空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第7章 第90夜 恩愛 翔吾side

 雪乃は、事故後一週間あまりの記憶があやふやになっている。
 それはほんの少しの言動に表れる。

 つまり受傷後一週間の記憶がほぼ曖昧で、記憶が抜け落ちていたことが記憶されていない状況と考えた方が早いのかもしれない。
 だから俺の家で目覚めた時、本当に驚いたと言うのだ。


 みゅうを庇って事故に遭ったこと、そこから俺の家で抱きしめられて眠っていたところまで。
 雪乃の失われた記憶と時間が確かにある。
 そして、雪乃が俺に語った覚えのない本人の過去の記憶も――


 記憶が戻ったあと、雪乃は俺にひとつの嘘をついた。

 母親は病気で亡くなった、そう言ったのだ。
 事故後に語った記憶がないと明確になったのはその時だ。


「お母さん、病気? なんの?」


 目の前のソファに座る雪乃の様子を伺いながらそう尋ねると、明らかに動揺したような表情を一瞬見せて視線を彷徨わせた。
 そして思い出したかのように小さく息を吸い込み、小さな声で「脳梗塞」と告げた。きっとその病名が急に思いついたのだろう。
 確かに脳梗塞で急死することもあるはずだ。だけど、俺は、事故後に雪乃が泣きながら語った言葉を信じている。雪乃の母親は自殺で間違いないだろう。



**

 

 仕事帰りの金曜の夜、雪乃との結婚の話を実家の両親にしに行った。

 さすがにいい顔はされなかった。特に母は悲しそうに顔を歪めて今にも泣いてしまいそうだった。
 母は義兄をよく思っていない。孫ふたりはかわいいが、義兄とは正月の挨拶程度しか接しないようにしているようだ。
 姉もほとんど実家に寄り付かなくなっている。反対された上の結婚、しかも不倫で元妻からの略奪婚。
 近所の目も気になるようだと母が話す。姉には「たまにはあの子達を連れて帰ってきなさい」と言っているようだが、滅多に帰ってこないと言う。
  

「なんでよりにもよって喜幸よしゆきさんの娘を……それに――」


 母の言葉はそこで止まった。
 隣に座ってた父が止めたからだ。それじゃなかったらきっと最後まで言っていただろう。

 喜幸というのは義兄の名前。つまり雪乃の父親。
 姉が略奪してまで結婚した夫の娘じゃなくても、見合いの話が出ていた晴花がいただろう……と。
 晴花との見合いの件が流れたことはお互い承知の上だし、何より俺がそれを望んでいないこともちゃんと。もちろんダメ押しで、彼女にもすでに好きな男がいることも話した。
 
 その後、雪乃の母親について聞かれた。
 先日雪乃が俺にそう告げたように「病気で他界した」と話した。それが雪乃の望みでもあると思ったから。
 そのことに関しても母はいい顔をしなかった。さすがに何も言いはしなかったが。
 父は終始無言で俺の話を聞いていた。雪乃のことに関して口を出すでもなく、ただ一度だけうなずいて「近いうちに連れて来なさい」とだけ言った。



 その日と翌日の土曜は実家に泊まり、母と多くの会話をした。
 食事はちゃんと三食しているのかからはじまり、仕事はどうなのか等々。
 俺がひとり暮らしをしていると思っている母に雪乃と同棲していることは話せなかった。もちろん父にもだ。
 もちろん雪乃の事故のことも話していない。姉からバレることもないだろうし、このまま話さないつもりでいる。


 
**


 その翌週の週末、雪乃の母親の墓前に立つことができた。
 初夏の日差しが暑い日だった。
 すでに墓前には綺麗な花が手向けられていて、雪乃は誰が来たか見当もつかないと首をかしげる。

 本当はもっと早くに来るべきだったのに、なかなか来れなかったことを詫びた。
 彼女の母の墓前で、雪乃を大切にすることを誓う。ようやくずっとしたかったことが成し遂げられて、少しだけ肩の荷が下りた気がする。



 その足で親代わりになっているという叔母夫婦の家に向かった。
 
 雪乃の叔母は前に写真で見た母親似。大きな瞳のハッキリした顔立ちで、ふんわりと微笑む朗らかな感じの人だった。
 一方叔父は表情はあまり変わらないものの、時折雪乃を見る目がとっても優しい。
 この夫婦が親代わりでよかったとすぐに安心した。


 客間に通され、叔母に「素敵な人じゃない。やるわね」と揶揄られた雪乃は真っ赤な顔をしていた。
 まさかそんなことを言われると思ってなかった俺もどうしていいかわからず、小さく首を振ってしまう。すると、雪乃の叔母が小さく笑った。
 ゴホン、と小さく咳払いをした雪乃の叔父に助けられたと思う。茶目っ気たっぷりに舌を出す叔母を失礼ながら可愛らしいとさえ思ってしまった。
 こうやって場を和ませてくれているんだろう、そしてやりすぎないようちゃんと締めるのが夫の役目のようだ。


 少し話をしたところで雪乃と叔父が買い物に行かされることになった。
 しかも買ってきてほしいものが醤油でビックリした。雪乃も不思議そうな顔をしていたが、何も聞かずに素直に買い物へ出かけて行ったのだ。
 
 だけどこれは絶好のチャンス。
 疑問を真実にするための。もちろんハナから疑問なつもりはないけど、確証がほしかったのだ。


 雪乃達が出て行った直後、俺は意を決して叔母に問うた。
 雪乃の母親の死因を。もちろん雪乃からは病死と伝えられていることも。
 記憶のない時の雪乃の話をするには、交通事故の話もしないといけない。雪乃の許可なしに話していいか躊躇われたが、あとでバラしたことを彼女に怒られる覚悟をして伝えた。


 叔母はただただ驚いた表情を浮かべ、俺の話を黙って聞いてくれた。
 いつ雪乃達が帰ってくるかわからなかったので、なるべく簡潔に。
 身体に異常はなく、一過性の記憶障害はあったものの今のところは何の後遺症もないことがちゃんと伝わったか不安だったが、小さくため息を漏らした叔母から「教えてくれてありがとう」とお礼を言われた。

 そして、雪乃のことだから事故のことは一生告げるつもりもなかっただろうとも。
 雪乃は自分のことで他者に心配をかけるようなことは極力口にしないタイプだ。叔母もそのことはよくわかっているのだろう。
 

「雪乃を助けてくれて、そしてあの子を選んでくれて……本当にありがとう」


 ハンカチで目許を拭いながら、俺の質問に答えてくれた。
 きっと俺と同じ思いで、雪乃が帰ってくるまでに話をしておきたかったのだろう。

 雪乃の母親の死因、そして自分宛の遺書を見せてくれた。

 俺にとって少しだけ身近な存在の義兄を恨むようなことは何ひとつ書かれていなかった。
 ただ、自分ができなかった好きな人と一生添い遂げることを叶えてほしい。だから雪乃が連れてきた恋人を認めて祝福してほしいとだけ。
 連れて来た恋人がどんな男でも、雪乃を信じて見守ってあげてほしいと。


「素敵なお母さんだったんですね」

「ふふ、そうかしらね?」

「正直、なぜあの人が姉を選んだのかよくわからなくなってきました」



 愚痴っぽく零すと、雪乃の叔母がクスッと小さく笑ってお茶をひと口飲んだ。
 その表情は困惑したもので、その後すぐに首を横に振る。その叔母を見て、自分の今の思いをちゃんと伝えたいと思った。

 緊張のあまり、手に汗を握っていた。それを軽くハンカチで拭き取ると、雪乃の叔母がニコニコと微笑んでいた。
 

「先ほど、私のことを素敵だと……雪乃さんを選んでくれてってお礼を言われましたが、本当は逆なんです。私なんかが雪乃に選んでもらえる資格なんかないってずっと思ってて――」

「――翔吾さん」

「でもっ! 俺、本当に雪乃のことが好きなんです!」


 思い余って言った言葉にハッと我に返る。
 最初は『私』と言っていたのに、興奮のあまり『俺』になってしまったことや雪乃を呼び捨てにしてしまったこと、挙句の果てに『好き』とまで言ってしまって全身から汗がふき出しそうになった。
 目の前で雪乃の叔母が目を丸くして、こっちを見ていた。
 しまったと思ってももう遅く、眉を下げて見つめられている。もう開き直るしかない。そう思って、再び口火を切った。


「姉のことも俺自身のことも、雪乃さんには本当に申し訳ないことをしたと思ってます。だけどこれからは、彼女のそばにずっといたいんです」

「……ええ」

「一生雪乃を愛し続けますとは、申し訳ないですけど言えません……そんなできた人間じゃありません。俺はまだまだガキですし、それが免罪符になるとも思わないし、思ってもいません。言い訳かもしれませんけど『永遠の愛』を誓ったところで彼女がよろこぶとも思えません」

「そうね、あの子は父親……義兄を見てるから」

「だから……」


 喉がカラカラだった。手で喉元を押さえて小さく咳払いすると、目の前にお茶の入った湯呑みを差し出される。
 そこから湯気が立ち込めていて、まだ熱そうだ。これを一気飲みしたいくらいだったが間違いなくやけどするだろう。
 唾をゴクリと飲みこんで、かすかに潤わせた。そんな俺を見て、雪乃の叔母が眉を下げて微笑んだ。その笑みで少し落ち着く。


「だから?」

「今の……ありったけの愛を、彼女に……雪乃さんに誓います」


 神妙な面持ちの雪乃の叔母と目が合う。
 じっと瞳の奥を覗き込まれているようだった。視線を逸らせない雰囲気に息を飲む。ここで逸らしたら俺の気持ちが本心じゃないと思われそうで、容易に動けなかった。


「そう、わかったわ」


 満面の笑みと共に、差し出された雪乃の叔母の右手。
 それをまじまじと見つめてると、更にこっちに差し出された。


「私の言葉は姉の言葉と思ってくれていいわ。つまり、雪乃の母親の言葉。あの子をよろしくお願いします」

「は……! はいっ!」


 その手を両手でとって強く握り返してしまった。
 雪乃の叔母に俺の気持ちが伝わったことで、胸の痞えみたいなものがいきなり取り払われたような気がした。
 味方が増えるのは本当に心強い。しかも雪乃側の。本当にうれしい。


 その後、もうひとつの質問を持ちかけた。
 俺の携帯に撮った写真を叔母に見せると、小さく「ああ」と声をあげて、少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
 見せた画像は、雪乃のアルバムから小さい頃の写真をこっそり携帯で写したもの。  
 ぬいぐるみの実物を写したかったのだが、勝手に荷物をあさるのも悪いと思ったから。まあ、勝手に写真を写すのもよくないのだろうけど。


「このクマのぬいぐるみ、見たことありませんか? 知ってることがあったら教えてほしいのですが」

「……どうしてあなたがこのぬいぐるみをって聞くのは愚問ね。雪乃がまだこれを大事にしているからよね」


 ふふっと小さく笑うと、雪乃の叔母は携帯をこちらへ戻してきた。
 そして縁側から見える庭に視線を落として少し大きめのため息を吐く。


「義兄に聞いた方がよかったのかもしれないわね……私の口から話していいことなのかわからないけど」


 小さな声で語りだした叔母の歯切れはイマイチよくなかった。
 上目遣いで俺の様子を伺いながら首を傾げ、少し間を開けてから重い口を開いた。


「昔、義兄が雪乃の誕生日にプレゼントしたものだと聞いたわ」

「――えっ?」


 俺が驚きの声をあげた時、玄関の扉が開く音が聞こえた。



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Date:2013/07/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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