空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 8

第8話 優しい男の子

未来視点




 しばらく図書館のバイトを長くやらせてもらおう。母が帰ってくる前に家にいるのは危険だ。
 仕事終了後、いつも図書館にいたら不審がられるかもしれない。十九時から二十時までのお金はいらないから、時々仕事だけさせてほしいと頼もう。

 今日のバイトの時、館長にそうお願いする決意をした。




 放課後。

 教室掃除をしていると、当番の子がどんどん減っていった。


「弓月さん、ごめん。今日急ぐからあとお願いね」


 掃除がほとんど終わっていない状態でひとり取り残されてしまった。
 机は後ろにずらされたまま、掃き掃除も拭き掃除も終わっていない。わたしだって今日も図書委員とバイトがあるのに。

 言葉が話せたらこういう時、何て言うかな? お願い、きちんとやって、かな? 手伝って……かな?
 話せたらなんて考えるの、いい加減やめないと。そんなこと考えてても話せるようになるわけじゃないんだから。


「ひとり?」


 教室の後ろの扉の方から男の子の声が聞こえて、振り返ると佐藤くんだった。

 一度だけうなずくと、佐藤くんが無言で落ちていたほうきを拾い、掃き掃除を始めた。
 わたしは慌てて携帯電話を取り出し、文章を打つ。その画面を佐藤くんに見せた。


『佐藤くんは教室掃除当番じゃないでしょ?』

「――ああ」


 そっけない返事の佐藤くん。何となく冷ややかな感じがして怖かった。
 だったら彼に掃除をさせるわけにはいかない。その思いを伝えたくて続きを打ち込んでいると、いきなり佐藤くんの大きな手がわたしの携帯電話ごと覆った。

 驚いて背の高い佐藤くんを見上げると、感情の含まれない表情でわたしを見下ろしている。
 もしかしてわたし、嫌われているのかもしれない。一瞬そんな思いがよぎって不安になった。他の人とはもっとにこやかに会話しているところをよく見かける。話せないから、嫌われているの?


「文字打ってる暇があるなら手を動かして」


 真面目な顔でキッパリそう言われた。


“ごめん……なさい”


 唇の動きで伝える。
 わたしには思いを伝える表現法が……言葉が、ない。


“ありがとう”


 もう一度唇の動きで伝えて、携帯電話をポケットにしまい、掃除を始める。
 そうだよね。手伝ってるのに本人のあたしが携帯いじって掃除しないなんて腹立つよね。なるべく手を動かして佐藤くんを早く帰してあげないと。


「――ごめん」


 背後で佐藤くんの謝る声が聞こえた。
 振り返って佐藤くんを見ると、床を掃いている。
 ごめんって……? やっぱり手伝えないってことかな?


「言い過ぎた。弓月の表現手段を奪ったらダメだよな。ごめんな」


 背中を向けたままそう告げた佐藤くんがこっちを振り返った時、わたしの目から涙が零れ落ちた。
 佐藤くんが困ったような驚いた顔でわたしを見ている。
 違うの、この涙はうれしかっただけ。わたしの表現手段をちゃんと認めてくれたから、自分も認められたような気がして。

 そう伝えたいのに言葉が出ない。もどかしい。
 そんな思いを伝えられない自分がいやだった。だけど、佐藤くんの気持ちがうれしくて胸がぎゅっと締め付けられるようだった。


“ごめんなさい”


 涙を手で拭きながら謝る。
 涙が止まらない。早く止まって。悲しいわけじゃないのに、佐藤くんを困らせちゃう。


「弓月はいつも謝ってばかりだ」


 目の前にキレイにアイロンがかかった黒と白のチェック柄のハンカチが差し出されて、更に驚いた。
 男の子にこんなに優しくされたことなんてない。男の子だけじゃない、女の子にだってこんなこと……。


“ありがとう”


 佐藤くんをしっかり見上げて唇で表現した。
 借りたハンカチで目元を拭うと、柔軟剤のいい香りがした。優しい花のような匂い。
 いい人なんだ……佐藤くんって。


「早く終わらせよう」


 さっとわたしから離れて佐藤くんが掃除を始める。
 その背中に大きくうなずきかけて、わたしも掃除を再開させた。



 佐藤くんが手伝ってくれたから掃除が早く終わった。
 かっこいいだけじゃなくて、いい人だからモテるんだろうな。素敵な人だなって心から思った。


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Date:2013/07/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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