空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第6章 第86夜 事件

 
 翌日、出社すると少し早く来ていた三浦さんが俺を手招きした。
 なんだか酷く疲れた表情なのは気のせいじゃない、よな。しかも微妙に顔がむくんでいる気がする。


「なんすか?」

「ちょっと、頼むわ。もうオレ疲れたし」


 何事? と思っている間に背中を押され、休憩室の横にある非常階段の扉を開けて押し出された。
 そこに立っていたのは湯田晴花で。


 後ろの三浦さんを振り返ると、疲れ果てた表情で何度もうなずく。
 よく見ると晴花の顔もむくんでいる。目の回りもそうだが、顔全体がはれぼったい。
 いつものような過剰メイクは施されておらず、むしろスッピンのようで、最初は誰だか気づかなかったくらいだ。

 晴花は一瞬泣きそうな表情を俺に向けて、すぐに俯いてしまう。
 

「ほら、雨宮連れてきたんだから早く言えよ」


 後ろから三浦さんが俺の目の前でもじもじしている晴花を煽る。
 三浦さん、晴花には(にも?)遠慮ないなっていつも思う。雪乃に対する態度と真逆なのが何となくおかしい。
 

「だって……あの……いきなりすぎて心の準備が……連れてくるの早すぎ……」

「おまえが連れて来いって言ったんだろうが」


 はあっと三浦さんの大きなため息が非常階段の踊り場に反響した。
 こんなに苛立ちを露わにする三浦さん、相当珍しいぞ……? 何があったんだろうか。


「湯田がおまえに謝りたいんだと」

「え?」


 三浦さんの発言に晴花が真っ赤な顔をあげた。
 その目尻はうっすら光っていて、二の句が継げなくなった。晴花が俺に謝る?


「三浦さん! 言わないでくださいよぅ……」

「じゃあ手早く話せっつーの。これからオレらは外回り行くんだから」

「わかってますよぅ! もうっ! あのっ……翔吾さん、すみませんでした……いっぱいご迷惑おかけしちゃって……でも、本当に好きだったんです。ひと目惚れだったんですぅ!」


 うぇぇ……っと泣きしゃっくりを上げる晴花。
 なんで急に泣き出すかなあ……謝ってもらっても泣かれたら俺が泣かせたみたいでどうにもできない。
 ポケットからハンカチを出す。昨日のでしわくちゃだけどないよりましだろう。


「もういいから、ほらこれ使って」

「マ……母に怒られて……パ……父も落ち込んでて……だけど、だけどぉ」

 
 俺の手からハンカチを取ってさめざめと泣き出した。
 こんな風に謝られたら許すしかないじゃないか。俺より雪乃に謝ってほしい気持ちなんだけど。
 マだのパだの言ってるところみると、家ではあの厳つい湯田専務を『パパ』と呼び、あの影の支配者のような母親を『ママ』と呼んでいるんだろうなとすぐにわかって笑いを堪えるのに必死だった。


「三浦さんに怒られて……でもぉ……」

「はぁ? でも、なんだ?」


 俺の後ろから三浦さんのどすのきいた鋭いツッコミが入り、晴花の丸まった背中がぴっと伸びたのを見逃さなかった。
 まるで教師と生徒みたいな関係にまた笑いがこみ上げそうになる。


「……んでもないですぅ……ごめんなさい」


 ションボリと肩を落とす晴花が哀れに思えて、もういいを繰り返すことしかできなかった。
 本当は何もいいことなんてないんだけど、反省してくれているだけでもういいと思えてしまった。
 三浦さんはこのワガママ娘にどんな雷を落としたのだろうかすごく気になるところだった。
 俺と雪乃のために説得してくれたんだろうなってわかったから、本当に三浦さんにも頭が上がらない。


「もういいか? 諦めはついたのか?」

「はい……もう十分です。雨宮さんのこと、忘れます……でも……」


 ――でも?

 振り返って三浦さんに視線を向けると、向こうも不安そうな表情で俺を見ていた。
 俺のハンカチで顔を拭うと、真っ赤に腫らした目でにこっと微笑む晴花。そして――


「三浦さんのことを好きになっちゃいましたっ! いいですよねっ」


 大きな声でハキハキと胸を張ってそう言い放ったのだった。
 三浦さんのこめかみに青筋が立ったのがわかった。まるで漫画のようだ。


「バカか! いいわけないだろうが!?」

「ええっ? なんでダメなんですかっ? 雨宮さんのことは三浦さんに言われたとおり諦めましたよ?」

「それとこれとは話が別だろうが! 親の権限振りかざして見合い話にこぎつけるようなお嬢様なんかオレはお断りなんだよ」

「もうそんなことしないから! だからいいでしょ? 正々堂々とアタックしますからー♪」


 俺を盾にして距離を保とうとする三浦さんと、逆にそれを縮めようとする晴花。
 なんだかお笑いコントみたいな状況になってるし。俺、ここに必要ない気が……。

 心から迷惑そうな三浦さんを横目に少しだけ助かったと思ってしまった俺は悪魔なのかもしれない。



 外回り中、三浦さんは終始不機嫌だった。
 午後になり、蕎麦屋で軽く食事を済ませて一回りした後、シズールでコーヒーを飲みながら昨日の状況を説明してくれた。

 十五時過ぎのカフェスタンドは意外と混んでいて、カウンター席しか空いていない。
 歩道向きのカウンターの一番奥の席をキープしてそこに座った途端、三浦さんが疲れきった様子で肩を落とした。
 どうすることもできず、お世話になったお礼に今日は食事とお茶を奢らせてもらった。
 まあ、こんなもんじゃ足りないとは思うから近いうちクマさんの店でも奢ろうとは思っている。


 昨日、泣き喚く晴花をつれてクマさんのお店に飲みに行ったそうだ。
 その時、カウンターで三浦さんとクマさんのお説教を延々と聞かされた晴花は自分がした事の重大さを突きつけられた。
 二人の前で俺のことを諦めるとキッパリ宣言したという。

 偉い、偉いと頭を撫でてやり、飲みたいだけ飲ませて慰めてやった。
 クマさんも「ここはボクの奢りだ」と大判振る舞いを見せたという……そんな時行きたかったなと少し残念な気持ちになった。

 三浦さんもここぞとばかりに飲み、晴花も飲んだ。
 そして、気がついたら三浦さんの家のソファで晴花が寝ていたと……。


「手は出してない。さすがにその辺の自制は効いてる。だけど家に連れ込むつもりはなかったんだけどなあ……しくじった」

「ホテルじゃなくてよかったじゃないですか」

「くっそ! 他人事だと思って……オレはな、簡単に異性を自分の部屋にあげたりしないんだよ。なんでよりにもよってあいつなんだ……」


 落ちた木の葉も吹っ飛んでいってしまいそうな大きな息を吐き出して、三浦さんが頭をかき乱す。
 確かに三浦さんはいつもいくら飲んでも酔っているような感じを見せない。常に素面のようなポーカーフェイスで大人の対応をしている。
 

「でも何もしていないんでしょう? なら――」

「嫁入り前の女の子を男ひとりの家にあげるのはよくないだろう……はあ」


 簡単に異性を自宅にあげたりしないっていうのは本心だろう。
 しかし、三浦さんは過去に雪乃を自宅にあげている。きっと三浦さんが雪乃にそうするように言ったんだろう。


「なんだよ、風間ちゃんにだって何もしてねーよ?」

「疑ってないですよ。ただ、そう思うならなぜ雪乃を家にあげたのかなーって」


 少し意地悪な質問だったかもしれない。
 ぐっと言葉を詰まらせながら、三浦さんが俺から目を逸らした。


「行くところない彼女をほっとけないだろう。あの子の自宅にはおまえが待機してただろうしさ」

「それだけの理由です?」

「当たり前だろう。オレは風間ちゃんを大事に思ってるんだ……って! 勘違いするなよ? もう諦めてるから。今は妹を見守るような気持ちで」


 コーヒーに口をつけて三浦さんが歩道の方を見据える。
 その気持ちに偽りはないだろう。この人は嘘をつくような人じゃない。
 そして三浦さんも雪乃の不思議な魅力に惹かれたひとりなんだなって思ったら、うれしい気持ちになった。そして少しだけ優越感。
 
 俺は三浦さんのように頼れるかっこいい男じゃない。
 そんな俺を選んでくれた雪乃に感謝の気持ちでいっぱいだった。

 いろんな人の助けがあってここまで来た。ここまで来れた。

 三浦さんの思いも犠牲にしてきた。
 俺はいろんな人を傷つけてきた。その過去は戻せはしない。
 だけどそこにこだわって何が残ると言うのか。何も残りはしない。

 それなら前を向いていくしかないじゃないか。振り返ってなんかいられない。

 
 これからは雪乃と歩んでいく未来を見据えて、歩んで行こう。


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Information

Date:2013/06/15
Trackback:0
Comment:2
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

* えええええ~

三浦さん・・・・・ショックです。
よりによって晴花だなんて・・・
ダメです。絶対!
まだ遅くないです・・・絶対引き返しください!(笑)
2013/06/18 【わたし】 URL #- 

* わたしさま。


こんばんはー!コメントをありがとうございました!
お礼が遅くなってしまってすみません。

三浦さんの件に反応をいただき心からよろこんでおります。
まだ大丈夫ですよね。三浦さんにその気ありませんし。
ただ、彼優しい人だから…いえいえ!たぶんほだされはしないかと。

引き返してくださいに笑ってしまいました(ごめんなさい)

いつも楽しく心温まるコメントをありがとうございます。
本当に元気とやる気をいただいております。
また少し更新滞っていますが、今後ともよろしくお願いします。

こなつ。
2013/06/22 【こなつ】 URL #- 

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