空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 1

第1話 出逢い
 
未来視点





 あの時めぐり逢えた奇跡を、いつまでも忘れないだろう。



 茶色いブレザーと紺色のハイソックスには学校指定のエンブレム。ワイシャツの襟元には赤いリボン。茶色ベースのギンガムチェックのプリーツスカートは膝上で少し短め。
 バッグは学校指定の紺のショルダータイプ。同じくエンブレムつき。


 今日から私立聖稜学園高等学校の生徒になる。

 弓月未来ゆづきみらい 十五歳。

 髪は肩甲骨あたりの長さのストレート、やや茶色(地毛)
 中肉中背? やや痩せ気味? と言われる。一六〇センチ、四十五キロ。
 それがわたしの外見スペック。普通の高校生……と、言いたいところだけど実は違う。

 わたしには見えない異常がある。




「未来、気をつけて行くのよ」


 玄関から母が見送りをしてくれる。


“行って来ます”


 わたしは口の動きで母に話しかけた。

 口がきけない。言葉を発することができない。
 これが、わたしだ。


 耳は普通に聞こえる。
 ただ、言葉が声になって口から出ないだけ。
 ただ、それだけ。そう自分は思っている。


 今日は高校の入学式だけど、母は仕事だから来れない。
 入学式だけでなく中学の卒業式にも出ない。それに関してわたしは何も言わない。母の仕事の状況はわかっているから。



 わたしが言葉を失ったのは三歳の時。
 それまでは高くてしっかりした声を発していたと母は言う。

 あの事件が引き金だった。
 十二年前のあの事件がきっかけだった。そのことに関してのわたしの記憶は曖昧である。

 燃えさかる炎……その中で燃えて行く家。
 想い出のぬいぐるみ、ソファ、テーブル……全てを燃やす炎。


 そして、父。




『早く行くんだ! 未来! 幸せになるんだ!』


 父の最期の言葉。
 それだけは今でも鮮明に残っている。

 少し大きくなったわたしが、あとから知ったこと。

 父は火事の現場から逃げ遅れたわたしを助けに、制止する消防士を振り切って室内に戻った。そして、泣き叫ぶわたしをベランダに出した後、父の上に柱が倒れた。
 後から追いかけてきた消防士に一度は救助されたものの、そのまま還らぬ人となった。

 
 わたしは父が燃えていく姿を見ている。


 救出された後からわたしはひと言も話せなくなっていた。
 事故後の心的外傷後ストレス障害《PTSD》とも言われている。
 





 高校は家の最寄り駅から各駅停車で三つ目。
 県内では有名な進学校。

 ここの生徒になれたのは奇跡と言っても過言ではない。
 わたしは特待生になりたかった。なれなければ入学はできなかった。
 家にはお金がない。うちは貧乏なのだ。

 中学の先生に高校進学は難しいかもしれないことを話すと、この学校の特待生制度を勧められた。
 私立高校だから一般入学は莫大な学費がかかる。だけど、わたしの学力なら特待生を狙える可能性があると強く推され受験をしたのだ。

 もしこの高校に特待生として入れていなかったら働くつもりでいた。
 この高校の特待生になるためには入学試験を首席で通らなければいけない。毎年首席合格者一名のみが特待生になれる。


 でもわたしは首席合格ではなかった。
 二番の合格だったそうだ。だから本当だったらこの高校には入学できなかったはず。

 でも首席合格した生徒が特待生制度を辞退した。
 それで二番合格だったわたしが繰り上げで特待生になれたのだった。





「新入生代表、一年D組 佐藤悠聖さとうゆうせい


 今、講堂の壇上で堂々と新入生代表の挨拶を終えた彼こそが首席合格した人だ。
 高身長に上だけ細い黒縁眼鏡、凛とした眼差しと通った鼻筋に引き締まった唇。黒くてサラサラな短すぎず長すぎない髪。彼は誰からも注目を浴びる人物だった。

 あの人のおかげでわたしはこの高校に入学できた。感謝の気持ちでいっぱいだった。
 一年D組。わたしと同じクラスだ。




 入学式が終わると教室へ戻る。
 教室内は知り合い同士でまとまってくっついている状態。

 わたしの出身中学からこの高校へ入学した生徒はいない。わたしは静かに自分の席で本を読む。小さい頃からこうして本を読んでいれば何時間でも過ごすことができた。
 
 弓月、という姓のおかげで出席番号は大体一番最後のことが多い。
 このクラスでもそのポジションで、席は窓際の一番後ろ。校庭がよく見渡せるいい席だった。

 本のページをめくろうとした時、後ろから肩を叩かれた。
 振り返ると、ボブカットで笑顔の可愛い女子生徒だった。


「ねえ、あなたどこ中出身? 私はS中から来た吉住 玲よしずみれい! よろしく」


 急に話しかけられて慌てて携帯電話をポケットから取り出す。
 “待ってね”と口で表現して左の手のひらを広げて玲に見せた。急いで文字を打つ。もう文字打ちはお手のもの。


『はじめまして。A中出身の弓月未来と申します。耳は聞こえるけど言葉は話せません。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします』


 その画面を玲に向けて見せる。
 玲はビックリした表情でわたしを見た。


「……そうなんだ。ごめん。話しかけたりして」


 玲がわたしから目を逸らした。
 少し前まで騒がしかったくらいの教室内がしん、と静まり返っていた。そちらに視線を向けると、わたしと玲のやり取りをクラスメイトが冷たい視線で見ていた。


「なにあれ?」


 笑いを含んだ声がどこからともなく聞こえてくる。
 わたしは玲に頭を下げて前に向き直るしかできなかった。胸の奥は冷えたような感じになったけど、それをひた隠して小さく自嘲する。


 わかってる。わたしは普通じゃないんだって。
 そのまま本を読み始める。本の世界に入ってしまえば周りの声なんか聞こえない。こうしていればいつかはこの時が終わるの。それをひたすら待つだけ。

 ずっとこうして生きてきた。




 始業のチャイムが鳴って担任の高橋先生が来た後、自己紹介が始まった。

 出身中学、呼ばれていたニックネーム、趣味など適当に言っていいとのこと。
 出身校と名前しか言わない人、笑いを取る人様々だった。

 その中で一番目を引いたのは、彼だった。


「佐藤悠聖、S中出身。中学の時はユウセイって呼ばれてました。よろしく」


 首席合格の秀才でイケメン、少しはにかみながらする自己紹介には騒がしいほどの拍手が響いた。
 クラスの女子だけでなく学年女子の注目度、ナンバーワンだろう。
 S中というと、後ろの席の玲と同じ中学だ。


 どんどん自己紹介が終わってとうとうわたしの番になる。


「次は弓月だな、立ってくれ」


 高橋先生に促され、わたしはゆっくり席を立った。


「彼女は弓月未来さん。A中出身。理由があって言葉を話すことができない。耳は聞こえるし自分の意思は筆談や携帯電話の画面を利用して伝えることができる。みんなよろしくな」


 みんながわたしを見ているのがわかる。
 高橋先生がわたしの代わりに自己紹介をしてくれたから頭を下げるだけでいい。深々とお辞儀をして席に着いた。


 ――その時。

 パチパチパチ……と高い音の拍手が聞こえた。
 ひとりだけ拍手をしてくれている。それが首席合格の佐藤くんだった。

 その佐藤くんにつられるように拍手が広がっていく。
 佐藤くんは前を向いたまま、ずっと拍手をしてくれていた。
 恥ずかしいような、でもうれしい気持ちが入り交じった感情がわたしの中で芽生える。


 それがわたしと佐藤悠聖くんとの出逢いだった。


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Date:2013/07/24
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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