第10話 普通の女子高生って?柊視点
彼女が去った後、瑞穂が横目で睨むように俺を見つめていた。
「未来ちゃんに興味があるの?」
その言葉の意味がよくわからず軽く首をかしげ、瑞穂の様子を伺った。怒ったように頬を膨らませ、更に鋭い視線が向けられている。
どうにもこうにも居心地が悪く、書架の本を適当に取ってパラパラめくる。何の興味もない本だから全く文字が頭に入ってこない。
「最近よくここ来るから」
「学生時代からよく来ていただろ?」
「そうだけど、未来ちゃんに何か聞いていたみたいだから」
「あの子、ここでバイトしてるの? 高校生って普通バイト禁止だろ? 一応俺も高校教師だからそういうの気になるって言うか……」
もっともらしいことをなるべくさりげなく言ったつもりだったけど、瑞穂は怪訝な顔をした。
「そうね。あの子の家、環境が複雑らしくて学校側からここでのバイトの許可が出ているみたい。詳しいことは知らないけど」
家の環境が複雑。思いがけない事情につい目を見開いてしまった。
だからアルバイトをしてお金を稼いでいるってことなのか。聖稜は私立で学費も高いはずなのに、なぜあの学校を選んだのだろうか。
**
ずっと機嫌が悪いままの瑞穂と早々に別れて、学校へ戻ってきた。
今日図書館に出向いたのは、予約をしていた本が用意できたと昼休みに瑞穂からメールが来て、放課後にちょっと抜け出して取りに行っただけ。だから元々すぐに学校へ戻ってくるつもりでいたのだ。
ついでに新刊をチェックしてから帰ろうと思ったら、未来が脚立から降って来たのだ。
あの場にいたのが俺で本当によかったと、今改めて思った。
彼女が脚立から落ちてきた時は本当にビックリした。
華奢な身体を抱えたら、折れてしまうんじゃないかと思った。うちの生徒みたいに化粧の匂いなんか全くしなかった。同じ高校生とは思えない。
狼狽した彼女の顔を思い出しただけでおかしくて笑いがこみ上げてくる。
借りてきた本を机の横において、授業で使う資料作りをはじめた。
俺が数学の教師になったのは特に意味はない。ただ数学が得意だったから。本を読むのは好きだけど、文系は本当に苦手だ。
数学教務室の扉がノックされる音がして、そっちに視線を向ける。
今この部屋には俺以外誰もいない。教員ならわざわざノックをする必要もない。返事をすると、女子生徒がひとり入ってきた。
「柊先生、学級日誌持って来ました」
一年A組の委員長、
金子麻美だった。
ポニーテールに勝気そうな目が印象的。この子は比較的早く覚えることができた。特徴があればすぐに覚えられるのだ。
「はい、お疲れ様。職員室に置いておけばよかったのに」
「行ったけど先生いなかったから」
「いなくても俺の机か清水先生の机に置いておけばいい。面倒だろ?」
清水先生というのが一年A組の担任。英語教師でなかなかの美人。
男子生徒に人気がある。俺の学生時代にはあんなに色気のある先生はいなかったと初めて挨拶した時に思ったほどだ。
「別に面倒じゃないよ。柊先生って字キレイだね」
俺の席に近づいてきた金子が机の上の資料を覗き込んだ。
褒められるのは悪い気がしないけど、少し恥ずかしい。これは下書きで、後からパソコンで作成し直すつもりでいる。
「あ、この本新刊じゃない? もう図書館にあるの?」
机の上に置いてあった本を金子が手にとって驚いた。
新刊も新刊だ。今ちょっと前に借りてきたばかりの。
「予約待ちじゃないの? こんなに新しいの」
「図書館に知り合いいるから」
「えっ? そうなんだ。Y図書館?」
言わなければよかったと後悔したが、もう遅い。
あの図書館は俺の息抜きの場所だから迂闊に言うべきではなかった。Y図書館じゃないと言っても背表紙に図書館名とバーコードがきっちりついているからバレバレだ。
「いいからもう帰りなさい」
本を取り返して金子に言うと、少しむっとした表情を見せる。
「何? Y図書館に彼女でもいるの?」
「それ答える必要ないだろう?」
「怪しい。隠すなんて」
俺は小さくため息をついて、金子に向き直った。
立っている金子の方が上目遣いで俺を見据えている。なんでそんな不機嫌そうな顔をされるのだろう。こっちがそうしたいくらいだった。
「あのなぁ、新任教師をからかうのがそんなに楽しいか?」
「――そんなことしてない」
プイッと俺から顔を逸らして、ぷっくり頬を膨らませた。
化粧はキレイにしているけど中身はまだまだ子どもだ。このまま毅然とした態度を保つのが吉だろう。
「早く帰りなさい」
そう伝えると、金子は怒ったような表情のまま教務室を出て行った。
急に静かになった教務室でふと思う。
――弓月未来のこと。
あの子は化粧もしていないのに、唇はほんのりピンク。目はパッチリ二重で長くてくるんと上がったまつ毛。頬はチークを入れたかようなかすかな赤み。色は透けるように白い。
昔で言う高校生っていうのは彼女みたいなのが普通なのだろう。
今は金子や他の生徒みたいにメイクをしているのが普通なのか。よくわからなくなってきた。
ただ、彼女のように何もしなくても美しい女子高生は滅多にいないことは確かだろう。
家の環境が――
瑞穂から聞いたことを思い出して、なんとなく複雑な心境になっていた。
俺の家もそうだったから、もしかしたら彼女の気持ちに少しだけ寄り添えるような気がした。
そんなことを考えて自嘲する。俺が寄り添ったからってどうなるわけでもない。そもそもどんな状況かも知りはしないのに。
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