空色なキモチ

□ 重圧な愛 □

重圧な愛 5 航平side

 
 その日の夜。
 俺はなんであんなことをしてしまったのかよく憶えていない。

 イライラして、勉強もはかどらなくて。頭の中は麻衣でいっぱいで。
 だけど麻衣の頭の中には俺なんていなくて、どうしたらいいのかわからない。どうにもならない気持ちを持て余しながら、家にいても落ち着かずに夜のコンビニへ向かっていた。
 
 まだ二十時過ぎで、店内も程よく混んでいた。雑誌コーナーで適当に立ち読みをするけど何の気分転換にもならず、チョコでも買って帰ろうかと思ってコーナーを覗いた。

 小さなチョコを目にして魔が差した。
 それを握りしめ、無意識にコートのポケットに忍ばせていた。
 
 万引きしてしまった、その自覚はあるのに不思議と罪悪感は沸かなかった。
 同じく隣のガムにも手をかけ、握りしめる。

 すると背後に気配を感じた。

 やばい、そう思った時――


「航平、戻せ」


 後ろに立っていたのは兄貴だった。
 しゃがみ込んでいた俺を見下ろすようにしていたけど、その表情は至って冷静だった。

 兄貴に見られた。どうしよう。
 そんな気持ちと、見られたのが兄貴でよかったという気持ちが入り交じった。
 後ろめたい気持ちが先走り、上目遣いで兄貴の様子を伺うと、小さくうなずいてからチョコレートが陳列している棚のほうへ視線を移した。もう一度『戻せ』と促されたのだろう。

 俺は小さくうなずいて、ポケットからチョコレートを取り出しそっと棚に戻した。
 その途端、立っていた兄貴が俺の頭をくしゃくしゃっと二度撫でた。あの手の温もりは、未だに忘れられない。

 金は持っていた。それなのになんであんなこと。

 自己嫌悪に苛まれた俺は兄貴に連れられ、無言でコンビニを後にした。
 幸い店員にはバレていなかったようだった。だけど俺がしたことはれっきとした犯罪だった。

 何がなんだかわからなかった。自分が自分じゃないような。
 そんなこと言ったってただの言い訳にしかならない。だけど、あの時……もうどうにでもなれと思った。
 失うものなんか何もない。自暴自棄になっていた。だって俺には必要なものなんかない。獣医になる夢もいまやどうでもよかった。

 たったひとりのほしい女は俺のことなんてなんとも思ってない。

 麻衣が俺を選ばないのなら……壊してしまおうか。
 
 俺を見ないのであれば、その黒目がちな大きな目を。
 俺の声を聞かないのであれば その大きい耳たぶの耳を。
 俺の匂いを嗅がないのであれば その小ぶりな鼻を。
 俺を唇を触れさせないのであれば そのぽってりとした唇を。
 俺の舌を受け入れないのであれば その赤い舌を――

 俺を拒むなら……その手も足も体幹さえも……。

 
 自分の思考に総毛立つ。だけど、不思議と自分から笑みがこぼれているのがわかってさらにおかしくなった。

 麻衣、君は俺のものだろう?
 あの時声をかけた麻衣が悪いんだよ? 俺の口づけを大人しく受け入れた君が――



**
 

 バレンタインの日、クラスメイトの美晴からチョコレートと御守りをもらった。手作り感が重くて、家で処分した。

 麻衣からもらいたかった。俺がほしいのはそれだけ。もう何年ももらっていないけど、小四の時に麻衣からもらった板チョコ、まだ食べないで持っているんだよ。もう悪くなっているかもしれないね。
 でももったいなくて……どうしても食べられなかったんだ。 


 むしゃくしゃする気持ちは押さえようがなく、俺は麻衣を思い浮かべ、麻衣の写真を見ながら自慰を繰り返す。
 勉強に煮詰まると寝るか自慰。この頃の俺は性欲の塊でしかなかった。それは今も変わらない。



 ――――そして。


 県立受験日数日前、俺は兄貴の部屋で見てしまった。

 麻衣が、見知らぬ男二人に抱かれている姿を。
 抵抗を見せない麻衣の上半身を一人の男が押さえ、もう一人の男が今まさに麻衣の中に入ろうとしていた。


 その時沸いたのは、嫉妬と憤怒。


 俺の麻衣に触れるな。
 麻衣は俺のモノなのに、なんで抵抗しないんだ。


 気がついたら、その男をベッドから突き落として殴っていた。
 殺そうと思った。一発殴ったら呻き声をあげたその男を。
 鼻から吹き出した血、それが俺のぼんやりとした意識をクリアにさせた。だけど不思議な感覚がして怖いとか悪いことをしたとか後悔の念は一ミリも沸かなかった。

 目の前で震えながら呻き声をあげる見知らぬ男。
 顔を手で覆い、半泣きで俺を見上げ少しずつ後ずさってゆく。
 麻衣を押さえつけていた男は逃げるように部屋を出て行った。わずかな視界の端にその姿が映る。
 
 振り返ると、目を赤くした裸の麻衣が自分の胸元を手で隠して俺を見つめていた。
 唇は青ざめて、眼差しも震えている。

 抱きしめたかった。その肌に触れて、きつく自分の腕の中に閉じ込めたかった。

 だけど、その時頭を過ぎったのは……見知らぬ男に穢されそうになりながらも抵抗を見せなかった麻衣の姿。とても許容できるものではない。苛立ちが募り、怒りで全身が震え、熱くなる。
 
 抑えきれない衝動が爆発しそうだった。


「サイテー」


 泣き出しそうな麻衣の姿を目の前に、俺の口から出たのはそんな言葉で。
 俺はそんな麻衣を残して部屋に戻った。そしてすぐにしたことは、裸の麻衣を思い浮かべ、麻衣の名を吐きながら自慰。


 最低なのは俺だ。






 その後、兄貴に聞いた事実に驚愕した。

 兄貴が随分前から麻衣とそういう関係になっていたこと。そしてそれは麻衣が望んだこと。
 見知らぬ男二人は兄貴の友人で、麻衣を見たいとしつこいから家に呼んだ。だけど兄貴がコンビニに買い物に行っている間にそういうことになっていた……と。


 麻衣が兄貴に抱かれることを望んでいた。麻衣が好きなのは兄貴?
 信じない! 信じない! 信じない! だけど……。


「二度と麻衣に手を出すな」


 俺が言うと、兄貴は意味深な笑みを浮かべてから肩をすくめてうなずいた。



 急に昔のことを思い出した。
 母が言った言葉。

 麻衣の家には兄貴と同い年の姉がいる。その姉と兄貴が、俺と麻衣が結婚すればいいじゃないと、冗談交じりに。
 それを聞いた兄貴があからさまに嫌そうな表情を浮かべ『やだよ。オレだって亜衣より麻衣がいい』と言い放ったのだ。


 この時、兄貴は麻衣に惚れているのか? そんな疑問が浮かんだ。
 だけど兄貴の言葉を本気になんかしなかった。そうすることでその疑問を否定していたんだ。
 でも……でも……。

 頭の中がこんがらがっておかしくなりそうだった。
 勉強なんか全く手につかなかった。そしてその日、麻衣からもらった五年前のチョコレートを食って腹を下した。
 わかっててやったことだ。後悔なんかない。


 自暴自棄になった俺はもちろん受験にも失敗した。どうでもよかった。
 高校なんて行く気にもならなかった。
 親も担任も心配していた。そんな姿が滑稽でおかしくて。

 学校からは二次募集をしている高校のリストが送られてきたけど、受ける気はサラサラなかった。
 もう何もかもどうでもいい。そう思っていた時、麻衣が受かった高校が二次募集をしていることを知り、再受験して余裕で合格した。

 この時、俺は再度決意したんだ。麻衣が嫌がっても蛭のようにくっついてやる、と。




 それから、麻衣は俺の言うなりになった。
 ただの操り人形。俺が望むことを望むようにする。
 携帯を無理やり交換させて、男の名前があれば全て削除、メールも削除。それでも何の文句も言わない。ただ俯いてうなずくだけ。そんな麻衣の反応も自分に対してだけだと俺は悦に入り、楽しんでいたんだ。

 麻衣を傷つけ、心も身体も痛めつける。
 俺のことを憎んでも構わない。その心の中、俺のことだけで満たしてやる。
 好きなだけ蔑めよ。他のことなんか考えられないくらい。


 『嫌い』という思いでもいいから、俺のことだけ考えてよ……麻衣。
 
 
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Date:2013/04/28
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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