今朝、風呂入って洗ったからかな? 割れてないよ。大丈夫」


 耳元でこそっとそう囁かれた。
 ……気づいていたんだ。わたしのコンプレックス。



 ――――夢、のはずなのに。なんで醒めないの?



 颯爽と牛丼屋を出て行くふたりの男性の背中を見つめながら、不思議な気分で首を傾げるのだった。



→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/02/06
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/14-9900d3a4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)