空色なキモチ

□ 重圧な愛 □

重圧な愛 1

 
 学校へ向かう途中のゆるい坂の前を歩く、いかにも一年生であろう新しい制服姿の女子三人組が口々に話している言葉をわたしはぼんやり聞いていた。

 
「三年の國枝先輩って素敵だよねー人を寄せつけない雰囲気」

「クールって言うの? 女子が声をかけてもスルーするらしいよ? 女の子苦手らしい」

「嘘っ! もったいなーい」

「だから声をかけるには――」


 坂の両サイドにはすでに花びらも散りきってしまった桜の木が並んでいる。もうすぐ新緑の季節になりそうだ。それを見上げて小さく肩をすくめる。自然に口元が上がっていた。嘲笑。

 すごい間違った情報が出回ってる……わたしの心の中のつぶやき。

 國枝航平くにえだこうへいは女の子が苦手なんかじゃない。むしろ――


 わたしの制服のブレザーのポケットの中にあるスマホが震えた。これはわたしのものじゃない。
 取り出してディスプレイを見ると『ヤリマンビッチ女』の表示。

 こんな名前で登録するとか……朝からガックリ膝が折れそうになった。ここ最近見ている表記だけど、確認するたび力が抜けてしまう。

 慣れないスマホを操作して、何とか通話にすると、テンションの低い声が耳に入ってきた。


『今どこだ? さっさと来い』


 脅すような口調でこっちを焦らせようとする魂胆。みえみえ。小汚いやり方。
 相手に聞こえないよう小さくため息をつく。通話口を手で覆って隠そうとしたけどスマホの通話口ってどこなんだろう? 不明だ。


「もうすぐ校門前……だけど?」

『あぁん? だけど何? さっさと走って来い! このクソビッチのヤリマンが!』


 口汚い。朝からこんな調子。萎える。
 女は勃つものがないから萎えはしないか……なんだろう? 男は性欲が増すと勃って逆は萎む? 
 女は感じると濡れるから……乾く? ああ、どこかの漫画で読んだことある気がする。『女は乾く』発言。

 とにかく乾く……どうしようもなく干からびる……。



**



「グッショグショの大洪水じゃねーか。何だコレ? ここから泉でも沸いてんのか?」

 
 意地の悪い、ばかにした表情でわたしを見下す目の前の男。
 ショーツを左の足首に引っ掛けた状態で、下半身の孔に無造作に指を突っ込まれ、わたしはびくんと身体を跳ねさせた。

 あれ? おかしいな。乾いてるはずなのに……?
 すぐにその入口の小さな突起を指先で弾かれて、さらに背中が反り返る。
 
 暗幕がかかったままの暗い視聴覚室。立ったままの姿勢で背中に硬い壁を感じて痛い。


「足上げろって」


 タータンチェックの制服のスカートをたくし上げられ、右の太腿の裏側を触れられた。
 つつぅと指の腹でなぞりながらわたしの太腿を九十度近くまで持ち上げてゆく。
 わたしがそこに触れられると弱いということを知っている。背中がザワザワして全身が粟立っていった。手が離れてもその体勢を崩そうものなら、ぺちりと太腿を叩かれる。

 その無理な体勢を必死にキープさせられ、少しあがった息を整えていると、目の前の、欲情を孕んだブラウンの瞳がわたしを見つめる。そこに愛はない。

 小さな四角いビニールを歯で千切ってもどかしそうに自身に装着させた。
 躊躇わずすぐにわたしの中に入ってくる。一気に最奥まで突き上げられ、自然に身体が浮くように持ち上がった。

 わたしは小さい。そして下から容赦なく突き上げる目の前の男は大きい。どう考えても立位のままの行為は無理がある気が……。

 そんなわたしの意思はガン無視で、思うがまま数回突き、入口まで引き抜いてさらに一気に奥まで押し進めた。

 頭の上で激しい吐息と悩ましげな声が小さく聞こえてくる。
 背中がゴリゴリと壁に押し当てられて痛い。下腹部の奥……グリグリと突かれて身体を支えていた左足が浮きそう。もう右足を上げていられない。


「ちっ! ヤリづれぇ……クソ!」


 わたしの中からずるりと抜け出た、けどコレで終わり……のはず、ないよね。
 すぐに近くにある机に乗せられて、上半身を押し倒される。その上でわたしは足をM字に開脚させられてから挿入された。

 やっぱり背中がゴリゴリと痛い。目を薄く開けると、茶色の前髪が切れ長の瞳を隠していた。
 覆い被さられ、律動のたびに近づいてくるシャープな顎のラインと隆起した喉仏を見つめてしまう。妙に艶っぽくて妬けてしまう。

 赤い舌が引き締まった上唇を下からベロリと舐めあげた。その仕草にゾクリとする。
 それに気づかれないよう、わたしは目を硬く閉じた。


「ふん、余裕じゃん。ああ、触ってやんねーとイケないんだっけ?」

「――――っく!!」


 すでに腫れあがっているだろう孔の少し上にある突起を撫で上げられた。
 そこを触られると、全身が痺れたように反応してしまう。長くて節ばった指先が捏ねるように弄くりはじめ、一気に高みに押し上げられた。


「っ! あぁっ!」

「声でかい」


 大きな手がわたしの口を塞ぐ。急に息苦しくなったけど、同時に達してしまって足が空を掻いた。
 そのせいで中がうねったのか、すぐに小さな呻き声をあげながら、目の前の男はわたしの中で果てた。



**


 
「おまえの携帯使いづらいな。いい加減スマホにしろよ」 


 後処理を終えた手で自分の着ていたブレザーからわたしのピンク色の二つ折り携帯を取り出し、ポンッと投げつけてきた。

 ああ、やっと返って来た。二日ぶり。 
 こうやって定期的に携帯を変えさせられるのだ。気まぐれに、突拍子もなく。
 返って来るタイミングもまちまち。長ければ一週間くらい戻ってこない時もある。

 わたしも自分のブレザーのポケットからさっきのスマホを取り出して手渡すと、すぐに操作をし始めた。
 今返したこの男のスマホがこの二日間で着信したのはわたしからの携帯のみ。あまり他の人と電話番号を交換してないのかもしれない。

 その都度『ヤリマンビッチ女』とディスプレイに表示されるから、ため息しか出ないんだけど。

 暗い室内で自分の携帯を開く。
 まぶしい光に照らされて、メールボックスを開いてみる……と。


 ――――やられた。


 続けて電話帳を見る。
 クラスの隣の席の男子、高梨たかなしくんから来たメールとアドレスみんな削除されてる。

 アドレスを交換して、時々メールをしたりするくらいの仲だったのに。
 面白い動画や映画情報とか教えてくれて、今度行かない? と誘われたことはあったけど……。


「なんだよ、その目」


 暗い中でも携帯のわずかな光で睨まれているのはわかる。
 首を振って携帯を閉じた時、予鈴が鳴った。


 携帯をポケットにしまった時に左の三つ編みを軽く引かれた。
 痛みは伴わない、優しい引きで暗がりの中そっちを振り返ろうとした瞬間、自分の首筋に痛みが走った。
 

「――――っぅ!」


 思わず声をあげてしまう。噛みつかれたんだってすぐにわかった。
 その後すぐに生暖かいぬるっとした舌がその部分をベロリと何度も舐める。その感触にぞくっとして背中が自然に反れた。


「なに? 感じてんだ?」

「ちが……あっ」


 舐めた後、チリッとした痛みを感じる。今度はキスマークをつけられた。
 キュッときつく吸いつかれ、また舐められ何度も吸いつかれる。


「あー、すごい痕。これしばらく消えねーな……くくっ。あ、余計なメアドとメール入れとくな。今すぐメアド変更しろ」


 うれしそうに笑いながらわたしの首筋をつつっと指でなぞって耳元で囁いた。
 言われたとおりにしないと後が怖い。とにかく機嫌を損ねさせたくないのだ。そのためには素直に従うしかない。

 ポケットから再び携帯を取り出して、メールアドレス変更の手順を取る。
 もう何回変更させられただろう……物覚えの悪いわたしでも変更方法を覚えてしまうくらい。

 わたしの肩に肘を置いて、その新しいメアドをすぐに自分のスマホに登録し始めた。


「余計な奴に教えんなよ。次、高梨に教えたら……わかってるよな?」

「……うん」


 くしゃくしゃっと頭を撫でられた。そしてわたしの横を通り過ぎて先に視聴覚室を出て行く。

 今の男こそ、さっきの女子三人組の話していた渦中の人物。國枝航平だ。



***



 航平とわたしはいわゆる幼馴染。
 幼稚園から小学校四年生くらいまではお互いの家を行き来するくらい仲がよかった。
 うちではペットを飼うことを禁止されていたので、航平の家の猫を構いたくてしょっちゅう通っていた。

 航平の家の猫はオスとメスが一匹ずつ。茶トラと三毛の美猫だった。
 別々のタイミングで航平の家に引き取られた。最初は仲が悪かったけど、年を重ねるにつれ仲良くなっていった。


「ほら、ああやって鼻をこすり合わせるのは親愛の挨拶なんだよ。とってもかわいいだろ?」


 将来獣医になる夢を持っていた航平はよく動物図鑑を読んでいて、動物の行動にすごく詳しかった。
 去勢と避妊をしているので増える心配もない、だけどこの二匹は愛し合っていると航平は常に言ってた。

 『子どもを生むだけが愛じゃない。ああやってお互い愛を表現しているんだよ』って得意げに語る姿を未だに忘れられない。

 その二匹は本当にしあわせそうで、うらやましくさえ思えたんだ。



 小学校高学年くらいになるとお互いを異性と意識しだしてよそよそしくなる。そんな当たり前の成長過程をたどっていた。
 わたしは航平が好きだった。いつの間にか自分の中で航平への思いは恋に変わっていたのだ。

  
 航平と手を繋ぐと恥ずかしい。目を合わせると胸がきゅんっとする。何時ごろからそんな感情が芽生えたのかはっきりと憶えていない。

 ただ、航平はそんなことなかった。よそよそしくなってわたしとなんかと目も合わせなくなった。
 ヘタに男子に声をかけようものなら『デキてる』とはやし立てられる。そんなクラスメイトを何人も見ていた。

 航平もクラスの女子と『デキてる』と言われていたのをわたしは見ている。

 わたしが話しかけて、航平に変な噂が立って迷惑をかけるのは嫌だった。極力声をかけないように、目を合わせないよう避けるような状態になった。



 航平の家は両親とも仕事をしていて、朝から晩まで家を留守にしていることが多かった。

 五歳年上の兄、亮平りょうへいくんとふたりで鍵っ子暮らし。
 亮平くんも航平と同じで色素の薄い茶色い髪、ブラウンの瞳に薄い唇を持つ端正な顔立ちだ。

 亮平くんが彼女をとっかえひっかえしているのをわたしは知っていた。『モテるし若いうちはたくさん遊びたいんじゃない?』そうわたしの姉は言う。

 姉は亮平くんと同い年で、前から彼を好きなようなのにてんで無関心を装っている。
 たぶんその気持ちは亮平くんにも伝わっているのに、それを知ってか知らずか亮平くんは姉に関わろうとはしない。



 中学に入ってからは航平と幼馴染だとバレた途端、仲良くしていたクラスで目立つ方の女子、美晴みはるが急にが冷たくなった。

 きっとあの子は航平が好きなんだろう。航平は女子と仲良くするタイプじゃないし、幼馴染というポジションがうらやましかったのかもしれない。

 特にいじめに発展することもなく、存在をスルーされるくらいの扱いだったから耐えることは可能だった。
 他にも仲良くしている友達はいたし、それだけが救いだった。幼馴染なんて特別なポジションでもなんでもないのに……。


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Date:2013/04/09
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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