空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 4

第4話 第二の出逢い

柊視点




 まったく高校教師になんかなるんじゃなかった。心からそう思う。
 男子生徒からも女子生徒からもイジられまくりで疲れる。新任教師なんてこんな扱いなのかもしれないけど。


 県立横溝高等学校。ここが俺の職場。
 今年三月に大学を卒業して就職したばかりの新任。
 それなのに一年A組の副担任を任された。教員一年目で、普通はありえないだろう。
 必死で断ったが、元々副担をするはずだった先生が急遽産休に入ってしまい、どうしてもついてもらわないと困ると校長に泣きつかれ、しぶしぶ引き受けたのだった。


しゅう先生! 一緒に帰ろうよ♪」

「いつかな。さよなら」


 A組の女子生徒に後ろから顔を覗き込まれ、手のひらをヒラヒラさせてあしらってやった。
 高一の子どもになんて全く興味がない。


「ああん! 柊先生ツレないよぅ。名前覚えてくれたぁ?」


 舌ったらずなその口調。自己紹介の時のアピールがすごかった記憶が頭の片隅にある。
 確か、田……。


「田中」

「あったりぃ! 覚えてくれたんだ! うれしいっ」
「あー! ずっるい! 私の名前は?」
「私もー! ねぇ! 柊先生ってばぁ!」


 勘弁してくれ。
 まだ赴任して数日しか経っていないのに、全員の名前が覚えられるわけがない。


「柊先生ってカノジョいるの?」


 興味津々って感じの女子生徒達がわらわらと集まってきた。
 このくそガキ共……。


「いいから早く帰りなさい! 下校時間だ!」


 キャーッ! と蜘蛛の子を散らすように笑いながら教室を飛び出して行く。
 女子高生ってのはなんであんなにパワフルなんだろうか?
 今時の高校生はほとんどがメイクをして髪を染めている。子どもの癖に妙に色気づきやがって。




 職員室で帰りの支度をしていると、鞄の中に入れておいた本に手が触れた。
 そうだ、この本を返しに行かないといけないんだ。返却期限はまだあるけど、もう読み終わっている。
 
 借りたい本もあるし、瑞穂みずほのところに寄るか。



**



「返却ありがとうございました」


 借りていた小説を返却する。文庫本が一番いいんだ。
 ここ県立Y図書館は本当にいつ来ても落ち着くし、品揃えがかなりいい。学校から徒歩で来れるのもうれしい。大学時代から俺のお気に入りの場所だ。


「……と、この辺」


 ついひとり言を呟いてしまう。年取ったよなって思う瞬間。
 確かこの辺に俺の好きな作家の本があるはず。

 そうだ、今日は瑞穂いないのかな?
 羽織ったジャケットの内ポケットから携帯電話を出してメールしてみる。本を探すのは、ここに勤めている瑞穂に聞くのが一番楽だし、手っ取り早い。


「今日、は……っ!?」


 再び聞こえない程度の小声で呟きながらメールを打っていると、急に何かが俺の背中にぶつかってきた。軽い衝撃を覚え、小さく息を飲む。 
 それと同時に背後でドサドサと雪崩のような音がした。振り返ってみると、そこにはたくさんの本が散らばり、ひとりの女の子が尻もち状態で座り込んでいた。

 膝を立てた状態で、M字開脚。その体勢はまずいだろう?
 じっくり見たら下着が覗きこめてしまいそうな状況に、慌てて目を逸らした。


「……大丈夫?」


 視線を書架に移したまま俺が声をかけると、女の子跳ねるように立ち上がり、すぐに本を拾い始めた。
 長い髪の毛で顔が隠れてよく見えないけど、高校生? この制服って……。


「君……」


 俺が声をかけるとその子がサッとこっちを見る。
 大きな瞳に桜色に紅潮した頬。ふっくらした唇に思わず見入ってしまう。かなりの美少女だった。

 困ったようなその表情、そして口はパクパク何かを訴えるように動いてはいるけど、何を言っているのかはさっぱりわからない。
 首を傾げると、その子は俺の持っていた携帯電話を指差して両手を差し出してきた。


「は? 携帯?」


 そう訊くとその子がうんうん! とうれしそうに頷く。その笑顔も可愛くて、内心ドキドキしていた。
 なんだかよくわからないままその手に自分の携帯電話を乗せると、その子は素早く何かを打ち始めた。


「おい、何して……」


 声をかけると、その携帯電話をすぐにこっちへ向ける。
 凝視すると、画面には文字が打ち込まれていた。


『前方不注意でぶつかってしまい、すみません』


 その子が頭を深々と下げながら、俺に携帯電話を返してきた。
 それを受け取ると同時に、その子が床にしゃがみこんで本を拾い始める。なんだこの子?

 しょうがないから落ちてる本を拾うのを手伝ってやることにした。
 すると、その子が驚いた顔で俺を見ていた。そしてすぐ、にっこりと微笑む。


“ありがとう”


 唇の動きがそういっているように見えた。
 その子をよく見ると、胸元にはプレートがぶら下がっていた。


  『私は言葉が話せませんが耳は聞こえます……』


 言葉が話せない? 改めてその子を見ると、やっぱりかなりの美少女だと実感した。
 化粧もしていないのにこのかわいらしさ。うちの学校では見ないタイプ。色は透けるように白く、伏せた瞼から伸びるくるんと上にあがった長いまつ毛。まるで少女マンガのヒロインみたいだ。

 しかも聖稜高校の制服にエプロン? なんなんだ? この子は?


「柊、なにやってるの? あら? 大丈夫? 未来ちゃん」


 その子の後ろから瑞穂がひょいっと顔を出した。
 瑞穂がその子に声をかけると、うんと頷いて本を拾い続けている。


「ちょっと! 柊! 黙って見てないで拾うの手伝いなさいよ」


 瑞穂の声で俺は我に返った。
 そうだ。拾ってやらないと。瑞穂に「そういうおまえも手伝えっての」と悪態をつくと「わかってますよーだ」と言いながら馬鹿にしたように俺に『イーッ』と歯をむき出しにしてきた。やることがまるでガキだ。

 本を拾いながら、未来ちゃんと呼ばれたその子から目が離せなくなっていた。


 なんだこの感覚?
 彼女が書架に本を戻すところををじっと見てしまう。なんだか少し息苦しいというか……なんだ? この訳わからない初めての感覚は?

 まるで彼女のまわりだけ爽やかな風が吹いているようにさえ見える。
 それでいてなんとなく懐かしいような光景……。

 俺おかしい! なんだなんだ。
 女子高生見てこんな気持ちになるの初めてだぞ? やばいのか?


「連絡くらいしてから来なさいよ」


 そんな感情に心ひそかに狼狽えていた俺の背中を瑞穂が強く叩いた。
 それがかなりパンチ(平手だけど)がきいていて痛い。バシーンといい音がしていた。たぶん手のひらの跡がくっきりついているはずだ。細っちいくせして力だけはある。


 彼女は鈴木瑞穂すずきみずほ。同じ大学出身の元サークル仲間。
 瑞穂は大学を卒業後、この県立Y図書館に就職し、現在司書をしている。ショートボブヘアがよく似合う活発で行動的な女……なのにおしとやかな雰囲気の司書。


「ところで今日は何の用?」

「用がないと来ちゃいけないのか? まぁ本の返却だけど」

「あら? そうなの? 忙しいなら本を預けてくれれば返却しておくのに」


 書架の本を取り出し、別の場所へ戻す瑞穂。
 返却場所が間違っていたのか? 気づいてスッと直している。


「いや、借りたい本があったからー」


 本を探す振りをして、視線を未来へ移すと黙々と本の整理をしている。
 俺らの会話は聞こえているとは思うけど『我関せず』といった感じだ。


「あ、そう。柊今日時間あるの?」

「まぁ、あるといえばある」

「じゃ、今夜修哉と飲みに行く約束してるんだけど一緒に行こうよ」

「あー……」


 一瞬、口ごもって瑞穂から目を逸らす。

 修哉とは藤原修哉ふじわらしゅうやのことで、俺の高校時代からの親友。同じ大学卒でサークル仲間。
 そして修哉は瑞穂に惚れている。だからふたりきりの飲みの場を邪魔するのは本意ではない。


「俺はいいや。今日生徒の評価ファイルチェックしたいし」


 取ってつけたような理由だが、通じたようで瑞穂が少しふてくされた。


「もう、高校教師になるんじゃなかったなんて言ってたわりに真面目なんだから」

「早く生徒の名前と顔を一致させないと仕事にならないしな」


 嘘がバレないように適当に書架の本を取ってパラパラ見る振りをした。
 瑞穂は意外と勘が鋭いから、やっかいだ。その隙に未来に視線を移すと、彼女は横目で俺を見ていた。目が合ったのがわかったのか、すぐに書架に向き直ってしまったけど。

 美人な子だけどそれだけではない。どこかで逢ったことがあるようなそんな感覚がした。


 彼女はなんで話せないんだろうか?
 なぜだかわからないけど、そのことで頭がいっぱいになってしまっていた。



**



 自宅のマンションに着くと、まずシャワーを浴びる。
 その後は冷えたビールを一本出し、ソファに座ってテレビを観る。これが俺の日課。


 ひとり暮らしを始めてもう五年になる。大学入学と同時に家を出て、それからずっとだ。
 駅近の築五年目のマンション。こんないいところにひとり暮らしさせてもらえるのは親父のおかげである。親父の金で俺はこのマンションに住まわせてもらっているのだ。

 親父といっても血のつながりはない。



 俺の母親と義理の(今の)父が再婚したのは俺が五歳の時だった。

 本当の父親と母親は俺が三歳の頃に離婚をしている。
 本当の両親が離婚してから五歳になるまで俺は実の父親と暮らしていた。

 しかし五歳の時、急に母親側へ親権が移された。
 そして今の義理の父と実母と三人で暮らすことになったのだ。


 実の父親より義理の、血のつながらない今の父の方が財政面で長けていたからだろう。幸い新しい親父は優しく、俺をかわいがってくれた。

 その二年後、義理の父と母親の間に子供が生まれた。俺の弟だ。
 リビングにあるキャビネットに四人の写真が置いてある。義理の父と母親、弟、そして俺。
 義理の父は分け隔てなく俺にも弟と同じくらいの愛情を注いでくれた。本当に感謝している。



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Date:2013/07/26
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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