空色なキモチ

□ 重圧な愛 □

重圧な愛 7 航平→麻衣side

「何を言ってるの?」


 今にも泣き出しそうな麻衣が俺を見る。その目許はすでに少し濡れていて、潤んでいた。
 ユラユラと涙の膜がもどかしそうに麻衣の瞳を覆い、すぐに一筋の雫となって流れ落ちる。


「兄貴が好き?」


 ありえない、と思いながらも怒気を孕んだ口調で尋ねてしまう自分がいた。
 情けないけどずっと兄貴には嫉妬している。ちっぽけで情けない性分を隠せない。
 すぐに首を横に振る麻衣の目は嘘をついているようにも、俺の理不尽な態度に怯えている様子も見られなかった。
 
 好きじゃないのに身を任せた。
 やっぱりそうだったんだ。兄貴の言うことは本当で、麻衣はずっと俺に内緒にしていたんだ。


『麻衣はおまえが万引きしようとしたところを見てる。あいつがオレにおまえを止めさせたんだ。その条件に――』


 少し前に兄貴から聞いた過去。思い返すのもおぞましい。
 だけど麻衣は俺のためにずっと我慢してたんだ。それをひと言も口にせず、俺の言うなりになって。

 おかしいね、麻衣。俺が服従させてきていたと思っていたのに、それは麻衣の犠牲のもとに成り立っていただなんて。

 なんで耐えた? なんで言わなかった? なんで――
 それを問うてもきっと麻衣は何も言わない。俺がねじ伏せたから。全ては俺のせい。

 だったらもう何も訊かない。

 ただ継続するのみ。だって離すつもりは最初からないのだから。
 

「麻衣。君はあの時からずっと俺だけのものだ。もう二度と誰にも触れさせない」


 流れ出す麻衣の涙を親指で拭うと、大きな目をこれでもかというくらい見開いた。
 

「あのとき?」


 本当に気づいていないような、きょとんとした表情で俺を見上げる麻衣の額に唇を押し当てた。
 びくんと身体を強張らせる麻衣の戸惑いがダイレクトに伝わってきて、少しだけもどかしい。

 震える唇を親指の腹で拭い、下唇を軽く下に押すと自然に開いてゆく。麻衣の小さな歯が見えた。


「幼稚園の頃。俺のキスを受け入れた時点で麻衣は俺のもの。この唇も、目も、鼻も頬も――」

 
 再び指の腹で唇を拭うと全身で驚く麻衣。その指で瞼を、鼻を撫でた後に手のひら全体で頬を包む。
 俺の手を追うように、麻衣の視線が揺れ動くのが可愛かった。


「閉じ込めてやる」

「え?」

「俺以外見れないように。高校卒業までは待ってあげる。だけど――」

「ちょっと待って……わたし……」

「好きじゃないんだよな? 俺のこと。わかってるよ。わかってる。でもダメ。もう麻衣は逃げられないよ? 逃げたら殺しちゃうから」

「こうへ――」


 明らかに動揺している麻衣の目を見つめたまま唇を奪う。もう何も言わせない。
 嫌いでもいい。好きになってくれなんて言わない。ただ傍にいてくれるだけで――
 ぎゅうっと閉じた麻衣の瞼。そこから溢れ出す涙。


 その心、俺のことだけでいっぱいにして。
 憎しみでもいい。その心の中にいさせてくれるのなら。

 麻衣の心が手に入らないとわかっていても、ずっと思い続けるから。


 唇をそっと撫ぜるように舐めた後、上唇と下唇の間を軽く二度ノックするように刺激する。
 素直な麻衣はその呼びかけに応じてくれた。


「ん……ぁ……やぁ……」


 俺から逃れようと首を振ろうとするけど、両手で頬を包んでいるから動けないよね。
 拒絶の言葉なんか本当は聞きたくないけど、麻衣の口から出るものならそれでもいい。
 ぎゅっと俺のブレザーの腕に掴まるその力さえ、痛みを伴うけど愛しい。


 麻衣、愛してるよ。


 その言葉を飲み込む。俺にそんな言葉を吐く資格なんかない。それを噛みしめるように再び口づける。
 あの時のことを何度も繰り返す。そして刻み込む。


 麻衣が今まで俺を守り続けたように、今度は俺が麻衣を守り続けるから。約束するから。



**********



 翌年、二月――


「國枝先輩、H大の獣医学部に受かったんだってね。すごくない?」

「かっこよくて頭もいいなんてすごいよね。チョコ受け取ってくれると思う? ゆうべ作ったんだ」

「無理じゃない? だって――」


 目の前の女の子たち三人から楽しげに繰り広げられる会話が耳に入ってくる。
 それを聞きながら、学校に向かう坂を昇っていた。

 急に途切れた会話。
 ふと、顔を上げてみるとその子たちは立ち止まってこっちを振り返り、ひそひそと話をしていた。
 そういう話し方は感じが悪いってこと、気づかないのかな? 

 向けられた不躾な視線をよそに、わたしはその子たちの横を通り過ぎる。

 
 コートのポケットの中のスマホが震えた。
 それを出してディスプレイを見る。そこには『麻衣』と表示されていた。
 いつの間にか航平の中のわたしの扱いは『ヤリマンビッチ女』じゃなくなっている。いっそのことそのままでもよかった気がするけど。

 いまだ慣れないスマホを操作して、何とか通話にした。


『麻衣、今どこにいる?』


 優しく尋ねる航平の声。
 

「もうすぐ校門前……だけど?」

『そっか。じゃあもうすぐ着くよな? 待ってるから早歩きで来て。視聴覚室』


 待ってなくていいのに。心の中でそうつぶやく。
 だけどこれをすっぽかそうものなら……後が怖い。
 怖いっていうのとは違うのかもしれない。どっちかというと、厄介と言った方が正しいのかもしれない。



 
 視聴覚室の扉を開けると、暗幕がかかったまま真っ暗で中はほとんど見えなかった。
 その中からゆっくり近づいてくる影。逃げても逃げても追いかけられる。


「待ってた」

「……」

「いつになったら一緒に登校する許可をくれるの? 少しも麻衣の傍を離れたくないのに」


 わたしの背後の扉が閉められて、真っ暗な部屋に囚われたような気持ちになる。


 すっと航平の右手の長い指がわたしの髪を梳く。
 何度も何度も耳にかかる下ろした髪に指を絡め、その手がゆっくりわたしの首を捕らえた。
 両手で絞めるように首を何度も擦りながら、そうっと力がこめられた。


「白くて綺麗な首だから、絞めたくなる。でも、本気で絞めたりはしないから」


 何度も指の腹で擦られ、苦しさよりくすぐったさの方が強い。
 航平が本気でわたしの首を絞めたりしないことなんかわかっている。


「もうここに通うこともなくなるんだから……手を繋いで一緒に坂、昇りたい。麻衣は俺のモノだってみんなに……高梨に知らしめてやりたい……ダメか?」


 顔を近づけられ、唇同士が触れそうな位置で航平が囁く。
 思わず引こうとするけど、うなじに手をまわされて逃げることすらかなわなかった。
 口内をまさぐるような口づけをされ、唾液が交換される。いつもこの時は息苦しい。
 昔からなぜか鼻呼吸がうまくできない。気づいたら口呼吸をしている。たぶん寝ている時もそうなんだと思う。起きると喉渇いてるし。


 高梨くんは相変わらずわたしに優しいし、大人だ。
 あれからメアドは交換しなくなったけど、おもしろい映画や好みの本を薦めてくれる。 
 わたしはありがたいなって思っている。だけど航平には、わたしが高梨くんに言い寄られているようにしか見えないらしい。

 何かにつけて「高梨に困らされているんじゃないか? 俺がやめるように言ってやる」と言うので困っている。むしろその真逆の考えを何とかしてほしいとさえ思うのだ。
 

 航平は優しくなった。
 真実を知ったせいなのだろう。

 ずっと、ただ航平の思うがままに求められていた。だけど今は違う。じっくり愛撫され、わたしの快楽を引きずり出してゆく。
 何度も何度も高みに持ち上げられ、身体も心もおかしくなりそうになった時にようやく入ってくるのだ。

 まるでじわりじわりと嬲り殺される小動物のような心境――

 それは今までより性質タチが悪いと思う。

 ずっと奪うように求め続けられた身体。そしてこれからも奪い続けるなら、優しさなんて無意味だ。
 

「それとも、この喉を切り裂いたら……俺だけのモノになってくれる?」

「こう……」

「苦しいんだ。この痛みには慣れないんだ。助けて、ねえ。麻衣……だけど、これからはずっと俺の傍にいてくれるんだよね」


 最近、航平はこんな詩のような台詞のようなどうにも捉えがたい発言をする。わたしにはよくわからない。
 どうしてあげれば航平の気持ちが満たされるのか。そう考えた時、やっぱりわたしが傍にいることが一番なのかなって思わざるを得ない。



 本当は高校を卒業したら、地方の短大に進学しようと思っていた。
 実家から離れて、遠くでひとり暮らしをしようとしていた。それなのに、航平にはお見通しだったようだ。
 勝手に進路希望調査票を改ざんされ、地元の短大に替えられていた。
 
 航平が行く大学と同じ最寄り駅の短大の願書を用意された。
 しかも中身は全て書き揃えられ、提出するのみの状態になっていたのだ。

 
『麻衣は勉強好きじゃないだろ? だから短大に行かなくてもいいよ? 行きたいの? だったら行けばいいよ。結婚してたって大学は通えるからね』


 航平の行動、発言に全身が総毛立った。
 たぶん見た目にも震えていたと思う。そんなわたしを航平は目を細めて満足そうに笑いかけた。


『麻衣の初めてはさ、元々俺のものだったんだ。それを俺のせいで兄貴に奪われてさ……辛かったろう? 悔しかっただろう? だからせめてもの罪滅ぼし。俺が一生麻衣を守るから』


 縋るような目の航平に囚われたくなかった。
 だけどその瞳の奥にはすでに捕獲された……ううん、捕縛と言っても過言ではない自分が映っている。

 逃げられるはずなんかない。



***
 


 わたしは高校卒業と同時に航平の妻になる。
 口のうまい航平が自分の両親とわたしの両親を言いくるめたのだ。

 亮平くんとのこと、そしてわたしが昔、亮平くんの友人に犯されそうになったことなど知りもしないうちの両親は、國枝家と親戚関係になれるのを心から喜び、祝福した。
 何よりも両親は航平のことを気に入っていて、高く評価しているのだった。



 今年の年始には簡単な結納まで行われた。
 将来の獣医で申し分ない。安心して任せられる、と結納の時に声を高くして航平にわたしを託したのだ。
 
 逃げ場を失う、まさにそんな気持ちだった。

 籠の鳥ってこういうことを言うんだろうなってまるで他人事のように思っていた。




「麻衣、今日はバレンタインだよ。チョコは?」

「……ない」

「どうして? 俺にくれないの? 中三の時、トリュフ作ったの知ってるよ。あの時は別の奴に渡す羽目になったけど、本当は俺のために作ってくれてたんだろ?」

「……ちが」

「今日の帰り、一緒に板チョコ買いに行こう。帰ったらトリュフ作って。手伝うから、ね。それともババロアにする? 俺たちを最初に繋ぎ合わせたあの――」


 満足げに航平が微笑む。
 鼻頭を擦りあわされて、再び含むような口づけをされた。

 猫と同じ愛情表現をされ、わたしはボーっとする頭で考えていた。

 
 いつ、どこで歯車が狂ったのだろうか。
 
 
 航平を愛している。

 だけど、今は、その歪んだ愛が……酷く重いんだ。
 
 


 (了)
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Date:2013/05/05
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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