空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 18

第18話 穢されていくわたし

未来視点

性虐待シーンがあります。苦手な方はお戻りください。




 図書館を少し早めに出たら、庭の植え込みから橋本先輩が飛び出してきた。
 まさかそんなところで待ちぶせされていると思わなくて、一瞬身構えてしまう。


「弓月さん! オレの話を聞いて!」


 橋本先輩に右手を掴まれ、逃げられないと思った。だけど柊さんが助けてくれた。
 二十時に待ち合わせ、そう言っていた柊さんと瑞穂さんの約束。それに助けられた。

 柊さんの顔を見た途端、わたしはほっとしたのとうれしさが入り交じって胸が震えた。差し伸べられた手に縋りつくように手を伸ばしたんだ。




 図書館の敷地外に出ると、柊さんとと同じくらい背の高い男の人が心配そうに声をかけてきた。
 ラフな格好のその人は、目を細めてわたしを見る。短い髪に一重瞼。少し怖そうな雰囲気。でも、口調は優しかった。

 柊さんはきっと瑞穂さんとこの男の人の三人で待ち合わせなのに、わたしを家まで送って行くと言っている。拒絶の意味を込めて何度も首を横に振ったけど、柊さんは首を縦には振らなかった。


 そしてわたしは今、柊さんに手を引かれて帰宅の途についている。


“柊さん”


 唇で伝えようとしても、柊さんは前を向いているので見えない。声が出ないのってこういう時不便。
 わたしの手を引いている柊さんの右腕を軽く掴んで引くと、彼の足が止まった。そしてゆっくりわたしの方を振り返る。


「あの男は誰? こんな時間まで仕事なの? 高校生なのに!」


 怒ったような顔の柊さん。
 なんでこんなに口調で矢継ぎ早に質問されるのかわからなかった。いつもの優しい笑顔や態度と全く違うのに戸惑ってしまう。だけど、わたしにだって言い分はある。

 携帯電話を取り出し、いつもの方法で柊さんに思いを伝えた。


『こんな時間ってまだ二十時です。もっと時間の遅いバイトだってありますし、塾に行ってる子はもっと帰りが遅いはず』


 柊さんは少し顎を引いてその画面を見ている。
 もう一度文字を入力して、柊さんに見せた。


『わたしはここで大丈夫ですから、瑞穂さんとお友達のところへ行ってください。助けてくれてありがとうございました。それではまた図書館で』


 画面を柊さんに見せた後、すぐにそれをしまって頭を下げた。
 そこに立ち尽くす柊さんを置き去りにして、ひとりで歩き始める。ここで別れれば、柊さんも戻ってくれるはず。


「だめだ、送る」


 柊さんがわたしの隣へ大股で近づいてくると、いきなりペースダウンして歩き出した。
 なんで? ここで別れようとしているのについてくるの? 

 わたしのスローペースに歩調を合わせようとしてくれている。だけどわたしは首を横に振った。まだ帰りたくない。お願いだからほっといて……そう言いたかったけど、言えるはずもない。


『寄りたいところがあるから』


 その画面を見て、柊さんは首を横に振った。


「明日にしなさい」

“でも……!”


 唇で訴えるけど、柊さんは譲らない。もう帰るしかない。



**



 重い空気のまま無言でゆっくり家まで帰ってきたけど、まだ二十時半だった。
 母はもう帰って来ているだろうか。祈るような気持ちで少しでもゆっくり着くように、一歩一歩踏みしめていた。そんなわたしの気持ちを柊さんは知らない。


“ここです”


 わたしが伝えると、柊さんは驚いたような顔で家を見た。
 あまりにもオンボロアパートだからビックリしたんだろう。見られたくなかったし、来てほしくなかったな。


“じゃ、ここで”


 足早にアパートの門をくぐり抜け、縁側の方に回る。
 茶の間の中を覗こうとした、急に窓が開いた。


「遅いぞ、未来」


 真っ赤な顔をして、そう声を潜める義父が縁側に立っていた。
 それはまるで仁王像のように、全身で怒りを表しているようだった。近所への体裁を考えてなのか、声のトーンは小さいけど、いつもより怒りの度合いが高い気がして身震いがした。


「――来い!」

「……っ!」


 義父の手が強い力でわたしの手を引っ張った。
 その力の強さに、わたしの喉元でくぐもるような音が発せられる。声ではない。そのまま転がるように茶の間に引きずり込まれた。そして後ろでで軋む音を立て、引き戸が引かれる。

 いきなりすごい音がしたと思ったら、同時にわたしの左頬に痛みが走った。
 その衝撃で、なだれ込むようにわたしはその場に尻もちをつく。テーブルの門に背中がぶつかって痛みを覚えた。あまりにも突然のことで何も考えられなかった。


“い……たい……”


 義父を見上げると、わたしを見下ろしている。
 電気が義父の大きな身体で遮られている。逆光でその表情は全く見えなかった。殴られた頬の痛みが強くて頭がくらくらする。


「なんでおまえはオレの言うことを聞かない!」

「――っ!?」


 両肩を掴まれてそのまま押し倒された。
 まずい、逃げなきゃ! 自分の中で警笛が鳴り響くのを感じた。だけどその間もなく、義父がわたしに跨って覆い被さってくる。腰の辺りに体重をかけられて、身動きが取れなくなった。
 

“やだっ! 義父さん!!”


 唇を必死に動かすけど、義父の目は全くわたしの顔を見ていない。


 ――ビリッと音がした。
 それはわたしの制服のブラウスがが引きちぎられる音。


“いやあ!!”


 義父の唇がわたしの左の首筋に吸いつく。
 両手首を床に縫い付けられるように固定されたうえに、上半身には義父の身体が重く圧し掛かっている。足をバタつかせて抵抗するけど、全く意味を成さなかった。


“やめてっ!!”


 必死で首を横に振ると、自分の涙が頬を伝っていく。


 足に何かが当たった感覚。
 それと共に何かが割れる大きな音が茶の間に響いた。


 一瞬義父の動きが止まって、後ろを振り返る。
 それは義父の飲みかけのお酒が入ったコップがテーブルから落ちて割れた音だった。そして、義父の苛立ちを露わにした舌打ち。
 その隙に起き上がろうとするも、そのまま再び押し倒され、後頭部が強く床に叩きつけられた。一瞬視界がグラッと歪む。


 再びわたしの首筋にむしゃぶりつくように義父の唇が押し当てられた。
 ぴちゃっと濡れた音、柔らかく生暖かい舌が這いずり回る。その後、噛み付かれたような痛み。もう逃げる気力もなく、わたしの全身からすうっと力が抜けた。
 義父の黒と白の混じった短い髪が、わたしの頬をくすぐるように靡く。耳元で聞こえる義父の荒い息遣い。それが妙に生々しく感じた。


 はじめては、すきなひとが……よかったな。


 仰向けのまま目を閉じると、涙がどんどん頬を伝って髪を濡らしてゆく。
 耳の中にも入っていくけどそんなものはどうでもよかった。ブラウスの前を大きく広げられ、ブラの上から胸を強く掴まれた。それは痛みを感じるほどだった。

 唇をグッと噛みしめて、顔を横に背ける。
 義父の顔を見ながら犯されるのだけはいやだった。縁側の方へ向いて、瞼を開く。


 ――――!!


 アパートの石門の内側に立ってこっちを見ている人影に気づいた。
 涙でぼやけてよく見えなかったけど、間違いない。驚愕の表情で立ち尽くす柊さんだった。


 ――助けて。


 喉元でその言葉を飲み込む。こんな時でも声が出ないのはわかっている。
 だからせめて、わたしの望みを叶えてほしかった。



“み・な・い・で”



 唇でそうつぶやいて柊さんから目を逸らし、台所の方へ顔を向けた。
 その時。


「――――やめろっ!!」


 柊さんの怒鳴り声がして、失いかけた意識がクリアになった。
 わたしに乗り上げている義父の身体もビクッと反応する。その途端、気持ち悪かった舌や唇の感触から解放された。


「何やってるんだ! やめろっ!」

 
 縁側の立て付けの悪い引き戸が強引に開けられ、レールが軋むような音が聞こえた。
 その音に驚いて、縁側のほうを向くと土足で柊さんが上がりこんでくるところだった。


「何だ! おまえ……!」


 柊さんがいきなり義父に殴りかかって、その言葉が遮られる。
 わたしの上から重みが消え、圧迫感から解放された。だけど身体は鉛のように重く、思うように動かない。


「うう……」


 小さな呻き声をあげながら義父がゆっくり起き上がるのが見えた。


「未来ちゃん! しっかりしろっ!」


 柊さんの手がわたしの身体を強引に起き上がらせる。
 また視界がぐらりと歪む。頭も目もぼんやりしていて、軟体動物のようにぐねぐねしていた。わたしの顔を覗き込んだ柊さんの目が赤く血走っているのだけはわかった。


「おまえは何だ! 誰だ……?」


 義父の怒鳴り声の方に柊さんが振り返る。
 その時、わたしの身体を抱き起こしていた柊さんがビクリと反応を示した。


「あ……んた」


 義父を見て、柊さんが震えだしたのがわかる。言葉になりきらない声が柊さんの口から漏れた。
 わたしの肩を抱いたまま、柊さんが器用にジャケットを脱ぐ。それでわたしの上半身を前から覆ってくれた。そこからふわっと温もりが伝わってくる。脚立から落ちた時感じた、柊さんの優しい香りも。


「行くぞ! 立て!」


 両肩を支えられて、一気に立ち上がらされた。
 だけどわたしの足はまるで立つことを忘れたかのようにぐらつく。柊さんのワイシャツの胸に手を添えると、抱きかかえてくれて、立位が安定した。


「何している……? オレの未来を離せ!」


 義父が後ろから柊さんに掴みかかるけど、片手で突き飛ばされ、後ろに倒れこむ。
 その衝撃で、テーブルが両親部屋側のふすま横にある茶箪笥にぶつかった。その音が大きくてビックリしてわたしは一瞬目を閉じた。


「早く!」


 柊さんの大きな叫び声を聞いた。強く左肩を抱かれ、引かれるまま縁側から外に飛び出した。




 アパートを出て大通りまで走り、すぐにタクシーを捕まえた柊さんがわたしを中へ押し込んだ。
 そのあと柊さんも飛び乗る。


「――まで! 急いで!!」


 柊さんが怒鳴るようにドライバーに行き先を告げると、すぐにタクシーが動き出した。早口すぎてわたしには行き先が聞き取れなかった。
 
 わたしも柊さんも酷い息切れをしている。左隣に座る柊さんを見ると、彼もわたしを見ていた。
 今にも泣き出しそうな驚いたような悲しそうな、そんな表情で……。


「未来ちゃん……」


 柊さんの温かい左手がわたしの右頬に触れた。
 その手はひんやりして、小さく震えている。


「ごめん……」


 柊さんの目、真っ赤……。
 そのままわたしは柊さんに優しく抱きしめられた。


「ごめん……ごめん……ごめんな……」


 わたしの耳元で謝る柊さんの小さい声が、何度も何度も聞こえてきた。 
 その身体は震えていて、まるで泣きしゃっくりをあげているような、そんな感じだった。


→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/08/01
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/137-bc0794aa
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)