空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 3

第3話 アルバイト

未来視点


 
 
 ここは県立Y図書館。この県内で一番大きい図書館である。
 聖稜高校から徒歩で十分程度の距離にあるこの図書館で、今日からここでアルバイトをすることになっている。


「今日から書架整頓のアルバイトになった弓月未来さん。彼女は言葉は話せないけど聞くことはできる。なるべく『はい、いいえ』で答えられる質問を心がけてください」


 館長に紹介をされ、広めの事務室の入口で注目を浴びながら、わたしはぺこりと深く頭を下げた。
 館長の説明に職員の方が納得して笑顔と拍手で迎え入れてもらえた。クラスメイトに向けられた視線を思い出し、ここではそれがなかったことに安心してしまった。


 主に書架整理と返却された本を書架へ戻す、配架の仕事だ。
 本好きのわたしにとってはうれしい仕事だった。配架中に気になる本を手にすることもでき、購入しなくていいから一石二鳥だ。

 学校にお金がないから特待生を希望している等の事情を話すと、この図書館でのアルバイトならということで特別に許可された。
 学校の理事長とこの図書館の館長が親戚関係のためという理由だが、バイトが認められて働けるのは助かった。バイトをすることで特待生制度を受けられなくなるのは困る。
 その代わり、校内順位五位以内は必ずキープしなければならない。成績がそれ以下になった時、アルバイトは認められなくなる。勉強も頑張らないといけないのだ。


 アルバイト時間は一応十六時から十九時まで。
 図書館が閉まるのが十九時。本の整理日などは二十時まで残業があるそうだ。仕事終了後は図書館の本を読んでもいいし、勉強に使ってもいいとのこと。
 ただし、最終戸締りの職員が帰る前まで。それでも充分ありがたかった。

 早く家に帰りたくない理由があるから。



 仕事は学校からそのまま行くので、制服の上にエプロンをつけて行う。
 そして首からは小さなプレートを提げる。


  『私は言葉が話せませんが、耳は聞こえます。返事に時間がかかります。ご了承ください』


 名刺大の大きさのプレートにタイプされたその文字。ネームプレートとは別にそれが必要不可欠なアイテム。
 このくらいのことはなんてことない。仕事ができるなら耐えられる。わたしが言葉を発することができればこんなものは必要ないのだから。
 
 自虐しているわけではない。自分の運命を認めて、受け入れているだけだと言い聞かせる。
 わたしにだってわずかばかりのプライドはある。だけどそんなもの、折れるか折れないか寸でのところで繋ぎ止めるよりは、捨ててしまった方が楽なのだ。

 そうじゃないと、お金を稼ぐことなんてできない。生活をしていけない。
 生きていくことが一番大事なのだから。





 仕事を終え、家に着いたのは二十時を過ぎていた。
 喜和荘、一〇一号室がうち。築五十年近く経っているんじゃないか? と思わせる古い造り。廊下を歩けばぎしぎしと軋みをあげる。
 だけど縁側がついているし、風情があってわたしはこの部屋がとっても好きだ。

 玄関に回らず、アパートの入口から直接左斜めに入り、小さい庭の縁側の方へ向かって入るのが癖になっている。そこから入ると家の茶の間の状況がすぐにわかるから。
 茶の間の奥に小さい台所がある。そこに母の後姿が見えた。
 今日は帰ってきている。その事実にホッとして縁側から家に入った。


「あら、未来おかえり。今日もそっちから?」


 母の優しい笑顔にわたしは小さく頷いた。
 小さいテーブルの上におかずがふたりぶん並べられていた。今日はお魚の日。


“お母さん、着替えて手伝うよ”


 唇の動きで伝えると、小さく首を振った。
 母はもう読唇術の達人かもしれない。長年そうして会話を続けてきたからなせる業であろう。


「いいのよ、未来は疲れているでしょ? 早く着替えて食べなさい」


 うん、とうなずいてから縁側から向かって茶の間の右隣の部屋へ入る。
 勉強机があって、小さい本棚があって、洋服を入れる棚がひとつ。布団を敷いたら足の踏み場もなくなる。ここがわたしのお城。
 素早く制服を脱いで、ピンク色のスウェットに着替える。これが一番楽だった。オシャレな私服なんて持っていない。これで充分。



義父おとうさんは?”

「さっき出かけたのよ。知り合いに用があるって」

“そっか”


 つい口元が緩んでしまう。その表情を母に見られないよう、そっと俯いた。


 よかった……今日は落ち着いて眠れそうだ。


→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/07/25
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/121-3b2f0089
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)