空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第7夜


「ここのね、揚げ出し豆腐がマジうまいの。あと魚の煮付けも。雪乃さん、和食好きでしょ?」

「……嫌いではないです」


 結局わたしは雨宮翔吾に言いくるめられてオススメの和食居酒屋へ連れ込まれてしまった。

 『ユズリハ』という名の一見普通の居酒屋さんで、入るとカウンター席の向こうから髭もじゃの頭にタオルを巻いた店員さんが笑顔で迎え入れてくれた。

 奥を勧められ、カウンター席を左見て大きな暖簾をくぐるとその先は長い廊下になっていた。靴を脱いで下駄箱に入れる。初めての場所で緊張してしまい、キョロキョロしてると雨宮翔吾がそんなわたしを見てくつくつと笑った。

 ……うう、こういうの慣れてないってばれてしまったかも。恥ずかしい。だって男の人とふたりきりで食事なんて今までしたことないから。
 意識しすぎかな? ただちょっと飲みに来ただけ! 心の中で自分に言い聞かす。


 一席ごとに個室様の造りになっていて、上の開いた襖でいちいち閉められてしまう。
 テーブルは掘りごたつの造りで、足が伸ばせるのはうれしいけど……。

 薄暗い部屋? に和紙のちょうちんのようなわずかな光がひとつ。
 目の前には両頬杖をついてニコニコ微笑む雨宮翔吾。
 
 なんでこんなことになってしまったのか?

 名前で呼ばないでからこの話になってしまったのだ。
 
 
『呼んでほしくなかったら、今日食事につき合うこと!』

 
 そんな提案をされてしぶしぶ……。
 それなのにいまだ呼び続けられてるって何? 約束が違うような?


「ふうん、私服そういう感じなんだ」


 マフラーを外してコートを脱ぐと、わたしのクリーム色のアンサンブルを見てうんうん頷いている。
 なんの頷き? さっぱりわからなかったけど、わたしはその場で俯いて目を逸らす。
 
 こんなことになると思わなかったから適当。思っててもオシャレな洋服なんて持っていないし、着る機会すらないもの買わない。下は黒のボトムスにいつもの運動靴。


 じっと見つめられている雰囲気が伝わってきてとっても居心地が悪い。
 このまま逃げ出したい気持ちにしかならない。
 とにかく緊張で喉がからからだった。何かすぐにでも飲みたい心境。


「ねぇ、雪乃さん。少し頭上げたら?」

「いえ、結構です」

「ほら出た! 結構です。上流階級の奥様がよく言いそうな台詞」


 雨宮翔吾の手がわたしの額に伸びてきて、上にぐっと押し上げた。
 上目遣いにわたしの顔を覗き込むこの人の顔は整っていてすごく自信に満ち溢れている。
 まるで別の人種のような……そんな感じにすら思える。


「お飲み物お待たせしましたー! 生とウーロンハイです」


 威勢のいい店員さんが襖をがらりと勢いよく開けて飲み物を運んできた。


「はっ? わたし烏龍茶って……」

「大丈夫、薄いから。はい、乾杯」

 
 目の前にドン! と大きなウーロンハイのグラスが置かれる。
 雨宮翔吾は自分の生ビールのジョッキを持ってわたしのウーロンハイにそっとそれを当てた。
 ビールがこの人の喉元をうねるように動かしてすごい勢いで消えてゆく。


「ふあー! うまいな」


 喉が渇いてしょうがないからしかたなく目の前のウーロンハイで唇を潤す。
 うん、どう考えてもお酒だ。
 薄いのか濃いのかなんてさっぱりわからない。どう味わってもいつもの烏龍茶とは違うもので違和感がある。でも口をつけてしまったから今さらどうにもならない。


「猫みたいな飲み方……」

「……すみませんね」


 グラスを持ち上げて右横を向く。飲んでいるところを見せないようにしよう。
 左手でグラスの縁を持って口元を隠す。


「別に謝ることないのに。ささ、食べよう。おいしいから」


 目の前に置かれた揚げ出し豆腐を雨宮翔吾が自らの箸で半分に割っていく。

 えっ! それすでにお手つきじゃん? お通しつついた箸だものっ。
 人が使った箸で割かれたものなんか食べられるわけないのに! しかも相手はこの人だしっ。


「ほい、食べやすくしておいた」

「……結構です」

「えーっ? またそれ? ここまで来て往生際悪過ぎない? これほんとうまいんだって」


 うまい、うまくない以前の問題なんだけど……。
 半分の大きさに切られた揚げ出し豆腐を、迷いなくわたしの小皿にのせてきた。


「いや……あの……」

「騙されたと思って食べてみて」

「そうじゃなくてあの……」


 ああ、揚げ出し豆腐の大皿からあんかけの部分をスプーンですくってかけ始めた。
 もうどうにもならない。


「あ、もしかして俺の箸で切ったから嫌とか? そういうの気にする子? 雪乃さんって」

「……」

「大丈夫。病気なんか持ってないから。安心して食べて」


 病気云々じゃないんだけど……。
 こんな緊張してたら食べられるものも食べられなくなる。
 しょうがない、ここは意を決して!

 自分の箸でさらにその揚げ出し豆腐を小さく切ってえいっと口に入れた。


「あ……おいし」

「でしょ? ふわっふわでしょー?」


 色はそんなに濃くないのに味がしっかりしみていて、この人の言うとおりふわふわだった。
 気づいたら人が箸つけたのとか忘れてお皿が空になっている。


「はい、こっちもおいしいからね。食べてみて」


 小皿にそっといろいろのせられている。
 ちらっと雨宮翔吾を見ると、ニコニコして魚の骨を取っていた。
 ……この人、世話焼きなのかしら?


 勧められるまま出されたものを食べていたらすぐにお腹がいっぱいになってしまっていた。
 出されたウーロンハイもすでに抵抗がなくするする飲めている。


「雪乃さん、意外と飲めるクチなんじゃない? なんで飲まないの?」

「……なんでと言われましても」

「ほっぺ紅く染まっててかわいい」

「――!?」


 両手で頬を覆うと雨宮翔吾は満足そうに大笑いした。
 なんでこんなにドキドキするんだろう……うん、お酒のせいだ。絶対にそう!

 それに名前で呼ばれたくないから食事の話もしぶしぶ受けたのに、もう当たり前のように呼ばれているのはなぜ? 話が違うし!


「雪乃さんはもっといっぱい笑えばいいのに。食べてる時の笑顔とかすげーかわいいのにな」

「なっ……」

「なーんか俺、嫌われててショックなんだけど……結構雪乃さん気に入ってるのに」


 ジョッキをぐいっと持ち上げてビールを飲み下す姿をじーっと見つめてしまった。
 気に入っている? わたしを?
 すでに酔っているな……こんなこと普段のこの人が言うはずがないもの。
 ウーロンハイを飲みながらこの人の様子を伺うと、そっちのほうが真っ赤な顔してるじゃないのって思うくらいだった。


「ねえ、雪乃さん……なんで俺が雪乃さんにばかり仕事頼むかわかる?」

「……利用しやすいから」

「え?」

 
 雨宮翔吾の表情が一瞬曇る。


「利用しやすいから、ですよね。知ってますから」

「え……ちょっと……」

「だからこんなふうにお気遣いなく。いつでも頼まれればやりますよ。それしかできませんから」

「雪乃さん……あのさ」

「どうせわたしのことなんか先輩だなんてちっとも思っていないんですもんね。高畑さんには先輩だから頼めなくてもわたしなら……」

「――――待って! 雪乃さん!」


 ダン! とテーブルにビールのジョッキが乱暴に置かれて大きな縁から少しだけしぶきが飛び跳ねた。
 真っ赤な顔だけど真剣な表情でわたしを睨むように見つめている。


「あのさ、誤解があるようだから訂正させて」

「誤解なんてないので結構です」

「ほら! また! あのさー俺の話を聞いてよ」

「聞くまでもありません。利用したいのならどうぞしてください。頼まれたことはちゃんとやるつもりですから」

「本当に?」


 ニヤリと雨宮翔吾の口角が上がった。
 その笑みにわたしの背筋がゾクリとした。
 
 なに……この色気たっぷりで何か企んでいる的な表情は……?


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Date:2013/01/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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